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書肆侃侃房 “気合い”の編集者・藤枝大が繋ぐ本と人 本屋「ajiro」をつくった理由【#2】

Qualities

福岡にはどんなカルチャーが渦巻いているのだろう。

東京から移住してきた私、長浜優奈がそんな好奇心をもとに、映画、アート、音楽、ファッションなど様々なカルチャーの一端を担う人へのインタビューを通して、福岡のカルチャーの「今」を届けます。

バトンリレー式インタビュー連載「フクオカ カルチャーバトン」、通称カルバト。前回お話を伺った三好剛平さんがカルバトを渡したのは、福岡市・大名を拠点とする出版社「書肆侃侃房」の編集者・藤枝大さん。

作り手の思想を1冊の書籍にまとめ、福岡から発信。さらに天神にある本屋&カフェ「本のあるところ ajiro」を立ち上げて、作り手と読み手をつなぐようなリアルイベントを精力的に開催している藤枝さん。

どうして三好さんは、藤枝さんにカルバトをお渡ししようと思ったのでしょうか?

「藤枝さんは、福岡を拠点にしながら全国的に注目を集める書籍を数多く手がけている編集者です。いつでもパワフルで、関わるどんな人とも全力で熱を交わしていくようなキャラクターも魅力です。

彼の手がける本は、たとえどんな難しいテーマを扱っていても、不思議と“ちょうどいま読みたかった本”になってしまう。だけどそれは、マーケティングリサーチなんかとは全然違う理由からそうなっているものだと思います。

彼のような人物と同じ時代・同じ街で一緒に過ごせていることは本当に特別なことだし、その仕事ぶりを間近に感じられることが、自分の仕事の質を糺すための大きな刺激にもなっています(また一緒にご飯食べ行きましょうね)」(紹介者の三好剛平さん)

これは気になる。 幼少期から少年期に至るまでのカルチャー体験、書肆侃侃房で挑戦する現在の思いなどを通して、藤枝さんが見ている今の福岡カルチャーをひもときます。

〈▲ インタビューは藤枝さんが立ち上げた天神の本屋&カフェ「本のあるところ ajiro」にお邪魔して行いました〉

PROFILE

藤枝大

ふじえ・だい/編集者。1989年東京都・八丈島生まれ。2012年より東京・神保町の出版社・未知谷に入社。海外文学の営業を行う。2017年より福岡に拠点を移し、福岡・大名の出版社・書肆侃侃房に入社。『パンクの系譜学』『ベルクソン思想の現在』『酒場の君』『うたうおばけ』などの編集のほか、本屋&カフェ「本のあるところ ajiro」の運営などを担当している。

東京・神保町の出版社「未知谷」で浴びたディープなカルチャー


小学生の藤枝さんにとって、本を読むことは早く大人に近づくための手段だったといいます。友だちが文字の大きな児童書を読むなか、藤枝少年はひとまわり小さく情報量が詰まった文庫本を好み、1人5冊まで借りられる図書館では、家族全員分の図書カードを使って、20冊の本を借りて、帰宅するやいなや一気に読み進めたのだとか。中学生になると読んだ本のレビューを、クラスの生徒と教師が誰でも読めるノートに大量に書き連ねるように。

「子どもながらに気合いを入れて生きていこう。やるからには行くところまで行ってやろうと思ってたんですよね。でも本を読むだけじゃなかったんですよ。何事も気合いでやれると思っていたので、めちゃくちゃ虫取りをしまくっていて。間違いなく学校で一番虫を取っていましたね。虫だけじゃなくて、あらゆる生き物を捕まえて飼ってたなぁ。歩いてたらいくらでもいるので、片っ端から捕まえて。植物も大量に育ててたし、習い事の水泳もかなり本気でやってました。わんぱくとかじゃないんですよ。ただ、気合いを入れて生きていこうと、当時から思っていた感じです」

〈▲ 取材中に何度も「気合い」という言葉を繰り返す藤枝さん〉

そんな湧き出る〈気合い〉を10代の多感な時期を通じて、本、演劇、音楽、アートなどあらゆるカルチャーにぶつけてきた藤枝さんは、大学卒業後に「未知谷(みちたに)」という東京・神保町の出版社に入社します。

