『超時空要塞マクロス』のキャラクターデザイン&作画監督 美樹本晴彦トークショー「自分を作ってくれた『マクロス』」
2025年3月31日に『美樹本晴彦画集「MACROSS」』(KADOKAWA)が発売された。『超時空要塞マクロス』シリーズの膨大なイラストから厳選した350点以上を収録する総決算ともいえる内容になっている。本書の発売を記念し、収録された作品の一部をアート作品として制作し展示・販売する企画展を東京、神奈川、大阪にて開催。展示会では美樹本晴彦が自身の作品に関するスペシャルトーク&サイン会が用意されている。ここでは4月に開催された東京会場の美樹本晴彦のスペシャルトークをダイジェストでお届けする。
普通の画集のつもりが40周年記念の総決算的な大ボリュームに
『超時空要塞マクロス』のテレビ放送が始まったのは1982年。そして、その劇場版『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』が1984年に上映された。今年は『愛・おぼえていますか』の上映40周年にあたり、1月下旬には同作の4K ULTRA HDバージョンが全国40の映画館で上映され、現在は『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』4Kリマスターセット(4K ULTRA HD Blu-ray & Blu-ray Disc)として販売中である。
約8年前、美樹本晴彦の『マクロス』イラスト集の制作が始まり、紆余曲折を経て図らずも『愛・おぼえていますか』の40周年のタイミングで『美樹本晴彦画集「MACROSS」』として発売された。本書は『超時空要塞マクロス』『同 愛・おぼえていますか』『マクロスII』『マクロス7』他、現在へと至る膨大な「マクロス」シリーズのイラストから厳選した350点以上を収録、288ページという“ザ・美樹本晴彦のマクロスの全仕事”の一冊である。
その発売を記念して、4月4日〜9日に東京・原宿の「BABY THE COFFEE BREW CLUB」にて「美樹本晴彦画集『MACROSS』展〜叙唱〜」が開催。6日には美樹本によるスペシャルトークショーが実施された。大激戦の抽選を勝ち得た50名の熱すぎる視線が注がれるなか、美樹本は記憶を探りながら、自身のキャリアについて和やかに語った。
約6年ぶりの画集が発行に至る経緯や美樹本が作品に込めた気持ち
美樹本 もともとはこんなボリューミーな画集になる予定ではなかったんです。当時『マクロス』のコミカライズ(※1)を角川(現・KADOKAWA)さんでやらせていただいていて、いろいろ事情があって連載を他社に移籍しなければいけないということになりまして。当時、すでに画集の企画が持ち上がっていて、版元のビックウエストさんとも相談して画集ごと移籍するというのもなんなので、画集はKADOKAWAさんでやっていただこうということで開始したんです。
ただ、古い画稿は残ってないんですよ。たとえばアニメ雑誌に原稿をお渡しして保管していただいていても、雑誌がなくなると編集部の荷物は返却されずに倉庫にまとめて送られたりすることが多くて。そういったものは捜索することすらできないものもありまして。また、スタジオに置いておいたものがいつの間にか紛失したり、僕の手元にあったはずなのになくなっていたりとか。見つからないものをどうしようかっていうところから話が始まって。以前でしたら、なくなった原稿は諦めるか、他の印刷物から複写する。ただし複写にしても印刷されているものには網点があってあまりいい状態では印刷できなかったんです。できても印刷物と等倍程度までと。ところが、今は印刷技術も進んで印刷物で質のいいデータを作ることが可能になりました。知人にご紹介いただいた印刷業者さんに意見をお聞きしたり、今回制作をお願いした会社の現場の方と相談し、印刷物からの複写でも使用に耐える大きめのデータ作成が可能ではないかという相談に結構時間がかかりましたね。
さらに、初期は二人の編集者が担当してくださっていたのですが、お二人共体調を崩してしまって…。そこで「この先どうする?」みたいに一旦止まった期間がしばらくありました。その時にKADOKAWAさんの井上伸一郎さん(※2)の口添えで最終的に画集を作ることになる方々をそろえていただいて、仕切り直しになったんです。それが3年前かな。そのメンツで絵を集めて、整理して。その段階で業界では有名な非常に腕のいいデザイナーさんが入ってくださって、いろいろとお手伝いやアドバイスもいただきました。その頃はだいたい130ページから200ページちょっと手前ぐらいでなんとかって言われていたんですが、いろいろな事情(※3)もあって、ボリュームが増えてもいいからあるものはなるべく入れる形でやってみたらという話をいただくようになって。それで「しめたものだ!」と集め出したら、結構厚みができちゃってね(笑)。
