ミック・ジャガーのメッセージ「レッツ・ワーク」解散寸前だったローリング・ストーンズ
奴らのために動くのには疲れたよというミック・ジャガーのぼやき
もう奴ら(バンド)のために働くのは嫌になった。全ての打ち合わせ、レコーディングスケジュール、ツアーのことまで、全部自分1人でやっている。うちの連中ときたら、何もしないで、俺が決めたら、ただそこに来るだけ。へたすりゃ、サボって来ないことがある。もうやってられない。奴らのために動くのには疲れたよ
1987年9月28日、パリの超高級ホテル、ジョルジュサンクの部屋で、ミック・ジャガーはこう語っていました。語るというよりはボヤキに近かったかもですね。
この9月にミックのセカンド・ソロアルバム『プリミティブ・クール』が発売され、世界中のメディアをパリに集め取材を実施。日本のためにもメディア3社に対し各30分、計90分の時間を割くというものでした。この連絡が入ったのが取材日の10日前。大至急ジャーナリストを選定し、私とスタッフそして3人のメディア関係者を連れてパリへ飛んだのが9月27日、取材前日の到着でした。
CBS・ソニーの洋楽部門で働く自分が、まさかローリング・ストーンズとの関係ができるとは夢にも思ってなかったのですが、1984年、アメリカのCBSレコードがローリング・ストーンズ・レコードとの契約を締結。このニュースは我々を喜ばせてくれましたが、何よりもっと驚いたことは、この情報からさほど間をおかず、最初にミックのソロアルバムが発表されたことでした。
初めてのソロアルバムとしては、少々地味な結果で終わった「She's the Boss」
1985年、ミック・ジャガー最初のソロアルバム『She's the Boss』が発売されました。私が当時の担当者ですが、この作品には邦題はつけず、カナ表示もやめて、商品帯にも広告にも、敢えて英語表記のまま推し進めました。営業部あたりから反対もありましたが、誰でも読める英文字ですし、“シー・ザ・ボス” と表記すると何だかミックの格好良さが半減してしまいそうだったので、英文表記のままにしました。
ただ、この時は、他のメンバーに対してミックの遠慮もあり日本向けの取材はゼロ。欧米でもさほどのプロモーション活動もなく、初めてのソロアルバムとしては、少々地味な結果に終わっています。ミックはいわゆるローリング・ストーンズ・カンパニーの実質CEOですから、バンド運営の最終決定は全て彼が行っています。CBSとの契約の際に、グループのアルバム以外に自身のソロアルバムとして2枚の契約を結んでいたのですが、このソロ契約については、他メンバーには知らされてなかったようです。
全身全霊で作り上げた作品がセカンドソロアルバム「プリミティブ・クール」
また、初めてソロアルバムをリリースした1985年にミックは、デヴィッド・ボウイとのコラボレーションで「ダンシング・イン・ザ・ストリート」も発表しています。この積極的なソロ活動の背景については、ミック自身がグループのリーダーとして動くことに疲弊し、バンド内の人間関係、特にキース・リチャーズとの関係が結構あぶなっかしい方向に向かい始めていたからではないかと思います。
1986年にはやっとグループのアルバム『ダーティ・ワーク』が発売。少々辛辣な表現ですが “ミックの心ここにあらず” で、ジャーナリストたちは “キースのアルバム” と評するほどでした。このアルバムのプロモーションで2人が積極的に動いたという事もなく、ミックの気持ちは完璧に自身のソロプロジェクトに向いていたようです。
そしていよいよ、このミックが全身全霊で作り上げた作品がセカンド・ソロアルバムの『プリミティブ・クール』でした。世界中からパリにメディアを呼び寄せての大宣伝活動でした。何といっても、翌年には自身のバンドを組んで日本をはじめ、アジア・パシフィック地区でライブ活動も行ったほどですから、その気合はマジでした。
1988年にはキースも負けじとソロアルバム『トーク・イズ・チープ』を発表し、ライブも行っています。ローリング・ストーンズは、本当に解散寸前でした。人柄がいいロン・ウッドが一生懸命に汗を流しながら、ミックと会話し、そしてキースと話し、再びミックを説得し、という感じで、真剣に2人の間をとりもっていた様子が目に浮かびます。
キースや他メンバーへの強烈なメッセージだった「レッツ・ワーク」
冒頭のミックのボヤキに戻ってください。このアルバムからのファーストシングルは「レッツ・ワーク」。これは分かりやすいですね。“働こうぜ” です。グダグダして自分から積極的に動こうとしないキース・リチャーズや他メンバーへの強烈なメッセージだったと思います。
こういう歌詞です。ポイントの箇所だけですが、
エネルギーを無駄に使って
敵を増やしたくないし
自分の道を進むんだ
もし お前が怠け者だったら
お前のために尽くしたり
お前の事を心配したり
お前のために動いたりしない
新譜到着時はここまでのメッセージに気付かなかったのですが、本人取材を通じてこの曲の意味も、ミックの気持ちもよく理解できました。
ミック・ジャガー、本当に真面目で一生懸命に働いてきているのです。だからこそ、いい加減なメンバーにはほとほと呆れ果てていたのかも知れません。ど真ん中に豪速球を投げたのでした。
“おまえら、働けよ。俺はもう知らんぞ”
ちなみに、ミックの人柄については以前にもRe:minderにアップしています。その中でこのパリ取材の模様も詳しく書いていますで、あわせて読んでいただくと、よりこの頃のミックのソロ活動への想いが理解できるのではないかと思います。