子どもの「やりたい」気持ちを伸ばす「物をつくる」漫画5選 ファッション・酪農・刀鍛冶・少女漫画…〔マンガミュージアム学芸員が厳選〕
“漫画を読むプロ”に聞く、親子で読みたい漫画をテーマ別にご紹介。連載4回目は、京都国際マンガミュージアム学芸員・倉持佳代子さんに「物をつくる仕事」をテーマにした5作品、「ランウェイで笑って」「百姓貴族」「箱庭モンスター」「神田ごくら町職人ばなし」「舞妓さんちのまかないさん」を選んでいただきました。
子どもと読みたい 親子で「お仕事」が学べる漫画5選親子で楽しみながら学べる漫画を、“漫画を読むプロ”に教えてもらう連載4回目。今回のテーマは、「物をつくる仕事」が学べる漫画です。京都国際マンガミュージアム学芸員・倉持佳代子さんが選んだ5作品とは?
倉持佳代子(くらもち・かよこ)
1983年、埼玉県生まれ。2008年度より京都国際マンガミュージアムの研究員として入職。現在は学芸員として同館に在職。主に少女漫画やエッセイ漫画に関心を寄せ、研究を続ける。館で展示イベントを企画する傍ら、新聞・雑誌にコラムやエッセイなどの執筆業も。
1.ランウェイで笑って
『ランウェイで笑って』著:猪ノ谷言葉(講談社)
あらすじ
モデルとして致命的な低身長だが、「パリ・コレ」のモデルになることを諦めない藤戸千雪。一方、天賦の才に恵まれながらも生家が貧しく、経済的に恵まれないためにデザイナーを目指して進学することを諦めている都村育人。決して華やかなだけではない、過酷で残酷なファッション業界のなかでひたむきに夢を追う2人の物語。
倉持佳代子さん(以下、倉持さん):少年誌でモデルやファッション業界をテーマに扱う珍しさでも話題になった作品ですが、物語自体は主人公らが成り上がっていく姿を描く少年マンガの王道! スポ根的なストーリーが魅力的で、さまざまな困難に打ち克ちながら夢を叶えていく姿に胸が熱くなります。
この作品を読むと、ファッション業界を舞台にした華やかな世界は才能だけじゃなく努力、運、体力、タイミング、人脈など、すべてが嚙み合わないと夢への道が開かれない、本当に厳しい世界だと唸らされます。
『ランウェイで笑って』2巻62~63ページ。「2人の夢がいよいよ動きだす。見開きでドラマティックに描かれ、ワクワクしました!」(倉持さん)
倉持さん:もう一つ、この作品の見どころは、服を作るデザイナーの仕事と、服を着るモデルの仕事の両方がリアルに細かく描かれ、それぞれの業界の裏事情が垣間見られるところです。
デザインやファッションの用語解説もついているので、やや難しい内容も理解できます。主人公の2人が試練やピンチをどう切り抜け道を拓いていくのか、ドラマ性たっぷりの展開にも目が離せませんよ。
2.百姓貴族
『百姓貴族』©荒川 弘(新書館)
あらすじ
北海道の農家に生まれ、漫画家になるまでの7年間、実家の酪農・畑作業に従事していた荒川弘のエッセイマンガ。舞台は牛乳とじゃがいもを主に生産する「荒川農園」。農家の日常、農作業にまつわる仰天エピソードをユーモアたっぷりに紹介。ときには専門知識なども交え、日本の農業の問題を鋭く指摘。朝から晩まで年中無休で働く、知られざる農家の実態とは!?
倉持さん:『百姓貴族』は、北海道の農業高校を舞台にした大ヒットマンガ『銀の匙 Silver Spoon』の作者が手がけた作品です。
農家=無休、儲からないといった切実なイメージがありますが、タイトルに冠しているように、B級マスクメロンや規格外の農作物をタダで大量にもらえる“貴族”のような一面も。
さらに、賢くて愛らしい牛との生活など、一般には経験できない豊かでユニークな生活を知ることができます。経験者ならではの視点には説得力があり、農業についての知識も深まります。
『百姓貴族』1巻26ページ。
『百姓貴族』1巻27ページ。「どんな苦労も切ない場面も、さらりと描く荒川さんに、農家出身のたくましさを感じます」(倉持さん)。
倉持さん:一方、クマの遭遇に怯えたり、野菜泥棒の被害にあったり、苦労してとれた牛乳を生産調整のために処分しなければなかったりすることへの怒りやせつなさなども描かれ、日本の農業が抱えるシビアな問題も浮き彫りになります。
農家さんってすごいなと思ったり、「私たちは日々、生き物の命をいただいているんだ」と敬虔(けいけん)な気持ちになったり、食べることに対して、さまざまな想像が広がります。親子で読んで、感想を言い合うのもおすすめです。
3.箱庭モンスター ~少女漫画家、ときどき紙袋~
『箱庭モンスター ~少女漫画家、ときどき紙袋~』著:稚野鳥子(講談社)
あらすじ
多忙な週刊誌編集部で働く社会人5年目の臼井英は、ある日突然、少女漫画編集部に異動を命じられる。ブラックな環境から抜け出せると大喜びだったのもつかの間、そこは奇想天外な「魔物(=少女漫画家)」たちが跋扈する過酷な世界だった。少女漫画編集者としての臼井の運命やいかに?!