株式会社 未知谷の社訓は「誰もやらないなら私がやります」。その社訓の通り、アゼルバイジャン文学やアルメニア文学、ルーマニア文学、チベット文学、バスク文学といった他社では扱わないような海外文学や哲学書などを扱う、出版業界のなかでもかなり珍しい存在です。

「未知谷には、知らない書籍、聞いたことがない国の言語ができる翻訳家、感度の高い海外文学ファンとの出会いがたくさんありました。それがあまりにも楽しくて楽しくて。ほとんどの人が知らないマニアックな出版社の中に、ディープなカルチャーが存在していて、それを中の人たちだけで楽しんでる。そういうの超いいなと思って、テンションぶち上がりでした」

しかしマニアックなジャンルゆえ、海外文学は売れないと書店には毛嫌いされていたそうです。そりゃそうですよね…。

困ったのは営業担当の藤枝さん。彼はそこでも〈気合い〉で逆境を乗り越えていきます。

「最初は反応鈍いんですけど、それはおもしろさが伝わってないから。未知谷でめちゃくちゃ実感したことは、いちばんディープな部分に触れると、どんなものでもおもしろく感じるし、またその情報を人におもしろく伝えられるということ。実際、僕、これまでいろいろ見てきましたけど本当におもしろくないと思ったものは、人生で一度もないんですよね。

せっかく仕事をするなら浮ついた感じじゃなくて、本丸のディープな部分を掴みにいくべきじゃないですか。だから魅力が知られていない無名の海外文学を読み手に届けるためにディープな情報を大量に浴びて、おもしろいと思ったそのテンションのままたのしく伝えるんです。そしたら書店員さんも読み手もテンションを上げて喜んでくれることがわかってきたんですよ。最初は僕も海外文学の知識がなかったんで、勉強するために読書会を立ち上げました。毎月マニアックな言語の海外文学を扱うんですけど、海外文学の猛者のような気合いの入った方が来るから、それもおもしろくて。未知谷での日々は、もう何をやったか思い出せないほどに濃厚でしたね」

家族が病気を発症したことをきっかけに福岡へ。


水を得た魚のように活き活きと仕事ができた未知谷を、藤枝さんは3年ほどで退職することになります。当時、27歳。きっかけは家族が病気になったことでした。

「東京の八丈島で生まれて、関西で育って、東京で働いて、人生は淡々と日々続いてきたけれど、ついに転機のタイミングが来たのかとハッとしました。それまでも、このまま東京で働き続けるのか? 違う場所で働いてもいいんじゃないか? とボヤッと考えてはいて。そんなときに偶然、書肆侃侃房の営業の募集を見つけたんです。仲の良い書店員さんから書肆侃侃房の書籍がおもしろいという話も聞いていたし、九州地方の本も気になって読んでいて。それで書肆侃侃房の面接を受けてみようと、直感で決めました」

2002年創業の書肆侃侃房は、海外文学と詩歌、短歌をメインとする福岡・大名の地方出版社。短歌の新人賞「笹井宏之賞」と小説の新人賞「ことばと新人賞」を主催するほか、創業20周年を迎えた2022年には、昭和初期の詩人・左川ちか氏の『左川ちか全集』が評価され、「梓会出版文化賞」を受賞するなど、詩歌と短歌の世界で高く評価される出版社のひとつです。

藤枝さんは2017年に営業として書肆侃侃房に入社。しかし営業担当のはずが、本屋&カフェ「本のあるところ ajiro」を立ち上げ、その後も運営を担当したり、編集者として書籍をつくったりと、かなり自由に働くことになります。

〈▲ 営業として福岡の出版社「書肆侃侃房」に入社するも、気づけば本屋を立ち上げたり、編集者として本をつくったりと「自分でもよくわからない展開」と藤枝さん〉

そもそも、どういう経緯で「本のあるところ ajiro」の立ち上げに関わることになったのでしょうか?

