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エンジニアリングの常識を「AI-Native」に再定義。メルカリが実現した“再現性”のある開発組織とは

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エンジニアリングの常識を「AI-Native」に再定義。メルカリが実現した“再現性”のある開発組織とは

AIの進歩は、あらゆる業界、あらゆる企業に大きなパラダイムシフトを強いている。メルカリはその先頭を走るテック企業の一つだ。

2025年11月に開催されたテックイベント『mercari GEARS 2025』に登壇した同社のCTO・木村俊也さんは、「AI-Native Company」を目指すメルカリが描く壮大な構想について詳細に語った。

メルカリが考える「AI-Native Company」とは何なのか。見落とされやすい「必要なこと」とは何か。そして、メルカリの現在地とは。木村さんの話から紐解いていこう。

メルカリ
執行役員 CTO Japan Business
木村俊也さん(@kimuras)

2007年より株式会社ミクシィにてレコメンデーションエンジンの開発やデータ活用に関する業務を担当。そのほか、機械学習を活かした広告開発やマーケティングデータ開発にも携わる。2017年よりメルカリにて研究開発組織R4Dの設立を担当し、AIを中心とした幅広い研究領域のリサーチを担当。その後、AIと検索エンジン領域のエンジニア組織を設立しDirectorに就任、メルカリへのAIの導入をリード。2022年7月より、社内のプラットフォーム開発を統括するメルカリ執行役員 VP of Platform Engineeringを担当。2024年7月より執行役員 CTO Japan Region 兼 General Manager Japan Region Platform。2025年3月より執行役員 CTO Japan Regionに就任。2025年7月より現職

メルカリが目指す「真のAI-Native Company」の正体

「プロダクト、仕事のやり方、組織すべてをAI中心に再構築し、AIの進化を最大限に活用することで、これまでにない成果を目指す」

2025年の8月、決算発表会でCEOである山田 進太郎から発表されたこの言葉は、私たち社員に対して、そして社会に対しての決意表明でした。

メルカリ社のAI活用率95%、加速すべきは人員整理ではなく「業務の再定義」type.jp

なぜこれほどまでに強い意志を持って、AI-Native化を進めるのか。それは、私たちを取り巻く環境が、今まさに大きな岐路に立っているからです。

AIへの対応を急がなければ、熾烈な競争の中で遅れを取る可能性がある。これは、個人の成長においても大きな変化が求められているという意味でもあります。

AIによる生産性の向上は、全く新しい価値創造を可能にします。 成長意欲を持ち、変化に柔軟に対応できるエンジニアにとって、自らの価値を飛躍的に高めるチャンスにもなるでしょう。

メルカリでは、社員の95%が何らかのAIツールを使用しており、コード生成においては約70%をAIが担っている状態です。 その結果、開発のスピードは前年比で64%向上しています。

この数字だけを見れば、確実に「AI-Native Company」への歩みを進めているように見えるかもしれません。ですが、私たちはこの状態がゴールだとは考えていません。むしろ、ここからが本当の変革のスタートなのです。

本当の変革とは、発想を“根本的に変える”ことだと思っています。

これまで、仕事や組織の多くは人間を中心に設計されてきました。私たち人間の時間や集中力、処理能力といった限界を踏まえた上で、効率的に成果を出すために最適化されています。しかし、AIが中心となる世界では、この前提が根本的に変わるのです。仕事や組織のあり方を「人間の限界」を起点に考える必要もなくなります

メルカリ・ハヤカワ五味が感じた生成AI推進を阻む三つの壁「個人で世界を変えようとしなくていい」type.jp

AI-Nativeとは、AIツールを人間の代わりとして当てはめていくことではありません。私たちが実現したいビジョンや、お客さまに届けたい価値から逆算して設計することを起点として、最適な仕組みやチーム構成、データの持ち方、意思決定のプロセスに至るまで、AIを活用しながら構築していくことこそ、真のAI-Nativeです。

AIは、もはや単なるツールではありません。 ミッションの実現をともに推し進める創造的なパートナーなのです。

AIに対するナレッジマネジメントが必要不可欠

ここで、AI-Native化を進める上で重要なことをお伝えします。それは、適切な情報、すなわちコンテキストを整備することです。

特にAIエージェントの場合、適切なコンテキストを与えないと期待通りに機能しません。単純な命令だけでは、的外れな結果が生成されたり、何度も手直しが必要になったりします。結果的には「AIを使わない方が早かったのでは」ということにもなりかねません。物事の背景や、これまでの意思決定のログ、守るべきレギュレーションなどをコンテキストとして入力して初めて、AIは私たちの期待に応えてくれるのです。

数あるコンテキストの中でも、最も重要なのが意思決定に関する情報です。このプロジェクトの目的が何なのか、このアーキテクチャはどのような過程で決まったのか。そして、何が許容されて何が許容できないのか……。こうした意思決定の背景は、極めて重要であるにも関わらず、驚くほど情報整理がされていません。さまざまなツールに議論が散在してしまっていて、必要なときに探すことが困難になっています。

