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イタリア式“モアベター”な水洗トイレとは:大矢麻里&アキオ ロレンツォの 毎日がファンタスティカ! イタリアの街角から #22

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ものづくり大国・ニッポンにはありとあらゆる商品があふれかえり、まるで手に入れられないものなど存在しないかのようだ。しかしその国の文化や習慣に根ざしたちょっとした道具や食品は、物流や宣伝コストの問題からいまだに国や地域の壁を乗り越えられず、独自の発展を遂げていることが多い。とくにイタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。

「バスルーム」の普及は、たった半世紀前

今回は、イタリア家屋におけるトイレまわりの話を少々。

今日この国でバスルームといえば、一戸建て・アパルタメントを問わず、洗面台、バスタブ、便器そしてビデを1か所にまとめた、ひと部屋スタイルが一般的である。しかし、その歴史は意外に短い。

知人のイタリア人若夫婦が、新居探しをしたときのことだ。彼らが最終的にたどり着いたのは裁判所の競売物件だった。元オーナーの没後、数十年放置されていたアパルタメントである。夫妻によれば、落札時点ではなんと「普通のトイレが無かった」という。筆者が驚いて尋ねてみると、「便器はあったものの上水道がなく、使用後、別に汲んでおいた水を使って下水道まで流す方式だった」と教えてくれた。

それを聞いた筆者は念のため、別の知人女性にも尋ねてみた。やはり彼女の場合も、少女時代を過ごした1960年代初頭の祖母宅は「便器はあっても上水道が通っておらず、あとから水を使って下水に流していた」と証言する。それも今日のように居間や寝室の隣ではなく、物置脇の暗く寒い場所にあったので、「夜一人で行くのは怖かった」と振り返る。さらに彼女によれば、少なくとも中部トスカーナにおいては、一部の富裕家庭を除き、今日のような浴室一体型バスルームが一般化したのは、60年代中盤だったという。

シエナ市街の住設機器ショールームにて。
フィレンツェ郊外のDIYセンターにて。ゲベリット製ビルトイン式トイレのボタンが並ぶ一角。
こちらはタンク式トイレ。イタリアではビデと一緒に設置するのが一般的である。

美しさの代償

いっぽうイタリアのバスルームで、20年ほど前からトイレ用タンクの主流といえば、下の写真にあるようなビルトイン式である。タンクは壁の裏に埋め込まれていて、水洗ボタンだけが外に付いているものだ。本稿執筆を機会に、知人の住設機器販売店主に確認すると、「今や新築の場合、お客さんはほぼ全員がビルトイン式を選ぶ」という。実は、製品には他国製も混じっているのだが、視覚的美しさを重視するイタリア人の心情に合致しているのが人気の理由であろう。

振り返れば、我が家も過去29年に借りたアパルタメントの5軒中、最も新しい2軒はビルトイン式である。以前の家でのこと。十年近く住んだある日、わずかであるが水が常時流れてしまうようになった。イタリアで水道は寡占事業にもかかわらず各地で株式会社化され、それにともなって料金の値上げが激しい。多少の漏水でも喰い止めねばならない。家主指定の水道工事店を呼んだところ、作業員はボタンを何度か連続して素早く押したあと「これで大丈夫だろう」と言って帰って行った。だが、さしたる変化はみられない。そこでDIYセンターのレジに置いてあった「家の修繕何でも引き受けます」という業者に連絡をとってみた。すると「ビルトイン式タンクの修理は、ウチはやっていません」という、つれないメッセージが返ってきた。

以前住んでいた我が家のバスルーム。便座の上にビルトイン式トイレのボタンが見える。

仕方ないので、筆者自身が修理に挑戦することにした。水洗ボタンのカバーを外すと、組み立て方が図解されたプラスチック板がはまっていた。それを取リ外して覗くと、ボタンと連動して「てこ」で動くプラスチック製アームが付いていて、押されるとタンク底部の栓が開くようになっている。壁と壁の間に挿入されたタンク本体は、恐ろしく薄い直方体をしている。次に流す水が満杯になると、「浮き」が上がって水道のコックを止めるのは、従来のトイレ用タンクと同じだ。

てこや浮きをいろいろいじってみる。平常時に水が止まるかと思えば、今度はボタンを押したときにうまく水が流れない。これはだめだ。前述のDIY店にふたたび赴くと、てこ・浮き部分の単体が売られているのを発見した。スイスを本拠とするトイレ部品メーカー、ゲベリット製である。読者諸氏のなかにも欧州の空港の化粧室で、Geberitのロゴをご覧になったことがあるかもしれない。「何もそんな一流メーカーのものでなくても」と思ったが、その店頭では一択であった。かつ、取り外して持参した我が家のものと主要部品の寸法が似ているので、えいやっと購入することにした。

外部パネルを外すと、パーツの取り付け方法が図解されたボードが姿を現す。
ボードを取り外すと、「てこ」や水道管が現れる。構造的にタンクは、壁を壊さないかぎり取り出せない。薄い鉛筆の筆跡は、物覚えの悪い記者が、度重なる調整の過程で記したもの。

家に帰って格闘すること半日。漏水はなんとか収まったが、狭い空間にあるタンクへのパーツ挿入は想像以上に苦労した。例の何でも修繕屋さんが作業を断るわけだ。

やはり究極はマニュアル

そうした苦行をしている間懐かしくなったのは、最初に住んだ家のトイレである。頭上にタンクが付いているタイプだ。かつて日本にあった同様のものはチェーンが付いていたものだが、イタリア式は、底に付いたボタンを上に押すと水が流れる仕組みだ。見た目はそれなりだったが、ビルトイン式のようなデリケートさに悩まされることはなかった。そればかりか上部には蓋が無かったので、ペットボトルを1本沈めて水量を節約できた。

あるB&Bで発見した上部タンク式。筆者がイタリア生活初期に住んでいたアパルタメントも、このような方式だった。2024年5月撮影。

実はそれよりも筆者が旅先で発見するたび、思わず「モアベターよ」と声をあげてしまうトイレの水洗方式がある。「水道直結式」だ。古いホテルや民宿でよく見られるもので、レバーが付いていて、必要に応じて自在に水量を調整できる。流すべきものが完全に流れないからといって、次にタンクが満水になるのを待つ必要もない。
使い方次第だろうが、この方式が最も節水できるのではないか。ただし、そういう宿に止まると、つい無駄に動かしてしまう。理由は最初、自分でもわからなかった。やがて判明したのは、「電車のマスコン感覚であるから」ということだった。水量に応じて増減するジョワーッという水流音も操作している感を高める。嘘だと思う方は、イタリアでやってみるといい。単純にして究極の水洗。トイレはATよりもマニュアルに限る。

別の宿で。水道直結のコックが便座の上にある。2024年6月撮影。

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