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中世の貴婦人は“不潔”ではなかった?「中世ヨーロッパ=汚い」の誤解とは

草の実堂

画像:Alfred Stevens「La Baignoire(浴槽)」1870年頃 Public domain

中世ヨーロッパは「汚い時代」というイメージ

画像 : 香水瓶を持つ優雅な貴婦人の肖像 public domain

「中世ヨーロッパの人々は風呂に入らず、香水で体臭をごまかしていた」

そんな話を耳にしたことのある人は多いだろう。

特にフランスの貴婦人たちが「水を避け、香りで不潔さを隠した」と語られる逸話は、今でもよく知られている。

そのため現代では、「中世=汚い」「風呂のない時代」という印象が半ば常識のように語られてきた。

しかし、このイメージは歴史的に正確とは言えない。

確かに16〜17世紀のヨーロッパでは、感染症の流行や医療思想の影響から「水は病を呼ぶ」と信じられ、入浴を避ける習慣が一時的に広がった。

だが実際には、12〜15世紀のヨーロッパでは、むしろ入浴が盛んに行われていた。

「中世=汚い」というイメージが定着したのは、その後のルネサンス期や啓蒙時代に形成された歴史観の影響によるものである。

彼らは自分たちを「理性と光の時代の人間」と位置づけ、前時代を迷信や不衛生の象徴として描いた。
その価値観が後世にまで受け継がれ、現在のイメージを形づくったのである。

今回は、誤解された中世の清潔文化に焦点をあててみたい。

不潔ではなかった?

画像:「La toilette」1880年頃 Public domain

中世ヨーロッパの人々が「不潔だった」とされるのは誤解である。

実際には、多くの家庭で定期的な洗浄や清めの習慣が行われていた。

とはいえ、それは現代のような「浴槽に浸かる」形式ではなく、温めた水を桶や洗面器に移して身体を拭う、いわば部分浴に近いものが多かった。

14〜15世紀頃の上流階級向け家政書である『Le Ménagier de Paris』や、イングランドの礼儀作法書『Book of Nurture』には、貴族の主婦や召使が入浴や手洗いの際に「セージ」「ローズマリー」「マジョラム」といった香草を湯に浮かべ、香りづけしていたことが記されている。

それらの香草には防虫・殺菌作用があり、心を落ち着かせる効果があることも知られていた。

彼女たちにとって「清潔」とは、単に汚れを落とすだけではなく、身分と教養の象徴でもあり、身体と心を整える礼儀のひとつでもあった。

中世の貴婦人たちは、香草と水の力を借りて、静かな美の作法を磨いていたのである。

中世の石鹸

画像:カスティーリャ石鹸(Castile Soap)12〜13世紀のスペイン・カスティーリャ地方で誕生したオリーブ油を主原料とする植物性石鹸。現在も伝統製品として世界中で販売されている Public Domain

中世の人々は、身の回りの清潔を保つために「石鹸」を用いていた。

石鹸の起源は古く、すでにメソポタミアや古代エジプトでは、油脂と灰を混ぜた洗浄剤が作られていたとされる。

古代ローマでは香油を肌に塗り、汚れをこそぎ落とす方法が主流で、石鹸はまだ一般的ではなかった。

中世に入ると石鹸の利用が広まり、7世紀には石鹸職人の組合が誕生した。フランスやイタリアの都市では、高価な輸入石鹸が交易品として扱われるようになる。

特にシリアのアレッポ産石鹸は、動物性脂肪を使わず、月桂樹油とオリーブ油を主原料とする贅沢な品で、香りが良く肌に優しいと評判だった。

12世紀にはその製法がイベリア半島にも伝わり、スペインのカスティーリャ地方で改良されて「カスティーリャ石鹸」として独自の名声を確立した。

一方で庶民は、牛脂や羊脂に木灰を混ぜて自家製の石鹸を作り、日常の清掃や洗濯に用いていた。

香り高い石鹸は富裕層の嗜好品であり、灰汁石鹸は民衆の実用の知恵だった。

中世ヨーロッパでは、こうした石鹸文化の広がりの中に、それぞれの階層が持つ「清潔」の価値観が映し出されていたのである。

浴場は社交と癒しの場だった

また、中世の人々にとって入浴は「清め」だけでなく「楽しみ」でもあった。

都市には多くの浴場があり、人々が体を温め、語り合い、時には癒しや娯楽を楽しむ社交の場でもあった。

画像:公衆浴場の風景 Public Domain

14世紀のパリには、少なくとも20を超える公衆浴場が存在していたと記録されている。

浴場経営者たちはギルドを組織し、営業のルールを細かく定めていた。

たとえばパリ市の職人規約『Le Livre des Métiers』には、「夜明け前に入浴を呼びかけてはならない」「浴場で娼婦や浮浪者を雇ってはならない」といった条項があり、浴場が治安や風紀の管理下に置かれていたことがわかる。

入浴料は蒸気浴が2ドゥニエ(約300〜400円)、湯浴みが4ドゥニエ(約600〜800円)と定められており、庶民でも手が届く程度の価格であった。

浴場の内部は華やかで、男女別の場合もあれば、混浴の形式も存在した。

大きな浴槽には温めた湯が張られ、ハーブの香りが漂う。
壁際には食事を取れる席が並び、パンやワインが供されることもあった。

入浴が単なる衛生ではなく、食事や談笑と結びついた「憩いの時間」だったことがうかがえる。

おわりに

画像:Alfred Stevens「La Baignoire(浴槽)」1870年頃 Public domain

やがてルネサンスから近世にかけて、入浴の意味は「宗教的な清め」から「衛生と健康を保つ習慣」へと変わっていった。

しかし、中世の人々が育んだ「水と香りの文化」は、のちのヨーロッパにも静かに受け継がれていった。
香水やハーブ浴、石鹸の文化は、彼らの清潔観の延長線上にあったと言える。

その背後には、水と香りに託した静かな美意識と、魂の清めを求める祈りがあった。
私たちが「清潔」と呼ぶものの原点は、すでに彼らの暮らしの中に芽吹いていたのである。

参考 :
Étienne Boileau, Le Livre des Métiers
Le Ménagier de Paris
Eleanor Janega, “I Assure You, Medieval People Bathed”, 他
文 / 草の実堂編集部

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