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なぜ私たちは眠るのか? 進化が捨てなかった“謎の時間”の意味【OUTLIVE 人はどこまで生きられるのか】

NHK出版デジタルマガジン

なぜ私たちは眠るのか? 進化が捨てなかった“謎の時間”の意味【OUTLIVE 人はどこまで生きられるのか】

医師として過酷な勤務をこなしながら、睡眠の重要性を軽視していた著者。連続60時間の勤務後、意識を失い公園で目覚めた体験をきっかけに、睡眠がいかに命を守る本質的な営みかを痛感します。

進化が何億年もかけて残した「眠る時間」の重要性とは? 新刊書『OUTLIVE(アウトリブ)人はどこまで生きられるのか』から、睡眠を戦略的に整える重要性が説かれている第16章の一部をお送りします。

世界で250万部越えのベストセラー『OUTLIVE』

目覚め──脳にとって最善の薬である睡眠を愛する方法

 研修医が「レジデント」と呼ばれることには理由がある。基本的にレジデントは、昼夜を問わず長いあいだ病院を住居(レジデンス)とする。私もある時点では1週間に平均して120時間ちかく病院に滞在しており、たびたび30時間以上ぶっ続けで勤務した。そうなると、食事、睡眠、運動、デート(ほとんどが最初で最後になる)など、人生で仕事以外に費やせる時間は1週間におよそ48時間しか残されない。学生のとき私の1年先輩だった友人は賢人ぶって、こんなアドバイスをしてくれた。

「たとえ自由時間をすべて睡眠に費やしても、疲れはとれない。そして働いて眠るだけの人生は惨めだ。少しは人生を楽しまないと。それには睡眠を犠牲にするしかない」

 
 私はレジデント時代のある夏、いつも以上に長い勤務を終えたあと、急性の睡眠不足がどんな影響をおよぼすのか経験した。仲間のレジデントが病気になったので、私はシフトを代わることにしたが、それは私自身のシフトの前の晩だった。そのため私は、月曜日の午前5時半から水曜日の午後6時までぶっ続けで働いた。病院を出ると車に乗り、帰宅するため高速道路に向かった。そして赤信号で止まっているとき、突然頭にもやがかかった。やばい、と私は思った。運転中に眠ってしまった。つぎの信号でも同じことが起きた。このときは左足がクラッチから離れ、エンジンが止まった。

 今日に至るまで、私は幸運に感謝している。60時間以上睡眠をとらなくても、命を救うために必要な的確な判断だけはかならず下すことができた。イースタン・アベニューの歩道に車を寄せて止め、外に出て新鮮な空気を吸った。暖かいそよ風が心地よく、低く移動した太陽の光が私の顔に降り注いだ。たまたま近くに公園があったので、私は30分後に私のポケベル(そう、この時代はポケベルだった)をセットすると、草の上に横になって「目を休めた」。

 6時間後、私はボルティモアのパターソンパークの真ん中で目を覚ました。当時ここはヘロインが取引される屋外市場であり、売春婦がたむろしていた。そして私たちの病院の救急救命室には、この界隈の住民が何人も運び込まれた。目覚めたときは真夜中で、私の背中じゅうに明るい緑色の草がこびりつき、首にはよだれが垂れていた。前腕には謎の歯型がいくつか残され、まわりに数本の注射器が散らばっていたが、それ以外は問題なかった。医療用白衣を着て地面で眠っているクレイジーな男に、誰もあえて関わろうとしなかったらしい。

 私がこの恐ろしい出来事から教訓を学び、睡眠の大切さを直ちに認識したと言えればよいのだが、実際はそうではなかった。実は、このエピソードのメッセージを本当に理解できるようになるまでには、ほぼ10年の年月を要した。あの極端な睡眠不足のケースなどは、レジデントならば当たり前だと思えてしまったことは理由のひとつだ。実際別のときには、ジムの駐車場でラジオをつけっぱなしにしたまま眠ってしまい、ジルが午前2時に起こしに来てくれた。そのときはまだデートを始めて数カ月しかたっていなかった(私は幸運な男だ)。

 私が公園で不覚にも眠ったときには、レジデントの勤務時間を巡って大論争が繰り広げられていた。いまさら認めるのは恥ずかしいのだが、私は勤務時間の削減に強く反対した。当時は110時間以上働くことができたが、提案が認められれば、勤務時間はわずか80時間にまで減らされる。これでは誰もがヤワになると私は考えたが、先輩の多くも同意見だった。

