連続テレビ小説『おむすび』はなぜ糸島が舞台だったのか?【朝ドラ妄想散歩 番外編】
この記事のタイトルは、2024年度下半期の連続テレビ小説『おむすび』の最終回を見ながら考えた。——いや、このドラマを見ながらずっと思っていたことかもしれない。
これまで「さんたつ」では数多くの「朝ドラ妄想散歩」を書かせてもらったが、今回は妄想でなくガチ散歩、そして検証でもある。ここでは、ドラマの舞台がなぜ福岡県糸島市だったのかを考えてみたい。実際に糸島を訪れて、また、この作品を完走して、朝ドラ批評家として感じたことも述べたいと思う。
近年の朝ドラのなかでもかなりの異色作だった『おむすび』
まず、簡単に朝ドラ『おむすび』のストーリーを振り返ってみる。
平成元年生まれのヒロイン・米田結(橋本環奈)は高校入学後、博多ギャル連合(ハギャレン)に入る同級生にハギャレンに誘われるが、頑なに拒否する。その裏には伝説のギャルである姉、歩(仲里依紗)の存在があった。
その後、ギャルとして青春を謳歌したのち、栄養士として企業の社食、管理栄養士として病院で務め、「食」や多くの人の人生と向き合っていく。
主題歌はB’z『イルミネーション』。元気の出るポップな曲に乗せて届けられたストーリーは、“異色”の朝ドラと呼ばれ話題となった。
朝ドラというと、近年では明治、大正、昭和の文化人や有名人夫婦が描かれることが多い。またそうでないケースでも、あらゆる歴史的事象がからみ、時代のうねりに翻弄されるヒロイン(そして夫婦)の人生に我々は心を動かされてきた。『おむすび』は平成元年生まれの主人公で、つまり堂々、平成ど真ん中を描いた異色作。コロナ禍後の現在までを描ききっていた。
“異色”という意味ではギャル文化を描いた朝ドラということも話題となった。ギャル文化については過去にnoteの記事で細かくまとめているので、ぜひ参照してほしい。
では、実際に糸島を歩きながら、このドラマについて改めて考えてみたい。なぜ、糸島が舞台となったのだろう?
舞台が博多ではなかったのはどうしてなのか?
筆者は『おむすび』放送直前の、2024年9月に福岡県糸島市を訪れている。
糸島の地に立ったのはドラマ放送直前で、街には『おむすび』のポスターがたくさん貼られていた。糸島はJR筑肥線が通っており市内には数多くの駅がある。若者にもファミリーにも人気の街で活気があった。ここでは簡単にその歴史と現況に触れてみよう。
『魏志倭人伝』では伊都(いと)国と呼ばれ、大陸や朝鮮半島からの使者が立ち寄る交易の窓口だった。さらに歴史を遡(さかのぼ)れば、弥生時代の早い段階から稲作が行われ、古くから栄えていたようだ。1996年には平原(ひらばる)遺跡という古墳を有する遺跡が発掘され、巨大な集落があったといわれている。
近年は福岡市街地へのアクセスの良さから高い人気を誇る街となっている。例えば、『おむすび』にも登場した「前原商店街」至近の筑前前原駅は博多駅から電車で40分強という距離にある。福岡市までは約30分と近く、ベッドタウンとしても人気だ。
と、ここまで読んでピンと来た人は、しっかり『おむすび』を見ていたガチ勢かもしれない。糸島〜博多はドラマで描かれたほど近くはないのだ。地理的ロジックが破綻したことで、この作品は放送当初から話題となっていた。ということでまず考えたいのがツッコミ①「博多近すぎ問題」だ。
ヒロイン・結は、紆余曲折あってハギャレンに入っていたため、糸島〜博多の行き来がとても多かった。結は駅から自転車に乗っていたし、父・聖人(北村有起哉)が結を車で迎えに来ていたシーンもあり、米田家と駅の距離はかなりあるものと思われる。電車で40分強……つまりドアトゥドアは片道1時間ほどと想像できるが、ドラマではご近所感覚で行き来しており、これが「ツッコミ」対象になってしまった。糸島編の半分は博多編だったと言ってもいいくらいだ。博多を舞台にスタートすれば全く違和感がなかったはずなのだが。
自然いっぱいの街・糸島を描いたのはあのシーンが撮りたかったから?
タクシーで海へ移動中の車窓から。田んぼや畑が多く、なるほど自然いっぱいだった。この写真では「いちご狩り」のハウスも見える。
博多ではなく糸島をメインの舞台とした理由。それはやはり、風景の美しさ、自然の豊かさにあるだろう。本作は栄養士の話でもあり、農作物も1つのテーマ。野菜や料理を作るシーンもあり、糸島が舞台なのは納得できる。実際に歩いてみると山や田畑が多い街で、思わず深呼吸をしたくなる素敵な場所だった。第1話に登場したトマトだけでなく、キュウリ、ブロッコリー、ナスなど糸島特産の野菜は多い。それこそ、物語終盤で結の母・愛子(麻生久美子)が栽培に挑戦したイチゴも有名だ。
そして、糸島の自然というとなんといっても海。僕は、ハギャレンの面々がパラパラを踊った「糸島フェスティバル」の舞台、芥屋(けや)海水浴場に行って写真を撮ってきた。
第1話ではこれぞ朝ドラヒロインの代名詞、“水落ち”(2010年度上半期『てっぱん』や2013年度上半期『あまちゃん』などが有名)が見られたし、本作前半は海辺のシーンが多かった。なるほど、この海は撮りたくなる! ただ、実際に糸島に行ってみたらわかるが、糸島の海に行くのはなかなか大変だ。筆者は短時間で巡らねばならなかったので前述の筑前前原駅から海までタクシーで移動した。車で大体20〜25分というところか。結も他の登場人物もしょっちゅう海に行っていたが、どうやって行っていたのだろう? これも地理的ロジックの破綻といえるかもしれない。
朝ドラは、地理的ロジックの破綻トピックが時折見受けられる。近年だと、2021年度下半期『カムカムエブリバディ』の最終盤、老いた安子が走った距離が長すぎると注目されたし、2022年度上半期『ちむどんどん』では沖縄〜東京を行ったり来たりしすぎる……など。この手のツッコミはあげればキリがないが、『おむすび』では必要以上に“粗”が話題となってしまった印象だった。
震災というテーマを背負うなら、最初から神戸を舞台にする手はなかったのか?
