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【インタビュー】市村正親×松雪泰子~又吉直樹書下ろし新作戯曲、音楽劇『エノケン』で舞台初共演

SPICE

市村正親、松雪泰子

戦前・戦中・戦後を通して日本を笑いで包み、日本の喜劇の土台を作った榎本健一。エノケンの愛称で親しまれた彼は、当時流行していたジャズとスピーディでナンセンスなギャグでまったく新しい喜劇を作り、浅草の小さなレビュー劇団から瞬く間に座員150名、オーケストラ25名を擁する日本一大きな劇団「ピエル・ブリヤント(エノケン一座)」の座長へ。ミュージカル風に話が進行する映画も人気となり、全国に知られていくようになる。しかしその反面、実人生では怪我からの脚の切断、息子を喪うなど過酷な現実にも直面していた……。

そんなエノケンの波乱にとんだ人生と、彼を愛し、支え続けた家族や仲間、ライバルたちの姿を描く新作舞台、音楽劇『エノケン』が2025年秋に登場する(2025年10月7日~10月26日 シアタークリエ、他ツアー公演有)。芸人であり芥川龍之介賞受賞作家である又吉直樹が新作戯曲として書下ろし、シライケイタが演出を手掛ける。SPICEは、本作でエノケンを演じる市村正親と、エノケンの二人の妻、花島喜世子と榎本よしゑを一人二役で演じる松雪泰子に話を聞いた。


――お二人はこれまでの共演経験は。

市村 ドラマでちょこっとだけあります。

松雪 共演は少しだけでしたので、しっかりお芝居をさせていただくのは初めてです。もちろん舞台でご一緒するのも初めて。市村さんにしっかりついていこう、と思っています。

――エノケンの人生を描く新作舞台ですが、そもそもエノケンという人物に対してはどんな印象をお持ちでしょうか。

市村 お笑いの元祖のような、日本における喜劇の神様みたいな感じですよね。僕は「雲の上団五郎一座」が好きで、八波むと志さんの蝙蝠安と三木のり平さんの与三郎(雲の上団五郎一座の劇中劇、『与話情浮名横櫛』のパロディ)なんて、最高に面白かったんですよ。今はお笑いと言えば関西の吉本興業が一大勢力となっているけれど、あの頃は“東京喜劇”絶頂期。その原点を作ったのがエノケンなんだよね。

松雪 昭和を代表する喜劇人だという印象ではありますが、私は世代的に、エノケンさんがご活躍されていた当時のことは存じ上げないんです。でもだからこそ今回の舞台を作品として新鮮に受け止めることができるのかなと感じています。又吉さんの文学に、演劇を通して触れられることも光栄ですし。

――では、この役が来た時にどう思われましたか?

市村 僕はもともと「2・3時間のあいだ、他人の激しい人生を一生懸命生きることができる」というところに惹かれ、役者になりたいと思ったんです。それが俳優という商売の素敵なところでもある。今回、俳優生活52年目で、新たに榎本健一というすごい人生を送った人間を生きることができるのが嬉しいな、楽しみだなと思いました。これまでもゴッホなど、激しい人生を送った人物を多々演じてきていますが、エノケンにも別の激しさがきっとあるんだろうな、と感じています。色々な本を読むと、喜劇役者としての顔と人間としての顔にずいぶん落差があるんですよ。

松雪 壮絶な人生ですよね。

市村 もともとキレの良い動きが評判だった俳優さんなのに足がダメになって……というのは大きなことですよね。あとお酒も好きだった。一座を構えていると座長としての悩みや気苦労も多かったと思う。それを、よしゑさんに癒やしてもらっていたんじゃないかな。

――松雪さんはエノケンの妻、花島喜世子さんと榎本よしゑさんの二人を演じますね。最初の奥様、喜世子さんはエノケンの一座の女優さんで、その後芸者だったよしゑさんと一緒になる。

松雪 それぞれが違った視点でエノケンさんを見つめていらっしゃったんだろうなとは思いますが、喜世子さんは後妻のよしゑさんより少し強い女性という印象があります。

市村 うん、強いよね。女優さんって、前に進まなきゃいけない生き方をしているから、強くないとやっていけないところもあるんだろうね。対して後妻のよしゑさんは元芸者さん。昭和の“支える女性”というイメージがある。

松雪 対照的ですよね、お二人は。

市村 息子さんは、喜世子さんとの間の子だよね。その息子さんが亡くなって……。

松雪 そのエピソードはきっと避けて通れないと思うので、どんな風に描かれるのか、どう向き合うのかも重要になってきそうです。よしゑさんとエノケンさんは、魂の深いところで繋がっているパートナーのような印象があります。本当に愛が深い女性。

市村 うんうん。よしゑさんの本に「私たちの人生の中でお互いが必要だった」というような言葉があった。二人の人生は、その気持ちを育てていくプロセスだったんだろうなと感じています。男女の関係を超え、人生の中で必要とし合った二人って素敵だよね。……喜世子さんとよしゑさんの関係性も不思議だよね。喜世子さんがいる中でよしゑさんが登場するから。

松雪 エノケンさんのそばにいる女性として、お二人が重なっている時期もあります。そのあたりを又吉さんがどう書かれるのかも楽しみです。

――まだ上演台本があがっていない中ではありますが、お二方はずいぶん役について調べていらっしゃるとお聞きしています。どんな資料から入っていかれましたか?