倉持さん:「少女漫画の編集者」は漫画好きの子にとって憧れの職業の一つですが、この作品は少女漫画界の魔窟っぷりが存分に描かれていて、ぶっ飛んだストーリー展開と個性の強い登場人物たちに驚くこと請け合いです(笑)。
作者はベテラン少女漫画家・稚野鳥子さん。少女マンガ界のタブーや裏事情などバリエーションも豊富で、読み応え抜群です。マンガ編集という仕事の大変さが、面白くもリアルに伝わります。
『箱庭モンスター ~少女漫画家、ときどき紙袋~』1巻90ページ。
『箱庭モンスター ~少女漫画家、ときどき紙袋~』1巻91ページ。「少女漫画業界を知り尽くした作者の言葉選びのセンスが抜群。思わずぷっと吹き出し、引き込まれる漫画の力に脱帽です」(倉持さん)。
4.神田ごくら町職人ばなし
『神田ごくら町職人ばなし』©坂上暁仁(トーチweb)
あらすじ
桶職人、刀鍛冶、紺屋、畳刺し、左官など、江戸を舞台に活躍する職人たちの手仕事と日常を描いた作品。確かな目と、磨き上げられた技を持つ匠たちの仕事に対する誇りや生き様を、圧倒的な描写力で描き、数々の漫画賞も受賞した話題作。
倉持さん:江戸時代に栄えたさまざまな伝統の手仕事をテーマにした作品です。職人の仕事に対する誇り、驚くべき集中力で仕上げていく姿、卓越した“目”に心震えます。美しく細やかな筆致も圧巻です。ほかにも、桶職人や畳刺し、左官など今や後継者が少なく、失われつつある伝統の手仕事について知ることができます。
──これまでの「学習マンガ」でも、伝統的な仕事について知る機会はありましたが、それらとの違いはなんでしょうか。
倉持さん:学習マンガはできるだけ客観的に、わかりやすく仕事について書くことが優先されますが、この作品は作家の主観を踏まえた、物語性の高さが特徴です。仕事をとりまく人間たちのドラマ、江戸時代の情景や空気まで感じさせて、より心に強く響きますよ。
『神田ごくら町職人ばなし』1巻34ページ。
『神田ごくら町職人ばなし』1巻35ページ。「ものづくりに魂を注ぐ職人の眼差しに、鳥肌が立ちました」(倉持さん)。
倉持さん:全身全霊をかけて取り組む職人たちの心意気と、その仕事に心を動かされる人がいるのは、昔も今も変わりません。ものづくりの尊さを改めて感じさせてくれます。
5.舞妓さんちのまかないさん
『舞妓さんちのまかないさん』©小山愛子(小学館)
あらすじ
京都の舞妓たちの日常を描く物語。青森で生まれ育ったキヨは、幼なじみのすみれと一緒に上京し、屋形「市」で舞妓たちと寝食をともにしながら稽古に励んでいた。すみれは舞妓として華々しく成長していくが、キヨは女将から舞妓に向いていないと判断されてしまう。青森に帰る決心をするキヨだったが、料理の才能を見いだされ、屋形のまかない係として働き始める。
倉持さん:京都の花街を彩る、舞妓さんの暮らしを覗き見るような楽しさがあります。
主人公は舞妓の道を諦め、彼女たちの毎日の食事を作る“まかないさん”になるのですが、お化粧をしたり、衣装を着たりした後でも食べやすいように、おかずを一口サイズに切ったり、一人ひとりの好みに合わせたりと細やかな工夫を凝らします。
『舞妓さんちのまかないさん』1巻93ページ。
『舞妓さんちのまかないさん』1巻94ページより。「自分の夢が果たせなくても人を応援し、前に進もうとするキヨの健気な姿に胸を打たれます」(倉持さん)。
倉持さん:夢破れても、サポートする側になっても腐らず、前向きに進んでいく姿が素晴らしい。誰でも自分のやりたい仕事に必ずしも就けるわけではありませんし、努力が報われないこともある。ですが、その場所で自分のやれることを精一杯取り組むことで輝ける道があることを、この作品は教えてくれます。
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「ものを生み出す」クリエイティブな仕事は多くの人が憧れる一方、持って生まれた才能やセンスに大きく左右され、ゆるぎない覚悟を伴い、努力し続けなければ成功しない厳しい世界でもあります。
「一般にはなかなか知ることのできない世界でも、漫画という形でストーリーにのせ、登場人物を自分に重ね合わせて読むことで、より理解が深まります」と倉持さん。
選んでいただいた作品からは、これから大人になる子どもたちに、漫画を通して可能性を広げ、自分らしい道を歩んでほしいという倉持さんからのエールのようにも思えました。
取材・文/鈴木美和