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「ふつう」ではない人間が、なぜ金を貯められないのかを説明しよう

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「ふつう」ではない人間が、なぜ金を貯められないのかを説明しよう

「ふつうの」会社員が2億円

少し前に、ネットでこんな記事を読んだ。

はてな界隈でよく知られている斗比主閲子さんが『ふつうの会社員が投資の勉強をしてみたら2億円になった話』という本を出すという。


おれはとてもつめたい気持ちになった。なにをして「ふつう」というのだろう。おれもすこしは「ふつう」になりたくて生きてきたが、2億円とは縁どおい。縁もゆかりもない。40代半ばになったおれにとってリアルな数字とは「手取り19万円の栄光」であり、「20万円でも人は死ぬ」である。

「20万円でも人は死ぬ」


まあ、おれは「ふつう」とは言いがたい。大卒が前提として就職も転職もなにもかも語られるような世の中にあって高卒だ。大学を出られなかったのはおれの無能と怠惰によるものだからしかたない。おれは四大卒の人間にくらべてらいちじるしく能力が低いことは認めなくてはいけない。身体能力にすぐれているでもない無能者にまともな労働がないのはたしかだ。おれは「ふつう」ではない。


そのうえおれは精神障害者だ。精神障害者保健福祉手帳を持っている。完治の見込みは今のところないといっていい双極性障害(躁うつ病)だ。それによって、おれはまったく計算できない労働者だ。ケーキが切れるかどうかもあやしいものだが、そういう意味の計算ではない。労働力としてその日計算できるかどうかわからないという意味での、「計算できない労働者」だ。

突然働けなくなる「計算できない労働者」の話。


朝、抑うつで起きられないとなると、会社にLINEを送る。「すみません、遅れます」。昼くらいに行ける日もあれば、午後3時になる日もある。全休することはほとんどないといっていいが、うつのひどい時期になると、それが半月もひと月もつづく。おれが最底辺の零細企業づとめだからみとめられているようなものであって、「ふつう」の企業ならばすぐに解雇されていることだろう。おれは「ふつう」ではない。

おれは「ふつう」のスタートラインに立てない。おれは「ふつう」ではない異常に低い性能しかない、異常に低い社会で生きている。


べつにだれがなにをもって「ふつう」を名乗ろうとかまわない。おれに止めるすべもなにもない。とはいえ、かなり恵まれた前提があって、そのうえで能力にも恵まれた人間が「ふつう」を名乗っているのであれば、少しくらい毒づきたくもなる。そのくらいは許してもらいたい。


もしもおれがつぶやかなければ、それが社会の「ふつう」になってしまうかもしれないからだ。もちろん、おれがつぶやいたところで、社会の「ふつう」がかわるようなこともないだろう。でも、おれには声があるのだから。


もちろん、おれがおれのようなレベルの低能な人間や社会の下の方にある人間の代弁者になるつもりもない。おれのほうがあらゆる面でめぐまれている、という人もいるだろう。この部分についてはおれのほうがめぐまれているが、べつの部分についてはおまえのほうがめぐまれているということもあるだろう。それを比べだしたらきりがない。税制や福祉の制度を決めるためには数字によるきまりが必要だろうが、言葉の世界にきまりはない。おまえはおまえの言葉で地獄を語ればいい。


ホモ・エコノミクスを目指すことすら無駄な者

というわけで、おれには『ふつうの会社員が投資の勉強をしてみたら2億円になった話』は無縁の本である。なので、とうぜん買うこともない。おれには関係ない。

が、シロクマ先生が書評を書いていて、それが人気になっていたので読んでみた。


著者の斗比主閲子さんが、ホモ・エコノミクスとしてのエートスをいかに内面化し、実行に移しているのかという面を強調している。それは「ふつう」ではなく、「非凡」であると。

総体としてホモ・エコノミクスをやっていくとは、お金にも、精神にも、健康や文化や親密圏といったそのほか色々なことにも目配りがいく状態をやっていくってことだろうし、それらが総体として経済合理性にかなっていて、全体としてコスパやタイパに優れていることだと私は思う。総体としてホモ・エコノミクスをやっていくためには、お金のことしか見えない守銭奴になるのでなく、コスパやタイパにもとづいて他の色々なことにも目配りし、なおかつ、それらとお金の関係、それら同士の関係を取り持てることではないだろうか。
「これがコスパの精神か!──『ふつうの会社員が投資の勉強をしてみたら資産が2億円になった話』

なるほど、それができるのは非凡なことであろう。金を貯めるだけでもたいへんなことに違いないし、それができる人間ですらかぎられている。そのうえで、さらに生き方の総体として、精神、文化、健康にも合理性をもってあたり、まんべんなく豊かな人生を送るというのだ。


おれにはそれを目指すという動機を抱くことすら無理なのだが、あなたはどうだろうか?