「書肆侃侃房がメインでやっている海外文学と詩歌って、書店では“2大売れないジャンル”と言われていて。棚もどんどん縮小されて、営業で書店に行っても感触はよくないんですよ。それならまずは自分たちで売る努力をしてみようと、書肆侃侃房で本屋を作るかと動き始めたのが最初です。あと『ajiro』をオープンした2018年ごろは、福岡から書店も古本屋も映画館も減っていて、“どんどんカルチャーが目減りしていくんだよね”と周りの人が寂しそうにこぼしていたタイミングでもありました。

その当時から、福岡ってなかなか東京のようにはカルチャー的なイベントが無い。自分は学生のころから東京の書店のイベントや映画の上映会に頻繁に行っていたので、福岡に来てからはやっぱり物足りなさも感じて。だからこそ僕らで本屋を作らなきゃと。やっぱり人に頼ってばっかりじゃダメじゃないですか。ないなら自分たちでやらないと、いつまでたっても変わらない。とにかくやらないと。まぁ、気合いですよね」

本屋&カフェ「本のあるところ ajiro」から見えた福岡のカルチャー


〈▲ 福岡・天神駅徒歩5分にある本屋&カフェ「本のあるところ ajiro」【営業時間】水〜金:15~20時/土日月:13~19時【定休日】火曜【住所】福岡市中央区天神3-6-8 天神ミツヤマビル1B〉

入社約1年後の2018年9月にオープンした「本のあるところ ajiro」では、海外文学と詩歌(短歌、詩、俳句)を中心とした書籍を販売し、トークショー、読書会、歌会などのイベントを多数開催してきました。

毎月開催されるイベントには、福岡市のみならず北九州市や熊本、鹿児島など県外からも、カルチャーを求める人が訪れるといいます。

書肆侃侃房に入社した当時は、「福岡でカルチャーに触れられる場所がわからなかった」と悲観的にもなった藤枝さんでしたが、「本のあるところ ajiro」をつくったことで、著者や編集者だけでなく、地域で活動をする“カルチャーな人”たちともつながることができるようになったそう。結果、彼自身の福岡カルチャーの“解像度”が上がり、年々福岡をおもしろがれるようになってきていると振り返ります。

「最近ある東京の作家さんが僕に、『東京の人は全員目が死んでます』って淡々と言ってこられたですよ。たしかに東京ってあらゆる人が熟考した結果、いろんなものが煮詰まっているのかもしれません。でも福岡の人は、みんな煮詰まっていないというか、あっけらかんとした雰囲気があるんですよね。

逆に言うと突き詰められていない部分もあるのかもしれないけど、僕のような編集者や作家がものづくりを真剣に気合いを入れてやるには、やりようがいっぱい残っているから、すごく生きやすいし、楽なんです。東京のようにすでに完成された場所ではフィールドを見つけるのが難しいじゃないですか。その点で福岡はいろいろできそうな場所だなと思いますね。

あと福岡の若い人には元気があるんです。単なる肌感の話ですけど、『よっしゃ、ちょっとやってみるか』と動き出す20代30代に出会うことが、ここ最近でグッと増えました。そういう人の声に、僕が(無意識に)耳を傾けてるだけかもしれないですけど(笑)。でも一つひとつの歯車が噛み合って、すごくいい文化的な循環が生まれているような気がしています」

熟考はしない。流れに身を任せていきたい。


私、長浜がこれまで福岡で取材をするなかで、「福岡はチームを作らずとも個人でものごとが完結するコンパクトさがあるから、カルチャーや文化が根付く前に消えてしまうのではないか」と、そんな声をよく耳にしていました。

でも、このインタビューを通じて感じたことは、「本のあるところ ajiro」ひいては、藤枝さんを中心に、その流れが今変わろうとしているのかもしれない、ということ。

もしかしたら藤枝さんのテンションの高い話しぶり、身体ごと引きづり込まれるような熱量に圧倒されているだけなのかもしれないけど。でもたしかに、私はあのとき、巻き込まれそうになった。