また、物語が進むにつれ新たな疑問が生まれた。ツッコミ②「震災描写問題」も本作を語る上で外せない。2025年は1995年の阪神・淡路大震災から30年ということで、本作は震災にクローズアップしたドラマでもあった。ドラマタイトルも震災時に配られた“おむすび”を所以としているし、最終回のラストシーンにもつなげてみせた。
阪神・淡路大震災当時、神戸にいた結たち家族は被災し傷ついていく。そこで話題になったのが「福岡県西方沖地震」だ。これは、2005年の3月20日、福岡県西沖、玄界灘を襲った地震でマグニチュード7.0、最大震度6弱という大きな地震で福岡県内でも被害が大きかった。平成17年なので、結は高校生(ギャル)まっただなかのはずだが、高校編は一気にカットされこの震災の描写は全くなかった。
諸記事によると、制作サイドでは当然、地震の事実を知っていて、取材もしていたとのこと。そのうえで、「福岡県西方沖地震」を描かないという判断だったようだ。阪神・淡路大震災を経験しているヒロインならではの視点も描けたろうし、将来、栄養士を目指すという意味でもこの震災を起点にドラマ作りはできたはず。地元(福岡)の震災は“なかったこと”にされ、納得しなかった現地視聴者も少なくないだろう。
その後、ドラマの中では2011年に東日本大震災が起こる。こちらは専門学校の同級生、湯上佳澄(平祐奈)が被災地で経験した辛いエピソードが描かれたが、これもヒロインの結目線ではないため、なんだかモヤっとしてしまった。震災というテーマと向き合うことでヒロインがどう成長し、そのドラマがどう描かれていたか……。どうしてもそう思いを巡らせてしまう。
朝ドラでは毎回と言ってよいほど、戦争、災害など実際の出来事が描かれてきた。ヒロイン(またはその夫)の成長譚、成功への物語であるだけでなく、歴史的事件や心の痛む出来事を丁寧に紡ぐということも、朝ドラの大きな役割だ。阪神・淡路大震災を大テーマとしっかり添い遂げるなら、最初から神戸を舞台にすればよかったのではないだろうか。
糸島の「今」が描かれていないことに疑問ともったいなさを感じた
最後にもう一つだけ言いたい。最終回を見た直後に感じたツッコミ③「今の糸島はどこに……問題」だ。
『おむすび』最終回では、佳代(宮崎美子)のイチゴハウスや、結の同級生、陽太(菅生新樹)と恵美(中村守里)が経営している牡蠣(カキ)小屋「恵陽丸」などを、結家族が巡るシーンが描かれた。イチゴも牡蠣も糸島の名産なのでそれを描くこと自体は問題ないけれど、残念ながら観光スポット巡りをしただけで「もったいない」という気持ちになってしまった。
というのも、糸島は今、移住者が多い注目の街。近年は九州最大規模の九州大学「伊都キャンパス」が完成し、若者も増えてきている。糸島を舞台にするのなら、特産品のほかにももっと描くべき要素があったはずだ。
実は、芥屋海水浴場に行く前夜に、この街の若者たちと酒を飲み交わす機会を得た。街を歩いていると小さなパーティーをやっている建物があり、急遽混ぜてもらったのだ。首からカメラを下げた怪しいおじさんを、みんな気軽に迎え入れてくれ、いろいろな話をした。学生が店を出店するなどチャレンジできる気風が糸島にはあり、ミュージシャンやアート系の人も多く刺激に満ち満ちている。糸島に惚(ほ)れ込み移住者も後を絶たないようで、観光客や外の人間から注目されるスポットもたくさんある。せっかく糸島という土地を舞台にした作品ならば、そんな糸島の「今」も伝えるべきだったのではないだろうか。
偉そうに3つのツッコミを入れつつ『おむすび』を振り返ってみた。朝ドラは地域の魅力や歴史を伝えるという宿命も背負っている。糸島の美しい海の写真を懐かしく眺めながら、改めてそんなことを考えた。
文・写真=半澤則吉
参考:糸島市HP、糸島観光サイト「つなぐいとしま」HP
半澤則吉
ライター
1983年福島県生まれ。ライター、朝ドラ批評家。町中華探検隊隊員。高校時代より音楽活動を続けており、40歳を迎えた今もライブハウス、野外フェスに足を向けることも多い。