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小娘だった私にたくさんのことを教えてくれたパパへ

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小娘だった私にたくさんのことを教えてくれたパパへ

ねぇ、パパ。インスタのアカウントが急に消えたね。昨日、気がついたよ。

どうしたのかな? ひょっとして死んじゃった?


縁起でもない? でもあり得るでしょ?ていうか、それしか考えられないんだけど。

だって、もうパパも後期高齢者だもん。私の親とほぼ同い年なんだし、死んじゃっててもおかしくないよね。


なんだか様子がおかしいと感じていたから、去年から気になってたんだ。半年前に、急に鬼電かけてきたでしょ?

多分あれは何かの手違いだったんだよね?


パパのインスタアカウントからビデオ通話のお知らせが何度も来てて、それに出ても何も映っていなくて、ただガサガサとした雑音と、駅のホームのアナウンスだけが聞こえてきてた。あれって、どこのホームだったのかな?


わざわざ私と電話で話さなきゃいけないような用事なんて何もないから、「きっと徒歩で移動中にスマホを誤操作しちゃったんだろうな」って思ったよ。

だから「どうしました?移動中の誤操作ですか?」ってDMしたの。なのに返事がなくて「あれ?」って思った。変だなって。


だってさ、パパはどんな時でも絶対に返事くれる人じゃん。

もし元気だったら、普段通りだったら、「いやぁ、ごめん」って返信が来て、「ゆきちゃん、ずいぶん久しぶりですね。お元気ですか?そちらの暮らしはどう?」って、聞いてくれたはず。そうでしょ?


なのにちっとも連絡がないから、「え?ひょっとして倒れてる?」って思ったよ。

そんな不吉な想像をしちゃったけど、今はもうインスタしかパパとの連絡手段がないから、DMに返事がなければそれきり縁が切れてしまう。めっちゃ長い付き合いなのに、あっけないね。


パパに初めて会ったのは、私が東京の美大に通っていた頃。

まだギリギリ10代で、当時のあなたの肩書は「アートプロデューサー」だったね。


パパは美大のアートマネジメントの先生と仲が良くて、授業にゲストスピーカーとして呼ばれて来た。その時、私がパパの手掛けるアートプロジェクトのボランティア募集に応募したのが、知り合ったきっかけ。

それ以来、パパの関わるプロジェクトには必ず声をかけてもらって、ボランティアやアルバイトをさせてもらったね。どのプロジェクトも、めっちゃ楽しかったよ。ホント楽しすぎて、あれが私の東京での青春だった。


企業メセナが大ブームの頃だったから、パパも売れっ子で、肩で風を切ってたもんね。

バブルはとっくに弾けていたし、就職氷河期も始まっていたけど、当時の日本企業はまだまだ強かったんだなぁ。名だたる企業を中心に「潤沢な利益をアートを通じて社会に還元する」って活動が大流行してた。

田舎もんの小娘だった私も、業界のカッコイイ雰囲気に憧れて、その道で生きていこうって思っちゃったもん。


パパが「アートマネジメントをやるなら、海外のアーティストたちとやりとりしないといけない。英語力は必須だよ」って言ったから、私はロンドンに留学したんだよ。

まさかさ、ロンドン留学中に山一證券や北海道拓殖銀行が倒産しちゃって、日本経済が崩壊するなんて思わないじゃん。あんなに流行ってた企業メセナが、一晩でポシャるって誰が想像できた?


そんなこんなで私が日本に帰ってきた時、パパは仕事がなくなって、失業状態だったね。

でも、主要な取引先から仕事が来なくなったことも、愛車のベンツを手放したことも、借金を抱えて困ってたことも、ずいぶん後になるまで私には言わなかったよね。


いつだって余裕のある大人のフリをして、いつも美味しい食事をおごってくれてた。

パパは美食家だったから、連れて行ってくれるお店はどこも美味しかったし、落ち着いてて素敵なお店ばかりだったなぁ。


「男は黙って痩せ我慢」っていう、美学がある世代だったのかな。

当時のオジサンたちは、若い女の子にご飯をご馳走するのにタイパだのコスパだの、今みたいに野暮なことを言わなかった。ただ美味しいご飯を食べさせてくれたり、タメになる話を聞かせてくれたりして、社会勉強をさせてくれた。


