人生の無常を感じる心の揺れ動きが、奥山監督により色濃く甦る実写映画『秒速5センチメートル』レビュー
新海誠監督の名作アニメーション作品『秒速5センチメートル』が、奥山由之監督により実写映画として新たに生まれ変わり、10月10日(金)に公開されます。アニメーション映画を観た人も、映像の余白に漂う切なさや、人と人との距離がもたらす残酷さ、それでも前を向いて歩んでいく心の機微を改めて感じるはず。主人公・貴樹を演じる松村北斗と転校生の明里を演じる高畑充希が繊細に紡ぐ物語は、言葉では語り尽くせない想いを胸に残してくれます。言葉にしない余白、心の温度差、そしてレトロな映像美。18年の時を経て、実写版がスクリーンに帰ってきました。
アニメーションを超えて広がる物語の余白
原作アニメーションはおよそ1時間でしたが、実写版は2時間を超える長編。アニメーションでは語られなかったエピソードや時の流れを深く描写することで、人生に付いてまわる“距離”や“タイミング”の無常さが浮かび上がります。貴樹が鹿児島へ向かう前、中学生になって再会を約束した3月4日の駅、遅れてしまう電車…。アニメーション版で印象的だった「僕たちはこの先もずっと一緒にいることはできないとはっきりとわかった」という言葉は、あえて実写版ではセリフになっていません。説明をせず、沈黙と空白で語る脚本や、儚く美しい映像を撮る奥山監督の手法が余韻を強くしています。原作の叙情的な部分を守りながら、実写ならではの物語が広がっているのです。原作ファンはもちろん、実写になることによって、よりリアルで多彩に描かれた『秒速5センチメートル』の世界観がそこにはありました。
松村北斗と高畑充希の演技から伝わる“心の温度差”
アニメーション版で詳しくは描かれていない社会人になった貴樹からは、人と心を通わさず、自分を守るために他者を拒む孤独さが滲んでいます。表情や視線のわずかな動きから、痛みを抱えたまま少しずつ光が消えていくような青年の姿を松村さんが繊細に演じていました。一方、高畑充希さん演じる明里は、純粋で穏やかに大人になっている姿が描かれながら、どこか明るさが欠けたようにも感じられます。役作りに迷ったという高畑さんですが、舞台挨拶に登場した新海監督から「貴樹と明里がどういう人間がわからないまま作っていたが、奥山監督に貴樹と明里はこういう人ですと教えてもらいました」という言葉を受け救われたというエピソードを教えてくれました。確かに2人が思い合っていた日々があったはずなのに、距離や時間、環境とともにどこか温度差を感じるようになってしまった姿を観ていると、言葉以上の痛みを感じるはずです。
奥山由之監督が重ねる“33歳”の視点
写真家として知られる奥山由之監督が、映画『アット・ザ・ベンチ』に続く監督作品として挑んだ今作。フィルム写真を思わせるパステル調のレトロな色彩はそのままに、スクリーン全体が淡く、懐かしさや温かさ、同時に切なさも感じられます。監督がこの企画を受けたのは33歳。奇しくも原作アニメーションを手がけた新海誠監督も、同じ33〜34歳で作品を完成させていました。学生時代にアニメーション版を観て「ラブストーリーとしては意外な結末に現実味を感じ、切なさを覚えた」と語る奥山監督は、改めて見返した30代の今、新海監督は貴樹という人物に「この先の人生はどこへ向かうのだろう」という自らの不安や焦りを重ねたのではないかと感じていました。「新海さんがご自身を投影した貴樹に、今の自分なら全力で寄り添えると思った」と30代になった監督は、貴樹の心情を自分事として描けたのだと感じました。私事ですが、先日、33歳になり、同じような思いもどこかで感じています。30代前半の多くが抱く漠然とした不全感や心の揺らぎに、そしてその先の未来を生きていく観客の皆さんもまた、共感する部分が多い作品だと思います。
映画『秒速5センチメートル』作品情報
公開日:2025年10月10日(金)
出演:松村北斗 高畑充希
森七菜 青木柚 木竜麻生 上田悠斗 白山乃愛
岡部たかし 中田青渚 田村健太郎 戸塚純貴 蓮見翔
又吉直樹 堀内敬子 佐藤緋美 白本彩奈
宮﨑あおい 吉岡秀隆
原作:新海誠 劇場アニメーション『秒速 5センチメートル』
監督:奥山由之
脚本:鈴木史子
音楽:江﨑文武
主題歌:米津玄師「1991」
劇中歌:山崎まさよし
「One more time, One more chance 〜劇場用実写映画『秒速 5 センチメートル』Remaster〜」
配給:東宝