プラセボ治験者を「データ」に置換し臨床試験を短縮 Johnson & Johnsonとも協業するデジタルツインのUnlearn.ai
プラセボ治験者をデータに置き換え、臨床試験を半年短縮する──。Unlearn.ai(本社:米カリフォルニア州サンフランシスコ、以下Unleran)は、独自開発した機械学習とディープラーニングを活用し、長期間かかる臨床試験を短くしようとしている。対象となるのは認知症やALS(筋萎縮性側索硬化症)といった神経疾患の分野。Unlearnのアルゴリズムは、具体的にどのようにしてプラセボ群の「データ置換」を実現しているのか。同社Chief ScientistのCharles Fisher氏に聞いた。
<font size=5>目次
・投薬後の「予後」を正確に予測するスゴいテクノロジー
・臨床試験の将来は、Unlearnの技術がベースとなる
・元々はOpenAIのような企業を目指していた
投薬後の「予後」を正確に予測するスゴいテクノロジー
―Unlearnはどのような課題を解決するスタートアップなのでしょうか。
私たちは、臨床試験のプロセスを機械学習とディープラーニングの力によって短縮し、制約会社が短期間かつ低コストで製品を世に送り出せるようにしています。
まず、なぜ製薬会社が臨床試験の長さに悩まされているのか、説明しましょう。基本的に医薬品の臨床試験においては、本物の医薬品を被験者の半数に割り当て、残りの半数はプラセボ(偽薬)を使います。その上でグループごとに効果を比較するのです。
もちろん医薬品の種類や薬事行政の仕組みによっても変わりますが、臨床試験は5年ほどかかることが普通です。プラセボ群と治験群を半数で割って比較すると、それくらいの時間がかかってしまうものです。
Unlearnのテクノロジーは「プラセボ群の母数を減らす」ことができます。元来、治験参加者そのものが、「実験的な治療を受けたい」という動機で治験を受けていますから、プラセボを投与されることは本意ではないのです。安全性を担保しながらプラセボ群の母数を減らすと、製薬会社も治験プロセスを短縮して製品を発売できますから、一石二鳥と言えるでしょう。
―Unlearnのソフトウエアはどのようにしてプラセボ群を減らし、安全性をも担保しているのでしょうか?
前提として、私たちの技術に対抗できる企業・学術団体は世界にいないことを強調しておきたいと思います。その上で当社の技術のコアを説明すると、それは「デジタルツイン」と呼ばれるもので、ここでは「仮想患者の作成」といった意味合いになります。
私たちが定義するデジタルツインとは、Unlearnが開発した機械学習とディープラーニングを活用し、患者の健康状態を模倣する(=データに置き換える)仕組みです。具体的には、個々の患者の過去の医療データ(カルテなど)と年齢や検査結果、投薬履歴などの基本的なデータを学習して、将来の健康状態を予測し、データ化します。このディープラーニングは、ChatGPTなどの自然言語処理技術と類似しています。
個々の患者のデータの将来予測を正確に行った上で、「健康状態」「病気の進行パターン」「治療方法」などの観点から、患者をグループ化し、最終的にはプラセボ群に置換するのです。Unlearnのデジタルツインを用いた臨床的な試験は、数学的に「リスクゼロ」であることを証明することができます。
また、Unlearnは薬事規制の観点から、プラセボ群を完全にゼロにはしていませんが、プラセボ群を25〜50%減らすことが可能です。これを平均すると臨床試験の期間を約6カ月短縮できるということになりますね。
Charles FisherUnlearnCo-Founder & Chief Scientist米国・ミシガン大学で生物物理学の学士号、ハーバード大学で同じく生物物理学の博士号を取得。ボストン大学で博士研究員を経験後、フランス・パリのPSL研究大学にある高等師範学校で理論物理学の研究員、Pfizerで主任研究員を歴任。2017年4月にUnlearn(当時はUnlearn.AI)を共同創業。2024年9月から同社Chief Scientist。
臨床試験の将来は、Unlearnの技術がベースとなる
―Unlearnを活用する臨床試験対象の疾患は、主にどのようなものがあるのでしょうか。
現在は主に認知症やALSといった神経と精神疾患の分野で活用されています。現在、UnlearnはJohnson & Johnson Innovative MedicinesやAbbVieと協業し、認知症関連の学術会議でも発表しています。
また、Unlearnは欧州医薬品庁(EMA)から承認されていますし、米国食品医薬品局(FDA)からも肯定的な意見をもらっています。
これら製薬会社は、これまでそれほど質の高くないソフトウエアに慣れていましたが、Unlearnのディープラーニングを基にした画期的なテクノロジーに目を見張っています。そもそも臨床試験に「デジタルツイン」という概念を持ち込んだのは当社が初めてだと認識しています。そういった意味では私たちの真の競合は既存の企業というより、現状維持を続ける人々の性質かもしれませんね。
ただ、一方で私が確信しているのは、Unlearnが開発するプラセボ群のデータ置き換えというテクノロジーは、5〜10年後には一般的になっているということです。適切な機械学習やディープラーニングを活用できればリスクがゼロになることは数学的に証明されていますし、バイオテクノロジーや製薬研究の現場において、臨床試験の短縮化に賛成しない企業はいないでしょう。プラセボ群のデータ置き換えが進めば、臨床試験が2倍短くなるのは証明済みです。
image : Unlearn HP
元々はOpenAIのような企業を目指していた
―Unlearnは2017年に設立されたスタートアップですが、そのような経緯から創業に至ったのでしょうか。
Unlearnを創業した当初、私たちはGoogle DeepMindやOpenAIのような機械学習・AIの基礎研究を目的とした企業としてスタートしました。その後、試行錯誤をする中で、臨床試験に特化したソリューションを編み出したのです。
なぜ臨床試験の問題にフォーカスしたか、それは私たちが難しい問題が大好きだからです。もちろん、AI・機械学習といった問題で、お金になり、市場からも求められるソリューションはたくさんあるでしょうが、私たちは社会的な意義を重要視しました。
―日本市場に参入する可能性はありますか。
現時点でも、日本とは間接的な関わりがあります。我々の協業相手である国際的な製薬会社は日本に治験施設を置いたり、薬事行政の一環として日本の保険当局と協力したりしています。
また、私たちが取り組んでいるアルツハイマー病などの分野では日本で特に注目されている疾患だと思います。日本企業とのパートナーシップを考えた時、バイオテクノロジー企業や製薬会社との協業がベストだと考えています。
―これらの企業との提携を考えた場合、どのようなパートナーシップの形態が理想ですか?
基本的に、Unlearnはどの地域でも戦略的なパートナーシップは結んでいません。基本的には顧客という関係性がメインです。日本でも主に顧客を探していますが、特別な相乗効果を見込むことができれば、他の関係性も検討します。
―中長期的にはUnlearnはどのような目標を掲げていますか。
Unlearnのテクノロジーを全ての臨床試験に適用させることです。長期的には、臨床試験以外にも、たとえば遺伝子の学習など、実際の疾患面の研究にも私たちが開発する人工知能を応用させていこうと考えています。
従業員数なし