一晩睡眠をとらないと、酒に酔っているよりもミスを犯す回数が多くなる

 振り返ってみると、傲慢にも睡眠を無視する傾向が医療現場で許されるどころか、奨励されていたのは実にショッキングだ。勤務中にどんどんタバコを吸い、どんどん酒を飲むように勧めるようなものだ。つぎに紹介する話にはきちんとした根拠がある。一晩でも睡眠をとらないと、法的に酒に酔っていると見なされるときと同じ状態になることが、いまでは明らかになっている。特に睡眠不足の医療従事者は、十分に休息した同僚よりもミスを犯す回数が多く、患者が死亡するケースがずっと多い。私もそのひとりだった。睡眠不足のレジデントとして最悪の瞬間のひとつは、やはりとんでもなく長いシフト(48時間以上)のあいだに訪れた。私は「腹腔鏡下胆囊摘出術」を行なう予定の患者のカーテンに向かって、うつぶせに倒れてしまったのだ。幸い、患者には何も起きなかったが、当時を思い出すと未だに身がすくむ。

 これは20年足らず前の話だが、それでも当時はほとんど何もわからなかった。なぜ私たちは睡眠をとるのか、眠っているあいだには何が起きるのか、睡眠は短期的なパフォーマンスにとっても長期的な健康にとってもいかに重要か、ほとんど知られていなかった。いまでは、信号で停車中に眠ってしまう急性の睡眠不足よりも、慢性的な睡眠不足のほうがずっと陰湿な殺人者であることがわかっている。睡眠不足(平均すると一晩で7時間未満)と、健康への悪影響――風邪にかかりやすくなり、心臓発作で死亡するなど――のあいだの強い関連性については、多くの研究が明らかにしている。睡眠不足は代謝異常の傾向を劇的に強め、2型糖尿病を引き起こす可能性もあれば、体のホルモンバランスを崩しかねない。いま振り返ってみれば、私が30代で抱えていた健康上の問題の少なくとも一部は、睡眠をおろそかにしたことに原因があったのではないか。

 このように睡眠は体にとって重要だが、脳にとってはさらに重要である。量だけでなく質に関しても良い睡眠は、私たちの認知機能や記憶、さらには心の平静にも欠かせない。一晩ぐっすり眠ったあとは、あらゆる点で気分が良くなる。私たちが意識しなくても脳は働き続け、考えや記憶や感情を(夢の形で)処理している。まるで都市が自ら街路清掃ブラシを走らせるように、脳には自浄作用がある。そして、十分な睡眠は高齢者が認知機能を維持するために役立ち、アルツハイマー病を防ぐことを裏付けるエビデンスは増えている。

 睡眠不足はまるで巨大な鉄球のように、あなたの長期的な健康も日々活動する能力も破壊する。そしてその波及効果を、かつての私がそうだったように睡眠を軽んじる社会全体に当てはめてみれば、壊滅的な状況が見えてくる。

「先進国で顕著な睡眠不足は、私たちの健康、平均寿命、安全、生産性、子供たちの教育に壊滅的な影響をおよぼしている」と、カリフォルニア大学バークレー校のヒト睡眠科学センター所長のマシュー・ウォーカーは、著書『睡眠こそが最強の解決策である』で明言している。そして私も、患者の健康上の問題はしばしば睡眠不足が原因であり、睡眠の問題を解決すれば、他の戦術の効果も上がることを発見した。

睡眠が不要なら、自然淘汰によって取り除かれていないのはなぜか?

 幸運にも、私が睡眠の重要性に目覚めるまでに、あわや大惨事を再び経験する必要はなかった。気づかされたのは、友人のカーク・パースリーからの的確な質問がきっかけだった。彼はかつて海軍の特殊部隊シールに所属して、後には海軍の軍医として特殊部隊の健康を管理した人物である。2012年のある晩に食事をしながら、私はカークにこう主張した。一晩に5、6時間の睡眠は十分すぎるほどだ。疲れを感じなければ増やす必要はない。そもそもベッドで無駄な時間を過ごすなんて、本当に残念だ。睡眠をまったくとらなければ、どんなにたくさんのことを達成できるか想像してほしい!

 このときも私は、馬鹿の山に果敢に登りかけた。ところがここでカークは私をさえぎり、シンプルなソクラテス式問答で反論した。もしも睡眠がそんなに重要でなければ、進化の過程で取り除かれなかったのはなぜか。

 彼のロジックには議論の余地がなかった。私たちは眠っているあいだ、有益なことを達成しているわけではない。生殖活動を行なわないし、食べ物を集めないし、家族を守らない。おまけに眠っている状態のときは、たとえばパターソンパークで眠り込んだ私のように、捕食者や敵の攻撃を受けやすい。だが、だからこそ睡眠は重要なのだとカークは主張した。生きている時間の最大で3分の1を、無意識の状態で過ごすように進化が仕向けたのはなぜか。そのあいだは簡単に命を奪われ、食べられる可能性がある。そのあとさらに、彼はこう畳みかけた。何か絶対に不可欠なことがなければ睡眠は不要で、何億年も前に自然淘汰によって取り除かれたと思わないだろうか。