競馬で負けてもなにも感じない合理的な理由

経済的に合理的であること。合理的でないこと。おれは社会的に「ふつう」の経済のスタートラインにも立てないのでわかるはずもない。コスパについても理解もない。無駄なことに金を使い、必要なことに金を出ししぶっているのだろう。無論、小銭に過ぎない。一般的な社会人からみたら小銭だ。小銭ですら、経済的合理性を考えることができない。

……いや、違う。おれは考えることができないかもしれないが、そもそも考えようとしないのである。考えようとしないというのは、おれなりの思考の結果であって、おれなりの合理性だ。


そもそもスタートラインにも立てない人間にとって、資産の形成を考えることなど無駄でしかない。「ふつう」の会社員が毎月の手取りから、いくら投資にまわそうか考えているとき、おれには給料自体が出ていない。「ふつう」の会社員が余剰資産の100万円をオルカンに入れようかどうか考えているとき、おれは20万円足りなくて死ぬ。

そんな人間が、経済的合理性を、コスパを考えて行動したところで、その後の人生になんの違いが出てくるのだろうか。


たとえば、おれは2025年3月22日土曜日と23日日曜日の中央競馬で1レースすら的中せず20,100円失った(いちおう言っておくが、これは珍しいことだ)が、この20,100円が残っていたところで、将来なんになるのだろう。カロリーの高い惣菜パンをそれなりに買えるかもしれないが、安アパートのひと月の家賃にもならない。

むろん、おれは毎週2万円ずつ負けるわけではない。毎年70%以上は回収している。


ただ、おれが遊びでやっている投資信託の成績のほうがはるかによいのは否めない。金額ではなく率として。だからといって、おれが競馬に投じてきたすべての金を投資に突っ込んでいたところで、それは小銭にすぎない。「ふつう」の会社員が車を買ったり、海外旅行に行ったりするくらいでなくなる。「競馬をやっていなければ家が買えた」などという話もあるが、おれは小銭しか賭けないのでそんなたいそうな話にもならない。


そういうわけで、おれはいくら公営競技という合理的でないギャンブルをして負けたところで、「あの金で何が買えたのか」と後悔することはない。「迷ってやめたあの馬を買っておけばよかった」という後悔ならいくらでもするが、小銭を失うことになんの後悔もない。ただぼんやりと回収率100%を目指すだけだ。ひとつひとつのレースにあらゆる物語が織り込まれているのを感じても、その目標は機械的といっていいかもしれない。

「あの金でなにを買えたのか」と後悔する理由がない。「この金を貯めて、投資して、将来に備えよう」と思う理由もない。すべては無駄だからだ。


将来、老後に必要とされる資金はいくらだろうか。2,000万円とも3,000万円とも言われる。それも、ちゃんとした年金を受け取れる人間においてのことだろう。おれは国民年金の時代も長かったし、正社員になったところで最低のお金しかおさめていない。ねんきん定期便は毎年おれに「おまえは国のお荷物だから早く死んでくれないかな?」と語りかけてくる。

そんな人間がいくら金を貯めようとしたところで、投資で増やそうとしたところで、無駄だよ。


なにもしないことの合理性

お金にも、精神にも、健康や文化や親密圏といったそのほか色々なことにも、おれが気を配るのは無駄なことだ。

お金については上に述べたとおりだ。まともな収入もなければ、受け継ぐ家の資産もないので、なにをしても無駄にすぎない。たとえば、競馬をしないで金を貯めて、半年長く生活できるとして、それになんの意味があるだろう。ちなみにおれは生活において、たとえば食生活などで無駄遣いをしない。安いスーパーでいつも同じものを買って、同じ料理を食べる。競馬のほかはメルカリで数百円の古着を買うくらいがぜいたくだろう。ぜいたくといえば、月に一度だけ宅配ピザを食べることを自らに許してはいるが。


精神といえば、これはもう崩壊している。崩壊しているから手帳持ちの精神障害者だ。抗精神病薬と抗不安薬と睡眠薬を飲まなければ、遅刻での出社すらままならないだろう。おれが精神の健康を考えることほど不毛なことはない。もう壊れてしまったのだし、もう戻れない。完治する治療法ができたところで、時を戻すことはできない。

健康について気を配るのも無駄なことだ。双極性障害の人間の平均寿命は、「自殺を差し引いても」短い。理由はしらない。そのうえ、おれは独身男性だ。独身男性の平均寿命も短い。ようするに、おれは早く死ぬ。「いや、それは統計の話だろう」という意見もあるだろうが、だからといっておれが健康に気をつかって、身体が健全であったところでなんになるのだろう。金がなくなって、住むところも失って、惨めに冷たくなって死んでいくとき、その時間が一週間でも先延ばしされるのだろうか。それになんの意味があるのだろう。健康診断などをしないことによって大病を患うことになるかもしれないが、早く死ねるならそのほうが人生の痛苦の総量も減るというものだ。


文化や親密圏。そもそも、それがなにを意味するのかよくわからない。文化を解するだけの知性がない。親密圏を構成するだけのコミュニケーション能力がない。能力以前に他人と関わることがおそろしい。おれにはだれかに受け継がせるような文化もないし、文化を受け継がせるようなだれかもいない。おれは孤独を好むし、一人でいさせてほしい。


おれに、ホモ・エコノミクスであるべき理由はなにひとつない。なろうと思って、それを目指そうという理由もない。むしろ、おれのような人間が将来の幸せなどを考えること自体が時間の無駄だ。それがおれにとっての合理性というものだ。おれのような合理性をもって生きている人間はどのくらいいるだろう。この日本に百万人いるかもしれないし、数百人かもしれない。ひょっとしたら、おれひとりかもしれない。どうでもいい。


このような話を読んで、「こういうセルフ・ネグレクト的な人生観を持った人間が、いざとなったら福祉を頼って社会の負担になる」とおまえは言うかもしれない。しかし、それだったら今すぐおれを殺しにくるというのはどうだろうか。おれにも、おまえにも、社会にも、じつに合理的な話じゃないか。

***


【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Mihály Köles

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