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『三国志』蜀を滅ぼした男・鄧艾 ~なぜ“英雄”は殺されたのか?

草の実堂

画像 : 険しい山岳地帯を超える鄧艾軍 草の実堂作成(AI)

蜀を滅ぼした演義最後の名将

画像 : ドラマ三国志演義タイトルロゴ public domain

中国中央電視台が制作し、日本でも放送されたドラマ『三国演義』は、CGなどの特殊演出に頼らず、リアリズムを追求した映像美と、黄巾の乱から晋による天下統一までを描いた壮大なスケールの物語が魅力である。

とりわけ関羽を演じた陸樹銘をはじめ、まるで三国志の英雄たちが現代に転生したかのようなハマり役ぞろいのキャスティングは圧巻で、当時中学生だった筆者にとって、この作品は『横山三国志』と並ぶ聖典となり、三国志の世界へと導いてくれた。

なお、陸樹銘氏は2022年に逝去されたが、亡くなる直前まで関羽役として映画に出演し続けていた。

そんな『三国演義』に登場する最後の名将といえば、魏の鄧艾(とうがい)ではないだろうか。

なお、このドラマでは蜀の姜維(きょうい)が反乱に失敗して自害し、物語が幕を閉じる。
そのため、晋が呉を滅ぼす場面、つまり三国時代の真の終幕を担った杜預(とよ)の活躍は描かれていない。

今回は、『三国演義』の締めくくりにふさわしい人物として、鄧艾の実像に迫ってみたい。

司馬懿に見出だされた測量のスペシャリスト

画像 : 清代の書物に描かれた鄧艾の挿絵 public domain

鄧艾(とうがい)は荊州の出身で、幼い頃に父を亡くし、さらに吃音にも悩まされていた。
若い頃は順調に出世することもできず、苦労の多い日々を送っていた。

そんな鄧艾に目を留め、その才能を見出して飛躍のきっかけを与えたのが、魏の実力者・司馬懿(しばい)だった。のちに司馬懿は、晋建国の基盤を築く存在ともなっていく。

鄧艾は測量に優れ、戦場に適した地形を調べては、緻密な地図を作ることを日課としていた。

そんなある日(おそらく第2代皇帝・曹叡の治世下)、彼は司馬懿と謁見する機会を得る。

画像 : 司馬懿(しばい) public domain

鄧艾は、魏の国力をさらに高め、将来的に呉を討つためには農業生産力の強化が不可欠であり、そのためには大規模な運河の建設が必要だと説いた。

その進言に感銘を受けた司馬懿は、鄧艾の才を高く評価し、正式に登用することとなったのだ。

当時は既に魏の一強状態だったが、鄧艾の行った灌漑工事によって、更なる国力の増強に成功する。

戦で有利となる地形を見つけては地図を描く鄧艾の行動は、当初こそ周囲から奇異の目で見られ、嘲笑の的にもなっていた。
しかし、その高い測量能力と実務的な視点は、農業生産を国家戦略として重視していた魏にとって、まさに求められる人材だった。

鄧艾が提出した『済河論』という計画書には、運河工事にかかる予算や作業工程だけでなく、見込まれる収穫量までが緻密に計算されており、極めて実践的な提案となっていたのだ。

また、241年に完成した運河は、灌漑だけでなく軍事にも使われ、魏の水軍の進行ルートとして重宝される事になる。

鄧艾の見る目は正確であり、魏への貢献度はかなり高かった。

蜀との戦い

鄧艾は長らく測量や灌漑など、農業インフラに関わる実務官僚として活躍していたが、249年、蜀の姜維が魏の西方、涼州方面への北伐を開始すると、その才能は軍事面でも本格的に発揮され始める。

画像 : 清代の書物に描かれた姜維 public domain

この頃、蜀の軍権を握った姜維は、たびたび魏の領内に侵攻を仕掛け、戦局の打開を図っていた。

姜維は用兵に優れ、一部では勝利を収める場面もあったが、それらは局地戦にとどまり、魏の勢力を根本から揺るがすような決定打にはならなかった。

一方、鄧艾は反乱の鎮圧や蜀軍の迎撃を重ねる中で着実に実績を積み上げ、将軍としての評価を高めていく。
魏の司令官としての役割を担いながら、彼はたびたび前線に立ち、冷静かつ緻密な指揮によって蜀軍を退けていった。

