チックに「気づかないフリ」見守るだけじゃだめだった?病院受診で知った自閉症息子の気持ちに涙
監修:新美妙美
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 特任助教
どんな対応が最適解?私から見たスバルのチック
最初にスバルにチックが現れたのは小学校に上がる年の春休みでした。いつもと変わらぬ環境でルーティンをこなすことで安心するスバルにとって、服装も持ち物も朝のルーティンも幼稚園時代と一変する小学校への入学は不安を感じる出来事でした。
それに加えてコロナの流行1年目だったので入学式が延期となり日程は未定に……これは先の見通しが立たないことが苦手なスバルにとって大きなストレスとなりました。
そんなある日、スバルが首を激しく左右に振っていました。常同行動の仲間か感覚を楽しむ遊びなのかと思いました。「クセになるからやめときな」と注意したものの、1日に何度も首を振っていました。その後も首を振る日々が続きました。その時はその症状とチックが結びついておらず、食事中に首を振りはじめた時にはキツめに注意したりもしました。しかし、その後も続く首振りに「これはわざと首を振っているわけではない」と気づき、ようやくチックの存在に辿り着きました。
チックだと気づいたあとは、インターネットや本に書いてあった「本人に指摘せずに見守る」を実践しました。激しく首を振るスバルが視界に入ると私も不安になり、つい声をかけたくなりますがグッとこらえて過ごしました。
そうこうしているうちに入学式の日程が決まり、慌ただしく入学式を迎え、汗ばむ季節に新学期が始まり、通学が日常になった頃いつの間にかチックはおさまっていました。
その後もスバルの心の動きに合わせてチックは顔を出しました。スバルはチックが出ていても何も言わないので、自分が首を振っていることに気づいていないのだと思いました。チックが出ていることについては本人に指摘せず、チックの原因となる不安やトラブルを解消することで対応しました。不安がなくなるとチックはいつの間にかおさまりました。
こうした経験を重ね、私は「スバルにチックが出ていることを悟られず、なんてことない顔をしながら迅速に不安を解消するのが最適解」だと思いました。
実は気づいていた!?スバルから見たチック
スバルは自分が「気づくと首をブンブン振っている」と気づいていました。
ブンブンしていると私が心配そうに「最近学校はどう?変わったことはない?」と聞き取り調査をしに来るので「ブンブンは良くないことなのかもしれない」と思っていました。しかし私が明らかに首をブンブンしていることについて触れないようにしているので、スバルは「これは話してはいけないことだ」と感じ、このことについて話さないようにしていました。
それに以前は「クセになるからやめな」と注意されていたので、指摘されないならそのほうが良かったのです。
3年生になったある日、いつもは時々出るだけのブンブンが1日中おさまらなくなりました。
クラスでのトラブルがきっかけでブンブンが出て、トラブルが長期化したため悪化したのです。スルーを決め込んでいた私が思わず両手で顔を支えてしまったほど、激しい動きで首を振っていました。
その時はじめて「チック」という言葉を使って今のスバルの状況を説明しました。
そして「専門家へ相談に行こう」と病院へ行く提案をしました。スバルは「専門家」に対して絶対的な信頼があるので「専門家に相談すればチックが良くなるかもしれない」とホッとしていました。
スバルの中でチックの悩みは終わっていなかった!
チックの相談をしようと思い立ち小児神経科や児童精神科へ予約の電話をしたものの、最短で半年後の予約しか取れませんでした。
そして初診までの半年の間にチックの原因となったクラスでのトラブルが収束に向かって行き、それに伴いスバルのチックもおさまりかけていました。初診の日、私の中ではチックは終わったようなものだったので、その時抱えていた別の困りごとをメインに相談していました。
しかしスバルの中ではチックの悩みは終わっていなかったのです。
スバルは少し緊張した顔で「あの!チックをなくす手術ってできますか?」と聞きました。先生は「チックをなくす手術はないけど……」と断わったあと、スバルに分かりやすくチックについての説明をしてくれました。
ほかにもスバルが質問した「チックとトゥレット症候群の違い」なども説明してくれました。最後に「チックを治す手術はないが、チックの原因となる気持ちを落ち着かせる薬や漢方はある。今はその時ではないけど、またひどくなったら相談してほしい」と話してくれました。
スバルは漢方が何か知りませんでしたが「漢方」という強そうで頼もしい響きに食いついていました。「チックを気にしなくて良いんだよ」「そのうちおさまるよ」という言葉より「いざとなったらぼくのバックには専門家と漢方がついている」ことがスバルにとっては大きなお守りになりました。
私はスバルがチックについてそこまで思い悩み、下調べをし質問を用意し、今日という日に挑んでいたとは知りませんでした。(私がチックについて尋ねにくい環境をつくってしまっていた)と思い、自分の不甲斐なさに涙が出ました。病院からの帰り道、スバルに謝ると「お母さんより専門家に聞いたほうが確実だと思って」と返ってきました。たぶんそれも本心ですが、どちらにせよ不甲斐ない……。
スバルが相談しやすい環境づくりを心がけるように
その後、徐々に首を振るチックは見かけなくなり今では稀に顔を出す程度になりました。それと入れ替わるように「ティントン」と声が出るチックが出現しました。前回の反省を踏まえて、あえて日常でチックの話をすることでさりげなく相談しやすい環境をつくりつつ、かと言って指摘しすぎず……を心がけています。
私的にはかなりさりげなくできているつもりですが、スバル目線で見て見ないと本当のところは分かりません。
執筆/星あかり
(監修:新美先生より)
スバル君のチックにまつわるエピソードを聞かせていただきありがとうございます。
チック症は、チックが起きやすい脳の体質的なものが基盤にあり、就学前後頃に発症し、多く出たりほとんど出なかったりの調子の波があり経過していきます。ストレスや不安があったり、疲れがたまったりすると悪化することが多いので、ストレスのバロメーターになっていたりもします。またチックが多い時期に、学校よりも家でテレビを見ているような場面でより強く出るお子さんも少なくありませんが、これは家でストレスがあるのではなく、軽く緊張しているような場面より、ほっと一息したリラックスしている場面で出やすいお子さんが多いです。
チック自体は止めようとして、ほんのわずかな間なら我慢することができないわけではないのですが、ずっと我慢していることは困難です。このため一般的な対応として、「やたら指摘せず、そのまま見守る」と言われています。そして、背景にあるストレスや不安、疲れがあるようならそれらにアプローチするということも大事で、これらについて星さんの対応は適切だったと言えます。
ただ、幼い時期は本人がチックに気づいていないこともあるかもしれませんが、たいていの場合はチックがあること自体には気づいていることが多く、そのことを全く話題にしないことで、「話してはいけないこと」とお子さんがとらえてしまうということもあるかもしれません。一定の時期が来たときに、専門家からチックについての考え方や対策などについて説明してもらい、調子が悪い時に相談できるようにしておけたのは、スバル君にとってもとても良かったのではないかと思います。また、ある程度の年齢であれば、チックが悪化した時に、何がストレスになっているかな?ということ自体を、保護者の方や学校の先生などと一緒に考えたりすることで、ストレスに対処する力をつけることにもなるかもしれません。
チックが悪化して、日常生活に支障がある場合は、一時的に薬物療法をすることもありだと思います。そういう点でも、医療につながっておき、いざというときに相談できる体制がつくれたのは安心ですね。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。