『ラスト・ブレス』で羽ばたく英国若手俳優:フィン・コール
フィン・コールは、いま最も勢いに乗っている若手俳優のひとりだ。Netflixドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』でブレイクし、近日公開のスリラー映画『ラスト・ブレス』で主演を務める。そんな彼に運良くインタビューする機会を得た。名優ウディ・ハレルソンとの共演や、オスカー受賞俳優キリアン・マーフィーにアドバイスを求めたエピソードについて語ってくれた。
author charlie thomas
creative direction brandon hinton
fashion direction grace gilfeather
photography adam fussell
フィン・コールは英国を代表する若手俳優のひとりへと成長した。彼が初めて脚光を浴びたのは18歳のときだ。スティーヴン・ナイト監督が手がけた大ヒットTVシリーズ『ピーキー・ブラインダーズ』(2014~19年)で、マイケル・グレイ役を演じたのがきっかけだった。
兄のジョー・コールがすでにシーズン1に出演しており、シーズン2のオーディションが開催されると、「フィンがぴったりだ」と推薦したのだ。そして実際にその通りだった。演技については学内でのわずかな舞台経験だけだったにもかかわらず、フィンはこの役を見事に自分のものにし、その後10年にわたってシリーズを支える存在となった。
その後、フィンはTVシリーズ『アニマル・キングダム』(2016〜22年)に出演。ベン・ロブソンやショーン・ハトシーと共演し、再び成功を収めた。
しかし、彼の最新作『ラスト・ブレス』(2025年9月日本公開予定)は、これまでの中でも最大かつ最高の作品である。これは北海で実際に起きた事故に基づく物語で、ダイバーたちが、数百フィートの深海に取り残された仲間のクリス・レモンズを救おうと奮闘する姿を描く。フィン・コールはレモンズ役を演じ、シム・リウ、ウディ・ハレルソンとともに、観客の目を釘付けにする緊張感漲るストーリーを展開する。
—演技に目覚めたのはいつですか?
「演技を始めたのは学校にいた頃でした。たぶん13歳くらいだったと思います。兄たちがよくホリーフィールド校(ロンドン郊外サービトンにある学校)の演劇部に出入りしていて、自然とその影響を受けました。最初の舞台は小学校のとき。ヘイスティングス先生という素晴らしい方がいて、いつも枠にとらわれない発想で美しい物語を書いてくれていました。ある時、クリスマスイブのホームレスの人々を描いた作品を作って、それに9歳か10歳の私が出演しました。演技に対して『これは本気で向き合う価値がある』と思えた最初の経験で、すごく楽しかったですね。でも当時は、それを仕事にできるとはまったく考えていませんでした」
—プロの俳優になったきっかけは?
「『ピーキー・ブラインダーズ』のシーズン2のオーディションがきっかけでした。兄のジョーが「オーディションを受けてみたら?」と言ってくれて……。バーミンガムで公開オーディションがあることがわかったのですが、交通費が足りなかった(笑)。そこでジョーが『スマホで自撮りして送ってくれたら、エージェントに提出してみる』と言ってくれたのです。そうしたら先方が興味を持ってくれて、チームと直接会ってみたら、素晴らしい人たちばかりでした。想像していた世界とはまるで違って、とても居心地がよくて、自分に合っていると感じました。そしてすべてが現実になっていったのです」
― かなり早い段階で順応できたのですね?
「そうですね。キャスティング・ディレクターのシャヒーン・ベイグさん、監督のコルム・マッカーシーさん、プロデューサーのローリー・ボーグさんたちと初めて会ったときから、『ここは自分のいるべき世界だ』と感じましたし、すごく安心感がありました。まるで社会の一員になれたような気がして、ティーンエイジャーを卒業して、大人としての自覚が芽生えた瞬間でもありました。当時私は18歳で、まだ大学の試験を受ける前でした。成績はそこそこでしたが、キリアン・マーフィーと撮影現場にいなければもっとマシだったかもしれません(笑)」
― お兄さんの存在は大きかったですか?
「ええ、とても大きかったですし、今でもそうです。私もできる限りのサポートを兄に返してきたつもりです。業界に兄がいるのは、本当にありがたいことです。もうたくさんの経験を積んでいる俳優に、どんな初歩的な質問でも気軽にできるからです。兄は私にとって、ずっとインスピレーションの源であり、世界をどう渡っていくかを教えてくれる存在です。アドバイスはいつも兄に求めています」
―俳優としての経験を積んだ今、どんな脚本を求めていますか?