こうして蜀は、姜維の強硬な北伐を繰り返すごとに国力をすり減らし、逆に鄧艾をはじめとする魏の将たちの対応によって、じわじわと追い詰められていくこととなる。

蜀を滅ぼす

画像 : 三国時代・要図(262年)wiki c 玖巧仔

蜀は、宦官・黄皓(こうこう)による専横と、姜維の度重なる北伐による疲弊が重なり、もはや国家として末期的な状態に陥っていた。

263年、魏は満を持して蜀への本格侵攻を決行する。

総大将は司馬昭の命を受けた鍾会(しょうかい)と鄧艾の二名。両軍は別々のルートから蜀を目指し、いわば挟撃の形を取っていた。

姜維は要害・剣閣に布陣し、鍾会軍の進軍を完全に阻んだ。
魏軍は何度も攻撃を仕掛けたが、地の利を活かした姜維の守備は堅く、突破口を見いだせないまま膠着状態に陥る。

この状況を打破すべく、鄧艾は独断で鍾会と別行動をとる決断を下す。
そして、険しい山岳地帯を越えて、成都を目指す強行軍に出たのである。

『三国演義』などでは、この行軍は断崖絶壁を飛び降りるような無謀な突撃として描かれるが、測量に長けた鄧艾のこと、現実には最低限の通行可能なルートを見極めた上での行動だったと考えられる。

画像 : 険しい山岳地帯を超える鄧艾軍 草の実堂作成(AI)

それでもこのルートは難所であり、劉備の蜀侵攻の際にも転落事故で多数の兵士を失った前例を考えれば、鄧艾軍もまた少なからぬ犠牲を出したと見るべきだろう。

そして、ついに鄧艾は成都目前に到達する。

守将も兵も配置できておらず、姜維も剣閣に釘付けとなっていることから蜀は無防備だった。
追い詰められた劉禅は、戦うことなくあっさりと鄧艾に降伏する。

こうして、劉備が建国してから42年。蜀は滅亡し、三国の一角がついに歴史から姿を消した。

増長した鄧艾の最期

蜀滅亡の立役者となった鄧艾は、降伏した蜀の臣下に元の地位を与えるなど寛大な処置をとり、兵士による略奪や殺害を固く禁じたため、蜀の民からは非常に慕われたという。

一方で、「過去には滅ぼされた国で虐殺が行われた例もあるが、今回は私が来たから命が助かったのだ」と語るなど、傲慢さをにじませる発言もあり、好感一辺倒というわけでもなかった。

やがて鄧艾は、本国の許可を得ずに劉禅を厚遇するなど独断専行が目立ち始め、さらにその勢いのまま呉への侵攻計画を提案したことで、司馬懿の次男・司馬昭と対立するに至る。

明らかに鄧艾の判断力は鈍りつつあり、周囲との軋轢は深まっていった。

この頃、最大の戦功を鄧艾に奪われた鍾会は、蜀の名将・姜維と結託して反乱を企てていたが、その障害となるのがまさに鄧艾だった。

画像 : 鍾会 public domain

鄧艾と司馬昭の関係が悪化していることを察知した鍾会は、これを好機と見て「鄧艾が謀反を企んでいる」と讒言する。

これを真に受けた司馬昭は、鄧艾の逮捕を命じて魏へ護送させた。

その後、姜維と鍾会の反乱は失敗に終わり、鄧艾の配下たちは彼を救出しようと後を追った。

一時は無事に救い出されるかに見えたが、鄧艾を捕らえた司馬昭の使者・衛瓘(えいかん)は、鄧艾からの報復を恐れ、部下の田続に命じて、鄧艾と息子・鄧忠を殺害させてしまった。

かつて鄧艾は、呉で権力を私物化し破滅へ向かった諸葛恪について「あれでは遅かれ早かれ身を滅ぼすだろう」と評していた。

しかし皮肉にも、鄧艾自身も功績に驕り、同じように自滅の道を辿ったのである。

非業の死からの名誉回復

画像 : 鄧艾の陰平の戦い public domain

吃音のため軍議などで発言する機会は限られていた鄧艾だが、その実直さと実績から司馬懿・司馬昭親子には重用されていた。

一方で、彼を死に追いやることになる鍾会をはじめ、同僚との関係は決して良好とは言えなかった。

性格や話し方の癖など、人間関係の難しさは誰にでもあるが、最終的に魏の実権を握っていた司馬昭からの信頼まで失い、逮捕されるに至ったのは、鄧艾にとってあまりに致命的であった。

少なくとも鄧艾に反乱の意思はなかった。すべては魏のためを思っての行動だったはずである。

やがて鄧艾の評価は見直され、死後はむしろ「努力の人」としての印象が広まっていった。
そして、時間とともに名誉回復を訴える声が上がり始める。

司馬炎が皇帝に即位し、魏から晋の時代になると、鄧艾の行動に一定の問題があったとしつつも、流罪となっていた遺族の処遇は見直された。

さらに唐代に編纂された「武廟六十四将」においては、鄧艾は張遼とともに魏からただ二人選ばれている。

このことからも、後世において鄧艾が武将としていかに高く評価されていたかが分かるだろう。

実直さと努力によって道を切り開き、蜀を滅ぼすという大業を成し遂げた鄧艾は、最後こそ非業の死を遂げたが、その生涯はまさに「報われざる英雄」の名にふさわしいものであった。

参考 :『三國志』魏書『三国演義』他
文 / mattyoukilis 校正 / 草の実堂編集部

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