 まったくその通りで、私は脳に強烈な一撃を加えられた気分だった。どんな動物も何らかの形で睡眠をとる。いまのところ、例外は科学者によって発見されていない。馬は立ったまま眠ることができるし、イルカは右脳と左脳を睡眠で別々に休ませる。絶えず動き続けるホオジロザメにも、睡眠をとっているような落ち着いた状態のときがある。象は一日の睡眠時間がわずか四時間だが、ブラウンバットというコウモリは24時間のうち19時間、うたた寝をしている。私など、これはちょっと長すぎると思うが、要するに、これまで慎重に研究されてきた動物はすべて、何らかの形の睡眠をとっている。カークは正しかった。進化の観点から、睡眠は譲れない要素なのだ。

 いまや私は睡眠を人生で優先するようになった結果、毎日その恩恵を受けている。ぐっすりと眠ったあとに起きたときほど、心身にみなぎる力を感じられるときはない。脳には新しいアイデアがつぎつぎ沸き上がり、トレーニングをすぐにでも始めたくなり、周囲の人たちにとって実際に良い人間になる。

6時間未満の睡眠で怪我リスク2.5倍 眠りの質が人生のパフォーマンスを決める

 私たちはどのくらい睡眠をとる必要があるのだろうか。これは難しい質問だ。なぜなら、私たちの睡眠サイクルはさまざまな外的刺激に影響されるからだ。日光、騒音、人工照明、さらには感情やストレスにも影響される。一方、私たちは少なくともしばらくの間ならば、睡眠が十分ではなくても上手に対応できる。しかし実にたくさんの研究が、あなたが母親から言われたことの正しさを裏付けている。そう、私たちは夜に7時間半から8時間の睡眠をとる必要がある。暗い洞窟で行なわれた実験からは、8時間睡眠のサイクルはある程度、遺伝子に組み込まれていることを示唆するエビデンスも得られた。つまり、これは私たちにとって必要不可欠である。それより睡眠時間がかなり少なくても、あるいはかなり多くても、長期的に問題が引き起こされる可能性はほぼ回避できない。

 たった一晩でも睡眠の質が悪ければ、身体能力や認知能力に有害な影響がおよぶことが確認されている。レースや試合の前夜によく眠れなかったアスリートは、十分に眠ったときよりもパフォーマンスがかなり落ちる。持久力も、最大酸素摂取量(VO2マックス)も、ワンレップマックス〔正しいフォームで一回だけ上げられる最大重量〕も低下する。さらに、汗をかく能力も損なわれ、怪我をしやすくなる。2014年の観察研究からは、毎晩の睡眠時間が六時間未満の若いアスリートは、8時間以上眠る仲間に比べ、怪我を経験する可能性が2.5倍以上高いことがわかった。

 ちなみにレブロン・ジェームズにとって、睡眠はリカバリー・ルーティンの大事な要素で、夜は9時間、ときには10時間の睡眠をとり、その他に昼寝もする。「これだけ十分に睡眠をとれば、起きたときは爽快な気分だ」という。「アラームは必要ない。それでも起きたときは気分が良い。今日も最高のプレーができるように感じられる」

 プロのアスリートではない人にとっても、睡眠はもっとありふれた──そして危険な──タスクのパフォーマンスに不可欠である。たとえば車の運転も、そんなタスクのひとつだ。ある研究ではプロのドライバーに前夜睡眠をとらないまま運転させたところ、衝突を避けるためにブレーキをかけるなど、重大な状況での反応時間が非常に悪くなった。

 しかし、睡眠不足がエネルギーレベルやパフォーマンスにおよぼす壊滅的な影響について、私たちはしばしば気づかない。研究によれば、睡眠不足の人はほぼ常にその影響を過小評価する。なぜなら、そんな状態に順応しているからだ。幼児を育てた経験のある人ならわかるが、軽い疲労感やメンタルフォグ〔頭にもやがかかった状態〕がニューノーマルに思えてしまう。このプロセスは「ベースライン(基準点)のリセッティング」と呼ばれ、私も経験したのでよくわかる。レジデントとして、後にはコンサルタントとして、十分に睡眠をとっていると勘違いした。なぜなら比較する対象がなかったからだ。いま睡眠の質が改善してみると、あんな状態でよく生きてきたと驚かされる。たとえば普通のテレビしか見た経験がなければ、それで十分だと思う。ところがいったん4Kの画面を見ると、従来のブラウン管テレビの画面は大して鮮明ではなかったと気づかされる。睡眠にも、これだけ大きな違いがある。

続きは『OUTLIVE(アウトリブ)人はどこまで生きられるのか――健康長寿の限界を超える科学的戦略』でお楽しみください。

著者

ピーター・アッティア
スタンフォード大学で医学の学位を取得。ジョンズ・ホプキンス病院で一般外科の研修を受けたのち、国立衛生研究所の国立がん研究所で、外科腫瘍学のフェローとしてメラノーマの免疫療法の研究に従事。健康、医学、長寿を扱う人気ポッドキャスト「The Drive」を発信。本書は全世界で250万部以上を売り上げている話題作。

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