パパに限らず、当時はそういう大人がけっこう居たよ。男の人に余裕があったのかな。

「パパ活」なんて言葉はなかったし、そういう意識もなかったよね。


今じゃそういう大人の男の人たちは、セクハラだの犯罪だのと言われて、後ろ指を刺されるんだろうね。

だけど、私は楽しかったよ。1990年代に若い女の子でいられたこと、そしてパパみたいな紳士たちに可愛がってもらえたこと、ラッキーだったと思ってる。


パパは人生の大先輩で、先生で、お父さんみたいだったから、ふざけて「パパ」って呼びはじめたの。あなたをそう呼んでいたのは、きっと私だけじゃなかったでしょ?

だって、あなたは相手が男の子でも女の子でも、とにかく若い子の面倒をよく見る人だったもの。

結局、その後も景気は良くならず、パパはアートビジネスから完全に身を引いて、知り合いに声をかけてもらったとかで、サラリーマンになったね。


その頃のパパって、ちょうど今の私と同い年くらいじゃない?

「知り合いに拾ってもらえて、運が良かったよ」なんて余裕かましてたけど、本当は大変だったでしょ?

今なら分かるよ。それまで自分で会社を経営して、ベンツに乗ってた人が、50歳でぜんぶ手放して、電車通勤のサラリーマンとして出直すなんて、かなりしんどかったでしょ?


だけど、そこで終わらなかったんだから、パパはすごいよ。

とある地方の県知事に「ぜひ参謀に」と請われて、50代半ばで縁もゆかりもない土地に赴いて、公務員になったかと思えば、そこからどんどん出世して、偉くなったもんね。そういうガッツのあるところ、本当に尊敬するし、見習いたいな。


その地方では10年くらい働いたんだっけ? それなりの仕事と地位と収入を得て自信を取り戻したのか、公務員時代のパパはfacebookで発信しまくってたね。

だから、facebookを消した時には驚いちゃった。まさか、その地方の腐敗にメスを入れようとして、地場のヤクザに追われるようになっちゃったとは...。

「あ〜ぁ」って感じ。そんなんだから地方ってダメなんだろうね。


その頃の私は、都会での生活が続けられなくなって、地元に帰って、離婚して、両腕に子供たちを抱えて、もがいてた頃だったから、facebookの友達からパパが消えてることに気がつかなかった。

ようやく居ないと気がついたのは、再婚して、生活が落ち着いて、かなり時間が経った頃。

私はインスタを使ってなかったけど、アカウントだけは作ってて、facebookで友達だったパパとはインスタでも繋がってたみたいで良かった。


あなたは身バレ防止のために匿名になっていたから、手作りパンの写真ばかり載せてる見覚えのないアカウントがパパだって気づくのに、ちょっと時間がかかったけど。

パパと最後にちゃんと話をしたのは、2021年だったね。

zoomで画面越しに会ったのが、あなたの顔を見た最後。ずいぶん怖い思いをしたみたいで、公務員として赴任した地方のことは、もう思い出したくもないようだった。


仕事人としては嫌な終わり方をしてしまったようだけど、それでも公務員をやったおかげで年金がしっかりもらえて、余裕のある老後を迎えられたのだから、そこはラッキーだったんじゃない?

自慢のお子さんたちはみんな立派な職業について、家庭を持って独立して、パパは孫に囲まれて、ちょっと暇そうだったけど、幸せそうで本当に良かった。


激動の人生を駆け抜けて、おじいちゃんになって、孫の相手をしながら手作りパンを焼いたり、園芸に勤しむ老後を迎えるのって、悪くないっていうか素敵。

昔と違って、もう話すことはあんまりなかったから、「またね」と言いつつ、結局またの機会はなかったね。


どこかの駅のホームのアナウンスが、私の耳に残る最後の思い出になっちゃった。

バイバイ、パパ。

たくさんお世話になりました。ありがとう。

…さよなら...

***


【著者プロフィール】

マダムユキ

ブロガー&ライター。

「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。最近noteに引っ越しました。

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :Richard Tao

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