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井上伸一郎② 人生が変わるきっかけそのものだった『機動戦士ガンダム』

Febri

Febri TALK2025.04.03 │ 12:00

井上伸一郎編集者・作家・プロデューサー

②人生が変わるきっかけそのものだった
『機動戦士ガンダム』

編集者・プロデューサーとして活躍する井上伸一郎に、その歩みを聞く連続インタビュー。第2回は「編集者」への道に踏み出すことになった、名作ロボットアニメとの出会いについて話を聞く。さらにはキャリアの出発点となった雑誌『アニメック』時代の裏話もたっぷり話してもらった。

取材・文/宮 昌太朗 撮影/松本祐亮

インタビュー_FebriTALK機動戦士ガンダム

逃げ出したアムロに当時の自分を重ね合わせた

――中学~高校時代にかけても、相変わらずテレビっ子だったんでしょうか?
井上 そうですね。特撮番組もずっと見ていました。「黄金の1972年」などと言われますが、70年代前半は作品数も多くて、毎日何かしら放送されていた印象があります。さらに高校1年のときに『宇宙戦艦ヤマト』を見て、TVアニメの進化を実感したんです。決して子供向けではなくて――人によっては「あれはSFではない」とおっしゃる方もいると思うんですが、ちゃんとSFをやろうとしている志があった。ヤマトが小惑星をリング状にして防御に使うところとか、理屈をちゃんとつけてやっている感じがあった。ただ、そういう変化を友達に説明しても、なかなかうまく伝わらない(笑)。オタク趣味が合う友達はあまりいなかったですね。

――その後、井上さんは雑誌『アニメック』の編集部に、アルバイトとして入るわけですが、どういう経緯だったんでしょうか?
井上 1980年の春休みのことなんですが、上野の京成百貨店、今は上野マルイがある場所に、『アニメック』がアニメグッズのショップを出していたんです。そこで売り子のアルバイト募集していたのがきっかけです。じつは『アニメック』の本誌には編集アルバイトの募集広告が載っていて、それにも応募していたんですが、もうすでに募集が終わっていて。それで、売り子のアルバイトを始めることになったんです。

――『アニメック』の編集アルバイトに応募したのは、やはりアニメが好きだったからなんでしょうか?
井上 そうです。自分の人生を変えた作品の2本目が『機動戦士ガンダム(以下、ガンダム)』なんですが、『ガンダム』が好きだからこそ、他の媒体に先駆けて『ガンダム』を特集していた『アニメック』を読んでいたんですね。『宇宙戦艦ヤマト』のときに「アニメの流れが変わった」と思ったんですが、『ガンダム』ではそれがさらにもう一段、高みに行ったという感覚がありました。ドラマをちゃんと描こうとしているし、キャラクターもすごく魅力的で。とくに主人公のアムロ・レイは、これまでのアニメには出てこないようなタイプの主人公でした。じつは当時、いろいろなことが重なって、個人的にはちょうど人生の暗黒期だったんです。『ガンダム』は第1話からは見ていなくて、最初に見たのが第17話の「アムロ脱走」。ブライトから「お前はもう必要ない」と言われたアムロが、ガンダムを強奪して逃げ出すという話なんですが、その展開が自分の心境とすごくシンクロした思い出があります。

富野監督と出会って編集者の仕事の楽しさをおぼえた

――しかもそこから雑誌編集者の世界に飛び込んで、人生が大きく変わることになる。
井上 変わっちゃいましたね。実際に編集の仕事を始めたら、これが面白くて。お金も稼げるようになったので、大学も辞めてしまいました。編集の面白さって、やっぱり自分のアイデアが形になることなんです。『アニメック』では編集者が自分で誌面をデザインしていたので、自分の考えたものをそのまま形にできた。しかも媒体で取材をするとなると、普通では会えないような人と会うことができる。あと、これは角川書店の代表取締役時代、現場の編集者に聞かせていたことですが、小説家の方には、普通の人なかなかお会いできないんです。たとえば新聞社の人でさえ、きちんと取材の手続きを踏まないと作家には会うことができない。でも編集者であれば、そんなハードルを飛び越えて、日常的に作家と会って、しかも一緒にモノを作ることができる。それって、ものすごく貴重なことだと自覚すべし、と。『アニメック』時代から通じてそういう経験ができたのは、本当に『ガンダム』のおかげだと思います。

――編集者として仕事を続けていく中で、とくに印象に残った人というと誰になるんでしょうか?
井上 やはり富野由悠季さんの存在は大きかったです。『アニメック』で富野さん担当になって、『聖戦士ダンバイン』以降は富野さんと定期的にお会いしていたんですが、とにかく話が面白いんです。その後、角川書店で『月刊ニュータイプ』を立ち上げてからも、ずっと富野さんの担当でした。最低でも週に1回は事務所にお邪魔して、原稿をいただいたり、インタビューをしたり、雑談したり……。さっきもお話ししたように、それってなかなか普通の人では味わえない体験なわけで、その楽しさをおぼえたというのはあります。

――富野さんとはどういう話をしたんでしょうか?
井上 基本的には時事問題ですね。今、世の中で起きていることに対して、富野さんがどう考えているか。たぶん富野さん自身、話しながら整理しているところがあるんでしょうね。富野さんが今、思っていることを聞き役として聞く、みたいな感じでした。世間的には露悪的な人だと思われているかもしれませんが、あんなに頭のいい人にはなかなか出会えないと思います。いろいろなことを考えられているし、一見、全然違うもの同士を結びつける発想力がすごい。あとから考えると、「あれって富野さんの発明だったな」と思い当たるものがいっぱいあるんですよ。たとえば『機動戦士ガンダムF91』には「バグ」という人間だけに反応する小型の飛翔兵器が出てくるんですが、まさに現代のドローン兵器ですよね。最近になって、その発想力に唸りました。

――先を見抜く力みたいなものがある。
井上 これは80年代後半くらいに聞いたことだったかな。富野さんが「民主主義は行き詰まっている。仮に『間違わない独裁』があるとすれば、いずれそれが求められる」と言うんです。なぜかというと、民主主義は手続きが多すぎる。手続きの煩雑さ、意見を取りまとめることの大変さで、世界中が疲弊している、と。今、アメリカのトランプ政権を支持している人がそうですよね。もちろん間違わない独裁などというものは、現実ではあり得ないのですが、民主主義の停滞と強権政治の台頭を40年近く前にすでに予見していた。そういう意味で、富野さんの演繹的(えんえきてき、ひとつの前提から推論を広げていくこと)な発想、社会を洞察する力は本当にすごいと思わされます。

KATARIBE Profile

井上伸一郎

編集者・作家・プロデューサー

いのうえしんいちろう 1951年生まれ。東京都出身。『アニメック』編集部を経て、『月刊ニュータイプ』創刊に参加し、ザテレビジョン(現・KADOKAWA)入社。雑誌・マンガ編集者およびアニメ・実写映画のプロデューサーを歴任し、2007年に角川書店代表取締役社長、2019年にKADOKAWA代表取締役副社長に就任。現在は合同会社ENJYU代表社員。2025年3月18日には新著『メディアミックスの悪魔 井上伸一郎のおたく文化史』が発売された。小説投稿サイト「カクヨム」に初のWeb小説を連載中。ユーザーID「ENJYU _Inoue」で検索!

メディアミックスの悪魔 井上伸一郎のおたく文化史

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