これらの情報は、プログラミングだけに限らず、仕様作成をするときやQAを行うとき、デザインやコンプライアンスチェック、リーガルチェックの実施など、あらゆるシーンでAIエージェントが活躍する上で必要不可欠です。

そこで私たちは、散在した情報や個人の頭の中にしかない暗黙知を極力構造化して、いつでもAIが活用できる状態を目指すナレッジマネジメントに力を入れています。これが実現し、誰もがAIエージェントをうまく活用できるようになることで、全社の意思決定やタスク実行のスピードは飛躍的に改善するはずです。

個人のスキルや暗黙知に頼った開発から解放される

メルカリのエンジニアは、ほぼ全員がコーディングにAIを使用していますが、これもまだ序章にすぎません。 本質的にAIを活用するためには、開発プロセスそのものをゼロから考え直す必要があります。

AIの活用を進める中で、エンジニアたちはさまざまな課題に直面してきました。プロンプトや生成されるコードの品質が個人のスキルに依存することも多く、チーム全体としてのアウトプットが安定しなかったのです。

そこで私たちが進めているのが、Agent-Spec Driven Development(ASDD)。これは、AIフレンドリーな仕様書のフォーマットを定義して、誰もがAIエージェントを最大限活用して開発できるようにするための取り組みです。

APIの定義から、データモデル、処理フロー、テストシナリオ、どのようなファイルをどのようなコードスタイルで実装するべきかに至るまで、全ての具体的な手順を細かく明示してあります。活用範囲は開発業務だけにとどまらず、カスタマーサポートやリスクマネジメントの領域に至るまで、AIエージェントが連携していく仕組みになっているのです。

出典:https://speakerdeck.com/mercari/mercari-gears-2025-keynote

この図が、ASDDの全体像です。あらゆる領域をカバーするために、複数のプロジェクトに分かれて開発を進めています。例えば、Spec(仕様書)を効率的に作成するためのプロジェクト、バックエンド開発の仕組みを構築するプロジェクトなど、それぞれの領域に特化した取り組みが進行中です。

このSpecをもとに、自動でUIを生成するAIエージェントの開発も進んでいます。 これにより、アイデアの発想からモックアップ作成までの時間が劇的に短くなるに違いありません。

ASDDがもたらす価値は、個人のスキルや感覚に頼ったコーディングから脱却し、誰がAIエージェントを使っても同じ品質が担保されるようにすること。そして、再現可能なプロセスになることです。今後は社内のベストプラクティスを集約して育てていくことで、AIエージェントのポテンシャルを最大限に生かし続ける環境を作りたいと考えています。

これによって、開発に関わる全てのメンバーは単純作業から解放され、本当に解決すべき課題や、お客さまに届けるべき新しい価値のためにより多くのトライアルを回せるようになるのです。これは単なる「AI-Centric(AI中心)」を越え、私たちが最も大切にしている「Customer Centric(お客さま中心)」 につながる取り組みに違いないと、私は信じています。

「人員リソース不足」が新たな挑戦のネックにならない世界へ

ここまで開発プロセスの話をしてきましたが、リリースまでの間には、リーガルやセキュリティーといった関連チームのチェックが不可欠です。生産性を向上させるためには、全社の全てのワークフローを変革していく必要があります。

そのために今年7月に発足されたのが「AI Task Force」です。 リーガル、ファイナンス、HRといった33の専門領域に対して、それぞれエンジニアとプロジェクトマネージャーをアサインしています。合計100名規模のTask Forceが、各領域のワークフローをAI-Native化するために動き出しました。すでに全ての領域で業務の棚卸しとロードマップの作成が完了しており、定義されたワークフローの数は約4000にも上ります。

「AIネイティブ企業」を目指すメルカリの覚悟。CTO直轄の専任部隊がリードした生成AI導入の全容type.jp

AI-Native化の先で、私たちは何を目指していくのか。それは、私たちのミッションである「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」ことの実現です。

メルカリが提供するマーケットプレイスとフィンテックを世界に広げ、より多くの価値を循環させたい。しかし、各国でのローカライズや運用を考えると、現状の社員数では限界があると感じていました。

ですが、AIエージェントを最大限に活用して一人一人の能力を何倍にも拡張していけば、人数を増やさずとも、世界展開を進めることができるかもしれません。

世界中の人々の可能性を広げるためには、既存のサービスの延長線上にはない、全く新しい価値を提供する必要があります。従来、何か新しいことを始めようとするときに最初の課題となるのは人員リソースでした。 これからは、その限界という考え方自体を捨て去って、実現したいと思うことを、次々と実行していくことができる世界になると考えています。

AIを前提とした組織や働き方を実現していくことで、より深く、より本質的にお客さまの価値と向き合う。それが、私たちメルカリが目指す「AI-Native Company」です。

撮影/玉城智子(編集部) 文・編集/秋元 祐香里(編集部)

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