“差別や偏見がはびこる今の時代にこそ必要な物語” 性別適合手術が違法の60年代事件から着想を得た『ブルーボーイ事件』公開
飯塚花笑監督の最新作『ブルーボーイ事件』が、2025年秋に全国公開することが決定した。
「性別適合手術」が違法とされた1960年代の事件から着想
1960年代後期、東京オリンピックや大阪万博で沸く、高度経済成長期の日本。国際化に向け売春の取り締まりを強化する中、性別適合手術(*当時の呼称は性転換手術)を受けた通称ブルーボーイたちを一掃し街を浄化するため、検察は手術を行った医師を逮捕。手術の違法性を問う裁判には、実際に手術を受けた証人たちが出廷した。かつて実際に起きた“ブルーボーイ事件”に衝撃を受け、映画化を決意したのは、『僕らの未来』(11)、『フタリノセカイ』(22)、『世界は僕らに気づかない』(23)など、トランスジェンダー男性であるというアイデンティティを反映した、独創的な作品作りで国内外から大きな注目を集める期待の若手、飯塚花笑監督。当時の社会状況と事件について徹底的に調査し、裁判での証言を決意したトランスジェンダー女性サチを主人公に物語を構想した。その渾身の企画に惚れ込んだのが、『深夜食堂』シリーズをはじめ、『アヒルと鴨のコインロッカー』(07、中村義洋監督)、『岸辺の旅』(15、黒沢清監督)、『月の満ち欠け』(22、廣木隆一監督)など数々のヒット作を手がけてきた映画プロデューサーの遠藤日登思。飯塚監督らと何度も脚本の改訂を重ねながら、オリジナル作品として本作を完成させた。
「この物語を描くには当事者によるキャスティングが絶対に必要」という監督の強い意志のもと、主人公サチ役の起用にあたっては、様々な経歴を持つトランスジェンダー女性たちを集めたオーディションが行われた。多くの候補者の中から主演に選ばれたのは、ドキュメンタリー映画『女になる』(2017、田中幸夫監督)への出演経験を持つ中川未悠。演技経験はないものの、自らの経験をもとにサチ役に見事に同化していく姿に感銘を受けた監督たちによる大抜擢となった。映画界ではトランスジェンダーの俳優が活躍する機会は圧倒的に少なく、描写のされ方にも多くの問題を抱えている。本作に賭けた監督たちの熱い思いは、日本映画界にとって大きな一歩となるはずだ。
差別や偏見がはびこる今の時代にこそ必要な物語
裁判の証人となるサチのかつての同僚たちを演じるのは、これが映画初出演となるドラァグクイーンのイズミ・セクシーと、連続テレビ小説『虎に翼』での演技が反響を呼んだシンガーソングライターで俳優の中村 中。またブルーボーイ役として真田怜臣、六川裕史、泰平ら、注目の若手俳優たちが出演する。サチに証言を依頼する弁護士の狩野役を錦戸 亮が、彼と敵対する検事役を安井順平が演じる他、前原 滉や山中 崇ら、メインキャストを支えるため実力派俳優たちが勢揃い。撮影監督を務めるのは、黒沢清、深田晃司、沖田修一、原田眞人、大友啓史ら日本を代表する監督たちの作品を数々手がけてきた芦澤明子。今以上に性的マイノリティの人々に対する激しい差別が横行していた1960年代の日本で、自らの尊厳と誇りをかけて司法と、そして世間と闘った女性たち。彼女たちの声と真摯に向き合いながら、見事な演出力で社会派エンターテインメントとして纏め上げた『ブルーボーイ事件』は、いまだ差別や偏見がはびこる現代社会にこそ見るべき映画であり、私たちに熱い感動を届けてくれる。