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山形県湯田川温泉の『ますや旅館』で思わず笑顔に。古布に命を吹き込んで作る、郷土愛あふれるオンリーワンのお土産

さんたつ

【旅の手帖】会いに行きたい温泉宿36

山形県鶴岡市に湧く湯田川温泉は、市街地からほど近いながら自然に囲まれた静かな温泉郷。ここにある『ますや旅館』で訪れた人たちを笑顔にするのが、縫い物好きの仲間を巻き込んだ郷土愛たっぷりの「おくるみ飾り」。既製品とはひと味違う、唯一無二の布小物を土産物として丹精込めて作り上げる。

ますや旅館

今回の“会いに行きたい!”

湯田川温泉『ますや旅館』大女将の忠鉢泰子(ちゅうばちやすこ)さん

縫い物好きな仲間が集まり、月一回の手しごとを楽しむ

色とりどりの古布やハギレがうずたかく積み上げられた秘密基地で、月一回、「おくるみの会」メンバーがチクチクと針仕事に精を出す。

「興味のない人にはゴミ溜めに見えるかもしれないけれど、着物ってムダになるところがないの。生地をどれにしようか選ぶのが楽しい」

こう話すのは「おくるみの会」を主宰する、『ますや旅館』の大女将・忠鉢泰子さん。「おくるみ」とは綿を包むという意味。湯田川温泉にある築100年を経た『旧白幡邸』の雛飾りを公開するにあたり、宿の女将らが吊るし雛を作ろうと思ったのが発足のきっかけだ。鶴岡の吊るし飾りの第一人者に習い、鞠(まり)など簡単なものから作り始めた。

2010年の発足当初、泰子さんは66 歳。そこから足かけ15年、80歳になったいまも創作意欲は衰えない。

「お茶を飲んで、おしゃべりしながら楽しく作っています」

現在は縫い物が好きな60〜80代の女性6名で「おくるみ飾り」を作っている。これまで「庄内の伝統野菜」「魚」「花」など、身近なものを題材に一人3〜5個を一年かけて作り、『旧白幡邸』に飾ってきた。それ以外の作品は旅館が買い取り、売店で土産物として販売する。2024年のテーマは「鯉が池の鯉」だ。

材料は着なくなった着物で、旅館のお客さんから「おばあちゃんが亡くなったから」と年代物のタンスごと引き継いだこともある。中の綿も布団の中身を再利用する。

「たくさん売れれば数千円の小遣いになるから、みなさん喜んでやってくれます。帯を使って、手の込んだバッグを作る人もいるんですよ」

同じ型紙でも選んだ布によって、雰囲気が異なる作品に。上段の「椿」3点は冬の湯田川温泉ではポピュラーな花だ。赤や紺など、色とりどりのツバキを作る。下段右から。「藤沢かぶ」は庄内の伝統野菜で細長く、上が濃いピンク、下が白。着物の裾回しのグラデーションを使って色みを表現した。同じカブでも「田川かぶ」は赤紫色の丸いカブ。「孟宗(もうそう)」や「ビタミン大根」も忠実に再現。

宴会から布団の綿入れまで女将時代は何でもこなした

泰子さんが昭和43年(1968)にお嫁に来た頃、『ますや旅館』は6室の小さな宿ながら40畳の広間をもち、温泉街には三味線と踊りで宴会を盛り上げる芸者さんもいた。先代(義父)は満州から引き揚げて創業した苦労人。お客さんが来たら、たとえ食材がなくても受け入れた。嫁の泰子さんも朝から夜中まで働き、義母にならい、布団の綿入れも、お膳拭きもすべてこなした。

「漆塗りの本膳、二の膳を水拭き、乾拭き、艶出しで3回拭き上げたから、仕事が終わるのは午前0時過ぎ。睡眠時間は3時間で、毎日バタンキューだった」

泰子さんは中・高生のときは軟式テニスで鍛えた、スポーツ大好き少女だった。お産以外は寝込んだことがない丈夫な体をもち、ノコギリやナタを携えて、義父の後ろについて、山菜や山ブドウ採りにも出かけた。

シモンズのベッドを置いた和洋室「しらさぎ」。2023年のリニューアルを機に和モダンな雰囲気に。
貸切風呂は3カ所。札を裏返せば14時から翌日の10時まで、宿泊客は何度でも無料で入れる。