イラストの整理は編集担当さんが2人いらしたんですけど、画稿の整理に関してはほぼ一人でやってくださいました。もともと手描きの原稿があって、会社によってポジフィルムで保管していたり、データで持っていたり、そこにプラスして印刷場で印刷物からスキャンして再生しなければいけないものがあったりと何パターンの原稿がまずあって。そのうえで、僕が加筆・修正をする・しないというのがあって。全部まとめて「これは直したものです」と渡せればいいんですけど、五月雨式に次々送るわけですよ。そうしますと編集担当さんも混乱しましてね。修正したものと差し変えているはずなのに変わってないとか途中に細かいトラブルもあったんですが、最終的には大した事故もなくまとめてくださいました。他の仕事も抱えていらしたので、大変だったと思います。その結果、ちょっと厚ぼったい、振り回したら人を殺せちゃうような本になったのですけれども(笑)。
最後の一苦労というのは、カバーの絵は、実は今年のお正月に描かなければという状況だったんですが、インフルエンザにかかり、それをきっかけに体調とかいろいろ崩しまして、1月半ばぐらいほとんどダメで作業が遅れてしまって。発売予定日が3月前半から3月末にずれたのは、僕が体調を崩して遅れたせいです。自分的にはね、40年前の絵が載るっていうのは拷問と言いますかね(笑)。レイアウトとデザインを確認する時も「デザインはともかく、絵がひどいよな」みたいな感じで、ちょっとつらい部分もあるんですけれども。でも、その時の勢いっていうのもありますしね。今同じものを描けと言われても、描けるものではありませんので。それがいい形の本に残ってくれるのはありがたいなと。
※1…『超時空要塞マクロス THE FIRST』。2009年より『マクロスエース』(角川書店、現・KADOKAWA)にて連載開始。その後、『サイコミ』(Cygames運営)に移籍。
※2…雑誌・マンガ編集者およびアニメ・実写映画のプロデューサーを歴任し、2007年に角川書店代表取締役社長、2019年にKADOKAWA代表取締役副社長に就任。現在は合同会社ENJYU代表社員。
※3…企画が上がった時点では、マクロスの何周年とかっていうのはなかったんです。延びているうちに40周年が引っかかってきた。ここまで手間暇がかかったら全部まとめた。幸い版権元のビックウエストさんも「これを機会になるべく全部まとめるぐらいの気持ちでやった方がいいんじゃないか」っていう話をしてくださって。KADOKAWAさんも了解してくださって、途中から路線が変わっているんですよ。(同日のトークイベントより)
『マクロス』がなかったら今の美樹本晴彦はいない
美樹本 河森(正治)君と細野(不二彦)君はスタジオぬえ(※4)に通っていて、ぬえは大学から僕が帰る近い方向にあったので、河森君について遊びに行ってたんですよ。河森君はもう仕事をしてたんじゃないかな。細野くんはマンガを描き始めていました。
そんななかで、ぬえにオリジナルの企画が2本(※5)あって、一本は細野君がキャラクターのラフを書いて、もう一本は僕が、ということなんですが、細野君は当時から上手かった。キャラクターのラフがちゃんと描けるわけです。でも僕の方はそこまで形にする能力がまだなかったので、スケッチブックみたいなものにラフを書いて、それを年中見ていただいていろいろダメ出しをされてっていう。それが『マクロス』の前段階の企画です。
ところが、途中から当て馬企画だったマクロスの方が通ってしまって。実際に通ったから具体的に描かなきゃいけなくなってしまう。練習では済まないわけです。それで慌ててアニメスタジオの方にも仕事を覚えなきゃということでアルバイトに通って、それをやりながら、キャラクターを描きつつ…、形になるまで半年か一年ぐらいかかってるんじゃないですかね。アニメーションの仕事は全然知らなかったので。もちろんアニメーターっていう存在はわかってましたけど。アニメーターは消しゴムも使わないで一発でさらさら描いてるものだと思い込んでいて、だから「とても自分じゃできねえよ」って思ってましたね。でも、スタジオで見たらみんな普通に消しゴムを使っていて、ハードルがちょっと下がったかなと思ったんです。ただ、一つの芝居をつけるのに、同じような絵を何枚も描かなきゃいけないわけですよ。芝居をつけるのが好きな方は絵を多く入れたりして自分の思うような芝居をさせているわけですけれども、私は同じような絵を描くの嫌いなんですよ(笑)、面倒くさいじゃないですか。だから苦手で。
