土岐麻子、約3年ぶりとなるオリジナルアルバム『Lonely Ghost』のオフィシャルインタビューが到着
12月18日に発売された土岐麻子の約3年ぶりとなるオリジナルアルバム『Lonely Ghost』のオフィシャルインタビューが到着した。
今年ソロデビュー20周年を迎え、ベストアルバム発売にライブツアー、様々なアーティストとのコラボレーションなど、精力的に活動を続ける土岐麻子。2025年2月には20周年イヤーを締めくくる、バンド編成によるスペシャルツアー『Lonely Ghost TOUR / 20th〜21st ANNIVERSARY』を東京、名古屋、大阪の3都市にて開催が決定している。
土岐麻子 アルバム『Lonely Ghost』インタビュー
──3年ぶりのオリジナルアルバムとなりましたが、制作はどのようにスタートしましたか?
ソロデビュー20周年の節目にベストアルバムを出すことは決まっていて(2024年4月リリースの『Peppermint Time 〜20th Anniversary Best〜』)。その後にリリースするオリジナルアルバムでは、21年目のモードで、今の私が興味あることをダイレクトに表現して“新しい土岐麻子像”を提示したいと思いました。
──まさに、前作『Twilight』(2021年)とは全く印象が違って新鮮でした。『Twilight』は穏やかでメロウな1枚でしたが、『Lonely Ghost』は全体的にポップで色鮮やかで、遊び心にあふれていて。トオミヨウさんとは『PASSION BLUE』以来、約5年ぶりのタッグですね。
トオミさんと一緒にやることは、最初から決めていました。トオミさんの楽曲はいろいろな曲調があるけど、音を聴いて浮かんでくる歌詞の世界が独特なんですよ。いつも「こんな詞が自分から出てくるとは」と新鮮に驚きつつ、ときめきながら制作できるし、ライブで披露するときも、毎回初めて歌うようにドキドキするんです。
──『Lonely Ghost』のテーマは“ミステリー”。そこに込めた思いを詳しく教えてください。
映画やドラマなど、物語のジャンルとして「ミステリー」という言葉がありますが、そうしたイメージも持ちつつ、「明瞭じゃないものや、曖昧な感じを描きたい」と思ったんです。アルバムの中で最初にできた曲はタイトル曲「Lonely Ghost」で、その頃観ていた韓国ドラマ『愛と、利と』で使われていた、メロウなサウンドのOSTに刺激を受けました。子供の頃、角川映画のミステリアスなテーマソングにときめいていたことを思い出したりもして。トオミさんにもそんな話を共有して、だんだん“ミステリー”というテーマが固まっていきました。「Lonely Ghost」は私が切ないムードを気に入って、真っ先に詞を書きました。
──「Lonely Ghost」という言葉を聞くとどこか寂しげな印象を受けますが、曲調には優しさ、温かみも感じました。
淡々としている曲ですが、特に大サビには温かい印象がありますよね。最初に聴いた時、薄暗い喫茶店の中で1席だけにスポットライトが当たって、そこにひとりぼっちの女の子が座っているイメージが浮かんだんです。そこから“傷”や“憂い”を包み込んでくれるような曲にしたいと考えて書いていきました。
──音から具体的なシーンが浮かぶんですね。M8「Tablecloth」は「爆発音が聞こえてきて」というインパクト大な歌い出しですが、これはアクション映画のようなイメージ?
そうですね。ポップな曲ですが、何度も聴いているうちに毒を混ぜたくなってきて。まず、爆発が起こり、靴が片方脱げた主人公が、煙をバックに走って逃げていくような映像が頭に浮かびました。パリで暮らしていた友人に聞いた、日常の中でテロに遭遇した経験も思い出して。「ヒールが折れた靴を手に必死に逃げた」と彼女が現地の知人に話したら、「フランスではそんなことは日常茶飯事だから」と言われたそうなんです。すごい話だなと思いつつ、一方、パリで暮らしている私の知人は、みんなとても人生を楽しんでいる印象があって。危険な環境で生きているからこそ、人生の楽しみに真剣に向き合っているのかな……と。自分なりに戦争について考える中で、友人とお茶を飲んだり夫と食事をする日常が送れる、これ以上の幸せはないのではないかという感覚も込み上げてきて。そんな思いを抱きながら書いた曲です。
──だから「Tablecloth」には料理の名前がいくつも登場するんですね。アルバムにはそんなふうに非日常的でフィクショナルな世界観も漂っていますが、ベースになっているのは土岐さんらしい、生活者の内面を繊細に切り取るような感覚であると。
ファンタジー全開のものをイメージしてはないですね。ミステリーは、普段何気なく生活している中に数多く混ざっている。自分の心の中にある不思議でよくわからない感情だったり、誰かと同じ空間にいても見えている景色が違っていたり……そういうささやかなことも含めて、日常の中の“不可解なこと”を描きたかったです。
──ほかの収録曲についてもいくつかお話を聞かせてください。M3「KAPPA」も、タイトルからして気になる1曲です。