藤枝さんの周りを巻き込んでいく力は、どこから生まれてくるのでしょう。なんとなく、そんなことを聞いてみたくなりました。

「僕の人生には“熟考”がないんですよ。自分の人生も仕事もそうですけど、楽しくやっていくしかないと思ってるので、熟考せずにとにかくやる。うまくいっても失敗してもいいからとにかくやる。ajiroでのイベントもそうです。もしかしたら掴みどころがなくてお客さんも漠然とした気持ちで帰るトークもあると思いますけど、僕が未知谷や東京で浴びてきた“あらゆるもののよくわからなさ”って、そのときにはリターンはないけど、数年後自分が浴びてきたものの質や効果が遅延的に来るんですよね。それが熟考なく勢いよく何かをやるときの副産物として正しい気がしていて」

わからないこと、わかりづらいことって世の中にたくさんあります。でも、わからないから近づかない、わかるまで様子見しておこう、ではなく、「まず、やってみること」が大切だと思うと藤枝さんは言います。

「だからajiroのイベントも、僕が作る書籍も、果汁100%みたいなディープなものをたくさんつくっています。コレを徹底的に磨き上げて濃いものにしようと。もしかしたらお客さんが来ないかもしれない、売れないかもしれないと思っても、ヒヨらない! 薄めない!ある意味では確固とした読み手を想像できないままつくっている感覚もあります。でも、読み手側もせっかくお金を出すんだから、作り手の気合いを感じる隙のないものをそのままくれ! という雰囲気が高まっているのを感じるんです」

熟考しないことに加えて、流れに身を任せることも大切だと藤枝さん。

「自分で考えすぎないというか、やりたいことを持たずに目の前のものと真剣に向き合うというか。未知谷では海外文学、書肆侃侃房では詩歌をやっているように、目の前にあるものをどうするか、その場でどう自生していくかを考えています。何もないところに何かを作ったり、無理やり流れを切ったり、流れを生んだりするのは失敗の元なので。出発点を顕微鏡でじっくり見て、何か芽が生えそうなところに、率先して水をやり、大事にする。自分のやりたいことは二の次で、とにかく行動に移す。それのみだと思っています」

売るのが難しいといわれるジャンルの本を売らなければならない。そのような環境で鍛えてきた藤枝さんの仕事力は、今福岡で遺憾なく発揮されているように感じます。これから福岡で、どんなお仕事をされたいのでしょう。

「福岡で地域本の再定義をしたいと思っています。従来の地域本というと、郷土史などを想像しますが、たとえば2022年12月に発売した『ベルクソン思想の現在』という書籍は、世界的に有名なベルクソン研究者の2人が偶然福岡に住んでいたことが誕生の背景にあるんです。それって、僕からしたら福岡の地域本だという認識なんです。

今後は、福岡や九州を拠点とする著者の方との本だとは、パッと見ではわからないかもしれないけど、作り手としては『地域本を再定義するつもりで臨んでるぜ』という姿勢で書籍をつくりたいと思っています。ajiroも海外文学の受容の再定義をしたいと思ってはじめた本屋ですし。表には出さない裏テーマこそ命だと思うので」

お会いする前は、おもしろい本をものすごいスピード感でつくったり、まちのカルチャーに“作用”するような本屋を手掛ける編集者さんって、どんなすごい人なんだろう。寡黙で話が続かなかったり、気難しい雰囲気を出されたりしたらどうしようか。なんて思っていたけど、実際の藤枝さんは挨拶した瞬間からフルスロットル。笑顔も言葉も絶えることのない1時間半のインタビューは、あっという間に終わってしまいました。

仕事量もすごそうだし、もはや仕事とプライベートの境界線もない生活をされてそうだけど、藤枝さんはどんなときにしあわせを感じるのでしょう。最後に、藤枝さんにとってのウェルビーイングについて聞いてみました。

「なんでしょうかね。流れを無理やり作り出そうとせずに、目の前にあるものが何となく大事かもと思ったら、それを徹底的に大事にして、それを起点に全てを考える。だからあんまりおこがましいことはしない。そこで生まれた予想外の出来事もとにかくやる。それで僕は幸せです」

が【#2】繋ぐ本と人 をつくった理由

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