「僕にとって一番大事なのはテンポです。脚本を読むときは、いつもテンポを重視しています。実はキリアン(・マーフィー)が数年前に教えてくれた考え方で、彼はそれを“ケトル・ルール”と呼んでいました。私が出演作について相談するとき、彼はいつも『すべては脚本に戻る』と言っていました。たとえば、脚本を読んでいて途中でお茶を入れたくなったら、それは『その脚本よりお茶の方が興味深くなっている』ということ……、つまり退屈している証拠なのです。もし私が途中で集中力が切れたり、気が逸れたりしたら、それは作品が自分には合っていないのかもしれません。もちろん、その作品が悪いというわけではありませんが、少なくとも『私にとっては違う』というサインなのです」
―『ラスト・ブレス』のストーリーについて教えてください
「この映画は、クリス・レモンズという深海ダイバーの実話を描いています。彼は北海で石油パイプラインの清掃作業中に海底に取り残されてしまいます。彼らが乗ってきた船は、ダイナミック・ポジショニング・システム(自動で位置を保つシステム)でその場に固定されるはずだったのですが、悪天候で位置がズレてしまい流されてしまった。ダイバーはアンビリカルコードと呼ばれるケーブルで船とつながっているので、船が流された時にそのコードが絡まってしまい、彼は海底に取り残されてしまうのです。彼はおそらく30〜40分間、空気の供給がない状態でそこにいました。ごくわずかの予備の空気しかない、絶望的な状況でした。最終的に彼は海底のマニホールド装置に自力でつながり、そこにGPSの座標があったことでチームに発見されました。救出された時には意識を失っていて、ヘルメットを外され、人工呼吸を受け、息を吹き返したのです。医学的にみても奇跡といえる生還でした。どうやって生き延びられたのか、どうして脳にダメージがなかったのか、医師たちの間でも明確な答えは出ていません。彼の生命力と仲間たちの救出劇が合わさって、まさに信じられないような実話になったのです。この映画は、命や人生の優先順位について考えさせられる、リアルで心を揺さぶる作品となっています」
― この映画のためのトレーニングはどのようなものでしたか?
「4週間のダイビングトレーニングを行いました。アドバンスド・ダイバーの資格も取得しました。実は、もともとスキューバダイビングの経験はそれなりにありました。うちの父が熱心なスキューバダイバーで、英国の沿岸で沈没船を探したり、かなり深いダイビングをしていたのです。私や兄弟が生まれる前は、けっこう無茶な潜り方もしていたらしい(笑)。この物語のドキュメンタリー版を父に『これ観てみて』と薦めて、その数週間後に、『これを映画化するんだって。しかも僕がクリス役に決まりそうだよ』と伝えたら、父は『えっ⁉︎』と目を丸くして大喜びしていました。私たちは昔から海や船が大好きだったのです」
「でも今回の映画で使った装備は、普通のスキューバとはまったく違うものです。映画で描かれているダイバーたちは、高圧環境下で作業する飽和潜水のプロたちです。彼らは船の上にある飽和チャンバーの中で、水深100〜300メートル相当の気圧で生活しています。数週間にわたって、テーブルほどの小さな空間で高圧下に暮らし、任務が終わると7〜10日ほどかけて減圧する。彼らの仕事はとてもハードなものです」
― ウディ・ハレルソンとの共演はいかがでしたか?
「素晴らしい経験でした。こういう質問をよくされました。『あのレベルの俳優と共演すると緊張するか』とか、『プレッシャーがあるか』とか。でも実際はその逆で、むしろすごく楽になるのです。現場では彼のことを心から信頼できました。カメラが回り始めた瞬間に、『このシーンの半分はもう完璧に成立している』と感じられるのです。だから、あとは自分がもう半分をしっかりやるだけ。本当に“喜び”という言葉がぴったりな共演でした。ウディはとにかく仕事が大好きで、毎日ニコニコしながら現場に来ていました。彼はいつも『私たちはなぜここにいるのか』、『この仕事ができることがどれだけ幸運なことか』ということを思い出させてくれました」
― 世界で一番好きな街は?
「ロンドンですね、やっぱり」
― お気に入りのパブやカフェは?
「アイルランド南部ケリー県にあるマーフィーズ・パブ(Murphy’s Pub)です。
― 好きな料理は?
「たくさんあって迷うけど、たぶん日本食が一番好きです」
― 最も影響を受けた人物は?
「やっぱり父親ですね」
― 『ピーキー・ブラインダーズ』で何か記念に持ち帰ったものはありますか?
「いいえ、何ももらえませんでした。もし何かひとつ持ち帰れたとしたら、懐中時計を選んだかもしれません」
― 今年一番楽しみにしていることは?
「旅です。もっといろいろ旅したいし、オートバイにも乗りたい。今年はバイクで旅をしようと思っていて、今からワクワクしています。スコットランドにも行きたいし、アイルランドもぐるりと回りたい。アイルランドには友人もいるので、一緒に行ける人が見つかるかもしれません」