アニメの作画監督の仕事をやらせていただくようになっても、僕はアニメーターの練習期間だから、基本的にはキャラ修正。本来の作画監督っていうのはアニメーターのキャリアを積んで、仕事とか能力が認められた人がやる。要は作画監督って本来、絵を直すだけじゃなくて、芝居も直したりレイアウトをチェックしたりとか、作画を全般的に面倒を見なければいけない仕事です。キャラクターは自分の描いたものだから、責任をもって自分の絵に統一はするけれども、芝居を直すとかレイアウトをどうこうっていうのは僕では無理だから、それ相応の肩書きにしてくれないかっていう話をしたんです。当時、板野(一郎)さんが“メカ作監”、僕は“キャラ作監”っていう形でしたが「分けるだけでも初めてのことなのに、それ以上変わったことなんかできないよ」という話をされてキャラ作監ということですけど。現場では板野さんとかも気を使ってくれて「お芝居とか周りの演出をちゃんと見るから、お前は絵を直せ」って言っていただいて。だから近い方に守っていただくような形で参加したんですよね。
今の世の中、アニメやイラスト関係もCGが普及したことで、ものすごく絵のうまい方が増えているので、この時代に生まれなくてよかったなって思っていますけどね。僕らの頃はまだまだアニメーターがイラストを描くということ自体があまりない状況でしたので。そんななかだからこそ、ほとんどアマチュアで、ろくに色を塗ったこともないような自分が仕事をいただくことができたんですけれども。声をかけてくださったスタジオぬえは本当にありがたいと思います。それが『マクロス』でそれなりに世に認めていただいてっていうのは、本当に幸運だったと思いますよね。『マクロス』という作品に勢いがあったからこそ、キャラクターの全身もロクに描けない人間がデザインをやらせていただいて。それでイラストも書かせていただいてっていうのは、今ではとても考えられることではないので本当に運が良かったですね。河森くんにしても板野さんにしても、同じ世代でもそれなりにキャリア積んで力もある方がそろっていましたので、それに助けられたということもあります。なんにせよ、これがなかったら今の自分は多分いなかったろうと思います。そういった意味ではターニングポイントどころじゃないですよね。これがなかったらどうなっていたんだろうと思いますね。
※4…主にSF作品に総合的に関わるクリエイター集団。イラスト、小説、アニメのメカデザイン、世界観設定等を担い、日本の特撮&アニメの黎明期に大きな影響を与えた。
※5…「ジェノサイダス」と「バトルシティー メガロード」。「ジェノサイダス」は手足のついた飛行機“ガウォーク”を登場させるつもりだったが、当て馬だった「メガロード」の企画が通り『マクロス』へと発展する。
記録集ではなく、あくまで2025年に出す美樹本晴彦の作品集
美樹本見て楽しいってタイプの絵ではないんだろうなと思いますけども(笑)。修正する部分が結構あるんですよ。ただ、加筆修正については編集さんといろいろ相談して、やっぱり意見が割れるところがあって、当時のままの方がいいんじゃないかという意見もありますし。ただ、僕としては記録集ではなくあくまで2025年に出す作品集として考えていました。当時の絵柄を変えようとは思っていません。その当時じゃなかったら描けない勢いみたいなものは未熟ながらもありますので、それを変えてしまおうという気持ちはなかったんです。それを説明してもよくなかなかわかってもらえなくて。加筆修正というと絵を変えちゃうんだろうみたいな感じで意識される方が多くて。
わかりやすく言うと、目(のバランスや位置)があちこち行っちゃってるものをおかしくない場所に戻しましょうと。そういう誰が見ても変でしょうっていうところは直させてほしいっていう話です。だから、当時の絵を見ていた方でも、今回の画集をパッと見て「あれ? これは変わってるぞ」って気がつく方は割と少ないと思うんです。それが何か所ぐらいあるか探してみるのも面白いんじゃないかな(笑)。ただ、裏を返すと、その見て気づかないぐらいの修正やって意味があるのかっていうね。それは描き手の方のわがままということでお許しいただければと。
