夏は夜。月の頃はさらなり~ 小説家・清水晴木「晴れ、ときどき懐う(おもう)」
千葉県習志野市出身、在住の小説家・清水晴木さん。累計4万部突破の『さよならの向う側』シリーズなど多数の執筆した小説の数々は千葉を舞台にしています。そんな清水晴木さんが著作と絡めて千葉の思い出をつづります。
清水晴木さん
1988年生まれ。東洋大学社会学部卒。2011年函館イルミナシオン映画祭第15回シナリオ大賞で最終選考に残る。2021年出版の『さよならの向う側』はテレビドラマ化して放送。『分岐駅まほろし』『旅立ちの日に』『17歳のビオトープ』など著作多数。
夏は夜。月の頃はさらなり
少年時代の過去を思い出そうとすると、夏の光景が思い浮かぶのは私だけだろうか。
夏はどこか懐かしさを常に帯びている気がする。
照りつける強い日差し。
蚊取り線香の匂い。
部屋の中の青い羽根の扇風機。
プールの後のまどろむ午後の授業。
友人と自転車をこいだ国道14号の道。
どこからか聴こえる打ち上げ花火の音。
ぬるい夏の夜にそっと響く祭りばやし……。
夏の中でもノスタルジーを助長させるのは夜だ。
夏の夜はいい。
他の季節の中では言い表せない空気感がある。
そしてその空気をもっとも加速させるのは、夏の終わりだろう。
夏は好きではなくても、夏の終わりは好きな人は多いと思う。
私も夏の終わりを味わうためにも、この暑い夏を過ごすのも仕方ないと思っている節がある。
夏の始まりから聴いているのは、きまって夏の終わりの曲だ。
井上陽水の「少年時代」、ZONEの「secret base」、フジファブリックの「若者のすべて」。
このお気に入りの曲を聴きながら夜の道を散歩していると、そのまま夏の夜に溶けていきそうになる。
だが純粋に夜になっても温度が大して下がらないこの異常な暑さに、もはや体が溶けていきそうになる日もある。
清少納言も、『枕草子』の中で、「夏は夜」つまり「夏は夜がいい」と述べている。
約千年前から夏の夜は特別だったみたいだ。
しかし清少納言も、この暑い夏の夜の中ではなんと言うだろうか。
「夏は夜」ではなく「夏は無理」なんてきっぱり言うかもしれない。
そしたら私もうなずいて笑って、「昼の頃はさらなり」と言葉を続けたい。