一方で美術系の大学を受験し、絵を描くのも型紙を作るのも、色の配分を考えるのも好きな泰子さん。クリエイター気質がいまの土産物作りにつながっている。

現在、『ますや旅館』は娘の齋藤生さん夫妻が中心となって営み、泰子さんは第一線から退いているが、魚を焼いたり、揚げ物をしたりと調理補助は現役。朝食の準備を終えて、夕方までの空き時間でパステル画を描き、型紙を作り、パーツごとに布を切って制作の準備をする。

湯田川の名物・孟宗もほっこりなごみの布小物に

湯田川の名物は「孟宗(もうそう)」という孟宗竹のタケノコ。このあたりの粘土質の赤土が生育に適している。

『ますや旅館』が孟宗を育てる孟宗山は金峯山(きんぼうざん)の山麓に約3000坪あり、採ったタケノコは保存され、一年をとおして朝食に出される。4月下旬〜5月下旬は「孟宗まつり」と銘打った宿泊プランを用意し、タケノコの刺身やタケノコご飯を出す。

孟宗の汁は、厚揚げや干しシイタケなどが入って具だくさん。布小物にもして、宿のオブジェとして土産物コーナーを彩る。

ところで、おいしい孟宗は何もせずに収穫できるわけではなく、「草を刈り、肥料を施し、年間を通じて手を入れることによって、白くやわらかなものになる」そうだ。

さらに『ますや旅館』で味わいたいのが、手作りのごま豆腐にあんをかけた「ごま豆腐のあんかけ」と大みそかに食べる「納豆汁」。あんかけごま豆腐はこの日はサケやニラ、そうめんが入っていたが、季節によって中身は変わる。納豆汁もワラビの塩漬けやモダシ(ナラタケ)、イモの茎など里山の恵みがたっぷりだ。

「宿の多くが孟宗山をもち、タケノコを作っている。こんな小さな温泉街に、神社が六つもあって、神楽(かぐら)の文化が残っている。派手さはないけれど、心が裕福な土地なんだと思います」と泰子さんは言う。

夕食では庄内の名物「ごま豆腐のあんかけ」のほか、庄内浜で獲れたガサエビや黒バイ貝などの魚介が味わえる。

地域の守り神である由豆佐売(ゆずさめ)神社は宿から歩いて2~3分。共同浴場『正面湯』の浴客が神社の方角にうやうやしく一礼する姿は、温泉街の日常のひとコマである。

一年をかけてじっくりと手作りされる「おくるみ飾り」が生まれたのも、いで湯の女神に守られたのどかな温泉地だからこそ。手にとればみんなが笑顔に変わっていく。

2023年、『ますや旅館』は同じ温泉街の『九兵衛(くへえ)旅館』のグループになり、姉妹館の風呂を湯めぐりする楽しみも増えた。鳥海山や庄内平野を見下ろす、姉妹館『珠玉(たま)や』の展望風呂。
水槽に庄内金魚などが泳ぐ『九兵衛旅館』の「川の湯」。

大女将おすすめ! 立ち寄りスポット

『旧白幡邸』おくるみ飾りでイベントを盛り上げる

築100年の『旧白幡邸』では、3月中旬〜4月上旬の期間限定で雛飾りを公開。「おくるみの会」は吊るし雛や手作りの布小物を展示する。

『田の湯』宿泊客は共同浴場に無料で入れる

共同浴場は神社の正面の『正面湯』と田んぼから湧出した『田の湯』の二つ。『田の湯』はライオンの湯口が特徴的だ。

『ますや旅館』の詳細

ますや旅館
住所:山形県鶴岡市湯田川乙63/アクセス:JR羽越本線鶴岡駅からバス30分の湯田川温泉下車、徒歩3分

取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2024年10月号より

野添ちかこ
温泉と宿のライター/旅行作家
神奈川県生まれ、千葉県在住。心も体もあったかくなる旅をテーマに執筆。著書に『千葉の湯めぐり』(幹書房)、『旅行ライターになろう!』(青弓社)。最近ハマっているのは手しごと、植物、蕎麦、癒しの音。

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