『愛・おぼえてますか』(4K ULTRA HD ver.)は、残念ながら拝見しておりません。ただ、河森くんから背景の今まで潰れて暗くなって見えないようなところも「あ、こんなに描いてあったんだ」というところまで見えるという話は聞いてます。(画質の)手直しが入ってても、キャラクターそのものを直せるわけではないので。自分としては当時のクセ、当時のすべてを否定はしませんけれども、は直したかったというようなものはあるので。そういうリテイクをさせてくれたらいいのにと思います(笑)。
美樹本晴彦が明かす展示作品のウラ話
「託された願い」
表紙は、8年前から「どうする?」って話になっていて。当時キャラの集合的な絵はよく書いていましたので、本の表紙って言われるとついそっちに頭が行きがちで。だから、編集部とはパッケージの中に散々載るわけだから、そういう形のものは避けたいっていう話をして。当初、僕はミンメイのもっとアップ、瞳に輝の顔を映し込むような絵にしてみようかっていう話をしたことはあるんですが、ちょっと狙いすぎかなと。
あと、何年もかけて画集が進んでいくうちに40周年に引っかかってきましたので気分がそっちの方に行きますね。それで歌の一連のイメージで組み立てていったらどうかなと思って。画集をご覧になるとわかりますが、この絵の後、その歌い終わった後に、ミンメイはその歌詞カードを上げてミサに見せて。だんだん上を向くところのラフを描いたりとか、当初は流れを作ったわけではないんですけれども、そういうラフを一連のシーンから想像して描いて。
カバーの絵を描いている頃はインフルエンザの真っ最中で。体調だけではなくて精神的にちょっとダウンしている状況がしばらく続いてしまっていて、とても自分では決められないから編集部とデザイナーも含めた皆さんに意見を聞いて。それに、自分で決めちゃうと、また自分のパターンみたいになってしまう。その中で一人、「流れを表紙から何枚か続けたらどうか」と言うんで。だからこのカバーで歌詞カードを受け取って見ている、その次にカラーで目を開いて歌っている感じにして。画集の本編があって、その後にその歌詞カードを上げる。(ミンメイが)上を見るっていうのは裏表紙にあります。じゃあそれに沿ってやってみようかと。
あとは編集部の方とデザイナーの方で、目をぱっちり開けてるラフと伏し目がちのラフでどちらがいいかっていう討論があったんです。この画集が通常の3000円くらいであれば、ばっちりカラーにしてかわいく歌う絵がいい。ただ、8000円となるとちょっと特別感がある方がいいって話になって。それだったら伏し目がちのモノクロの方が違いが出るということで、今回のカバーに決まりました。これも実際はボツったりして、いろいろ描き直したんで、結構バージョンはあるんですよね。
「時を超えるラブソング」
何か説明するほどのことではなく、もうドストレート。「マクロス35周年 × 羽田健太郎 10th Memorial 『超時空管弦楽』 remember ヘルシー・ウィングス・オーケストラ」(※6)のキービジュアルで描かせていただいたのです。スタッフの方もすごくよく描いていただきました。後ろのブリッジなどはこちらでラフを描いてますけれど、(細部は)スタッフによるものですね。こちらで色を塗って仕上げたんで、ほとんど合作みたいなものです。背景のブリッジなんかはメタルキャンパスアートになると重量感があっておもしろい感じになるんですよね。
※6…『超時空要塞マクロス』テレビ放送35周年と劇伴を担当した羽田健太郎の没後10年という節目の2017年に、東京国際フォーラムで開催された。
次回は神奈川県横浜にて開催予定
美樹本晴彦画集『MACROSS』展 ~重唱~
●会場:サブウェイGallery https://www.mm21railway.co.jp/gallery/
●日程:7月22日(火)~7月27日(日)
●公式サイト:https://gallery.gaaat.com/pages/mikimotoharuhiko
Metal Canvas Art(MCA)とは?
専門の職人が一つひとつていねいに手作りで仕上げるメタルキャンバスアート(MCA)は、GAAATが提案する新しいアート体験。デジタルデータを32層に分割する特殊なデータ設計技術を駆使したMCAは従来のアート作品にはない、深みのある質感と立体感が特長。メタル素材ならではの重厚感と美しさをもちながら、作品の立体感が際立つ独自の没入体験を提供する。耐久性にすぐれ、日光や湿度に強く、長期間にわたりその美しさを楽しむことができる。