この曲は、制作過程自体がミステリーでした(笑)。なかなか歌詞が書けずに寝落ちしてしまって。そしたら夢の中で1番を天狗、2番は河童をモチーフにした歌詞が完成して、「すごくいい詞が書けた!」と思いながら目が覚めたんです。普段だったらこのおしゃれなサウンドに「KAPPA」と付けようとは思わないですが(笑)、「これはもう神のお告げだろう」と。
──土岐さんが河童に思い入れがあったわけではないんですね(笑)。
はい(笑)。考えていくうちに、河童や天狗はファンシーな存在である一方で、畏れ多いものでもあるなと思い、そのイメージが、自分の中の憧れや夢と重なったんです。例えば、私は学生時代に歌ってみたいなと思っていたけど、それをなかなか口に出せなくて。現実を見て傷つくのが怖かった。でもそういう思いって、実行に移さないと結局、誰も見たことがない河童や天狗のように、実体のないものになってしまいますよね。皮肉のように、そんな“夢”を描いています。
──土岐さんならではの発想ですね。M5「Dong, Nan, Xi, Bei」はもともとデュエット曲にしたいと描いていたとか。
そうなんです。残念ながら叶わずだったんですが。この曲は一番歌詞を書くのに苦戦した曲で、不倫と麻雀がテーマになっています。「Dong, Nan, Xi, Bei」というフレーズが最初に浮かんで、「じゃあ麻雀にしよう」と。私自身はやったことがないけど、20代の頃から麻雀にはロマンがあると思っていて、ずっと歌詞で書いてみたかったんです。以前、麻雀で絶対に負けないという人に秘訣を聞いたら、「テクニックではなく、心理的な動きを読む」とおっしゃっていて。それこそミステリーだなと。そして、なぜ主人公の女性が麻雀をしているのかを考えていたら、歌詞がなかなか書けないときになんとなく逃避で読んだWeb漫画が浮かんできたんです。不倫夫がギャフンと言わされ慰謝料を取られるような、スカッと系の作品というんですかね(笑)。そこからイメージを膨らませて完成しました。
──逆に、スムーズに書けた曲は?
「Lonely Ghost」もだし、「窓辺」(M10)もかな。ストレートでフォーキーな曲は、スッと景色が浮かびます。近年、父や友人を亡くしたけど、その人たちにもらった言葉は自分の中でずっと生きていて、紙飛行機がスーッと飛んでくるように、困ったときに思い出したりする。会えないけど助けてもらっているという感覚を、「窓辺」では書きました。
──M9「August」は、ラテンビートが新鮮でした。
珍しいですよね。歌詞を書くのは楽しかったものの、どうやって歌おうか悩みました。ボサノバ調の抑えめのラテンの楽曲はやってきたけど、こういう情熱的なフレーズが出てくる曲はあまりなかったので、テンションの調整が難しかったです。ちなみに、私のツアーでバンマスをやってくれているギタリストの高木大丈夫くんが初めてこの曲でレコーディングに参加していて、完璧な演奏をサラリと披露してくれています。
──そして、M4「Mint Cherry Cake」は華やかなホリデーソングです。これは12月というリリース時期に合わせて?
最初はクリスマスソングを作るつもりはなかったんですが、曲を聴いているうちに、六本木や表参道のイルミネーションが光る並木道の中を、何かを大事に抱えて走っていく人の絵が浮かんだんです。「あ、あのCMの牧瀬里穂だ!」と(笑)。そこからクリスマスっぽい歌詞になったので、トオミさんにベルの音を足してもらいました。
──土岐さんは2022年に事務所とレーベルから独立しました。フリーとなってから初となる今回のアルバム制作では、どのような変化がありましたか。
以前一緒にアルバムを作ったこともあり、信頼を置いているエイベックスの教野さんが「作りたくなったらまた一緒にやりましょう」と声をかけてくださったんです。今の私は、“どこで作るか”ではなく“誰と作るか”が大事だと思っていて。新しい環境にはなりましたが、馴染み深いスタッフとミュージシャンに集まってもらったので、自分が集中しつつ、面白がりつつ作れる環境をキープできたと思います。
──DVD / Blu-rayには、2024年2月14日に日本福音ルーテル東京教会で開催した『⼟岐⿇⼦ Sentimental Journey -Valentine Edition-』の様子が収録されます。どういった部分に注目してほしいですか?
とても厳かなシチュエーションで素敵でしたし、教会の天井が高くて、音の響きがすごく良かったんです。昼夜2公演で、だんだん日が暮れていく様子を天窓から感じられたり。あの会場ならではの音響や空間を楽しみながらライブができた日だったので、映像として記録に残せてうれしいです。ギターの高木くん、バイオリンの西原史織さんと私という、『土岐麻子〜 Sentimental Journey 2023〜』と同じ3人編成で行ったのですが、2人ともすごく歌が上手なんですよ。全員でハモる曲もあったりして。3人でライブをするときのそんな特別感も、味わってもらえたら嬉しいですね。
取材・文=岸野恵加