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集団就職列車で故郷を後にした〝金の卵〟と呼ばれた少年少女たちへの応援歌は、日本の高度経済成長期から生まれた、まさしく昭和のヒット曲 井沢八郎「あゝ上野駅」

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集団就職列車で故郷を後にした〝金の卵〟と呼ばれた少年少女たちへの応援歌は、日本の高度経済成長期から生まれた、まさしく昭和のヒット曲 井沢八郎「あゝ上野駅」

 東京・上野駅広小路口前のガード下を歩いていると、1964年に井沢八郎が歌いヒットした「あゝ上野駅」の歌碑に遭遇した。昭和を代表するプロボクサーのファイティング原田や、集団就職で上京した中小企業経営者らによる有志団体により2003年に建立されたものだ。「あゝ上野駅」は集団就職で上京した少年少女たちを題材にした曲だ。

 集団就職は戦前から行われていたが、昭和30年代からの高度経済成長期に盛んに行われ広く知られるようになった。地方の農村から中学校を卒業したばかりの子どもたちが、高度経済成長期を支える若い労働者として大都市へ向かった。地方の中学校では、賃金の高い都市部の企業の求人を斡旋して、集団就職として送り出したのだ。団塊の世代が中学校を卒業した63年から65年には、中卒者の有効求人倍率は男子・女子とも3倍を超えた。 

 昭和39年(1964)には、彼らをさす〝金の卵〟という言葉も流行った。東北・上信越方面からの就職先は、男子は関東地区の弱電メーカー、女子は愛知県内の紡績工場あたりが多かった。臨時に仕立てられた集団就職列車も運行し、夜行に揺られて終着駅の上野に降り立った子どもたちを歌ったのが「あゝ上野駅」だった。

 中学を卒業したばかりのまだ幼い15歳の少年少女たちは、故郷の実家の家計を支えるという大きな使命を小さな肩に背負い、わずかな希望と大きな不安を胸に抱え、親元を離れ自立するため、列車に乗って東京をはじめとする大都市を目指した。就職列車の車内のあちこちで子どもたちのすすり泣く声が聞こえたという。そして、上野駅に降りるとともに上京した仲間たちとも離れ離れになり、たった一人で出迎えの大人に連れられ職場の寮や、住み込みの家に向かう足取りも重かったに違いない。東京という大都市は、幼い子どもたちにとって、異次元空間の街だっただろう。

 
 井沢八郎もまた、東北の青森県弘前市出身である。中学卒業後、歌手を目指して上京した。63年に東芝音楽工業から「男船」でデビューを果たすが、中学卒業が52年だから、それなりの苦労もあったと推察される。幸い、伸びやかで太いハイトーンの声質によるダイナミックな歌唱力が評価され、デビュー曲がヒットし歌手生活は順調なスタートを切った。

 作詞・関口義明、作曲・荒井英一による「あゝ上野駅」は、デビューの翌64年に3枚目のシングルとしてリリースされた。関口は、上野駅で見かけた集団就職で降り立った子どもたちを題材に詩を書き、農家向け家庭雑誌「家の光」の懸賞に応募し1位入選を果たした。東芝レコードの担当者がそれを見て、レコード化へとつながった。ちなみに荒井英一は、野口五郎のデビュー曲「博多みれん」の作曲家としても知られている。

 関口の詩は、歌手を目指して弱冠15歳で単身上京した井沢八郎自身の人生とも重なり累計売上100万枚を記録する大ヒット曲となり、井沢の代表曲となった。集団就職者たちからも大きな支持と共感を得て、昭和の高度経済成長期に生まれた、その時代の世相を反映した歌として、今でも歌い継がれている。〝歌は世につれ、世は歌につれ〟という惹句がピタリとはまるが、それ以上に、この曲が人々の生活に寄り添った歌であることを実感させられる。歌の主人公は、〝人生があの日ここから始まった〟と振り返っている。

 
 井沢八郎は65年にNHK紅白歌合戦に初出場を果たすが曲目は「北海の満月」であった。この曲もスケール感のある、まさに〝男歌〟とも呼べるいい曲である。ちなみに同年の初出場組には、都はるみ、水前寺清子、「夏の日の想い出」の日野てる子、「新聞少年」の山田太郎、「女心の唄」のバーブ佐竹、ジャニーズがいる。翌66年にも2回目の出場となったが、披露したのは「さいはての男」で、井沢八郎が紅白歌合戦で「あゝ上野駅」を披露することはなかった。

 だが、82年の紅白歌合戦で、この曲を歌った歌手がいた。2回目の出場となる福島県出身の西田敏行が「あゝ上野駅」を歌ったのだ。2007年1月に井沢は亡くなるが、同年8月放送の「思い出のメロディー」では、追悼として氷川きよしが「あゝ上野駅」を歌唱した。また、井沢の娘である女優でありタレントの工藤夕貴は、井沢の死後の会見で、「パパの遺してくれた大きな宝物『あゝ上野駅』は私が歌い継ぎます」と宣言し、2023年には工藤夕貴が歌う「あゝ上野駅」がCDで発売されている。

 2013年には上野駅開業130周年を記念し、上野駅13番線ホームで発車メロディとして採用され、2016年からは、16・17番線の発車メロディとして流れている。

 集団就職で上京した幼き日々、都会の生活に慣れなくて、上野駅にたたずみ、この線路をたどっていけば故郷に帰りつくのだ、と涙を流したこともあったかもしれない。駅には、行き交う人それぞれのドラマがあるが、上野駅は集団就職者にとっては、故郷への玄関口として、時代が変わっても郷愁を誘う駅であり続けることだろう。〝上野はおいらの心の駅だ〟と謳われている。「あゝ上野駅」は、昭和が生んだ時代を超えて歌い継がれる歌であり、井沢八郎もまた、昭和歌謡史に名を刻む歌手だった。

文=渋村 徹 イラスト:山﨑杉夫

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