市村 僕はまずよしゑさんの書いた本、『浮世あまから峠道―エノケンと泣いて笑って五十年』を読みました。あとはエノケンさんの自伝『喜劇こそわが命』。これは自分で自分のことを語っているから結構お堅く感じるんだけど、よしゑさんの書いた本はもっとエノケンの人間的な部分が見えるんだよね。

松雪 私もそう思いました!

市村 この二冊を読んだあとに彼の映画を見ると、それまでとは違う感覚で見えて。エノケンという人のことを少しずつ理解できそうな気持ちになっています。

松雪 私もよしゑさんの本を読んだのですが、彼女の目線で見るエノケンさんがとてもチャーミング。そして、俳優業って裏側では大変な部分もある。色々な苦悩がありながらも前に進んでいく、というのは誰もきっと同じだと思うのですが、あれだけの大スターであるエノケンさんも同じだったんだな、と思うことがたくさんありました。私の役は二役とも、彼の大変さ含め、見つめている。その関係性を舞台上できちんと表現できたら、彼の造形も深いものになっていくのかなと思います。

――お二人の撮影がすごく自然で素敵な空気でした。

市村 まあお互い、名優だからね(笑)。……最近、自分で言うことにしてるの(笑)。

松雪 素敵です(笑)。私は市村さんに引っ張っていただいた気持ちでしたが。

市村 いえいえ、僕こそ松雪さんの懐に抱かれ、手のひらの上で転がされながら、ワガママを言う役だなと感じました(笑)。

松雪 では大きな愛で包みます!(笑)

市村 にゃん!

――脚本は又吉直樹さん、演出はシライケイタさん。どんな印象でしょうか。

市村 又吉さんの小説は“人間くささ”が細かく書かれているでしょう。だから又吉さんが書かれるエノケンの物語は、彼の人間性の部分が深く描かれるものになるんじゃないかな、と思って楽しみなんですよ。シライさんとはご挨拶はしましたが、まだ作品についてのお話はしていないんです。真面目そうな方だなという印象ではありますが。

松雪 私は先日、シライさんの演出された『夏の夜の夢』を観に行きましたが、とても素敵でした。中学生以下は無料で、子どもたちが観ても楽しいシェイクスピアというコンセプトの作品。手作りの温もりが伝わる、とても人間くさいお芝居で、おもちゃ箱をひっくり返したような演出が印象的でした。終演後に少しお話もさせていただき、私が「エノケンの生きた時代のムードをまだキャッチできていないんです」と申し上げたら、シライさんも同世代だから「僕も同じです、一つひとつ勉強しながら一緒に作っていきましょう」とおっしゃってくださって安心しました。

市村 芯が強そうな方ですよね。僕がこうしたい、ああしたいというよりシライさんにお任せして、その中で僕は精一杯生きようと思っています。でもこの齢になっても新しい出会いができるというのは、嬉しいことです。

――ところでお二方とも、シアタークリエは初めてですよね。

松雪 初めてです。

市村 初めてです。(前身である)芸術座の頃はよく観に行っていました。杉村春子先生、山田五十鈴さん、森光子さんのお芝居とか、行ったなあ。

――今回の『エノケン』、まさに芸術座の香りがするな、と思ったんです。

市村 本当にその通りです。昭和初期の匂いがぷんぷんする。僕らの父母、おじいちゃん、おばあちゃん世代の青春物語や当時の人々の生き方を描く作品を、芸術座時代のようにお届けできたらいいですね。

松雪 親子連れでいらしていただけても、嬉しいですよね。

市村 そうそう!

――最後に読者にメッセージをお願いできますか。

市村 僕はただ、笑わせようとか泣かせようとか考えず、この世界の中で喜世子さん、よしゑさんと一緒にエノケンとして生きるだけではありますが、皆さんが今までに見たことのないような市村正親をお見せしたいと思いますし、お見せできる芝居なんじゃないかなと感じています。

松雪 題材はエノケンさんの人生ですが、新たな芸術としてこのお芝居が立ち上がればと思っていますし、喜劇人・エノケンさんとはひと味違う側面が伝わる演劇になればと思います。その中で私は愛という包容力を持って喜世子とよしゑを務めさせていただければと思っております。

――お話をお伺いすると、夫婦愛たっぷり、悲喜こもごもの人間ドラマ……になりそうですね。とはいえ市村さん扮する“喜劇人・エノケン”の姿も期待したいのですが……。

市村 みんなそこを期待してくれているんだろうね(笑)。でも、そういう部分もきっと出てくると思いますよ! 又吉さんも「スポットが当たっている時のエノケンもちゃんと表現したい」とおっしゃっていましたから。でもね、やっぱりエノケンにとってよしゑさんは、いなくてはならない存在だったので。(二人が一緒にいるのは)運命なんだな……という感じには、なるんじゃないかな? と思います。僕も新しい挑戦を楽しみにしています!

取材・文:平野祥恵  写真撮影:山崎ユミ

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