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橋口五葉の人生・作品を紹介!スティーヴ・ジョブズも愛した本の装幀や木版画

イロハニアート

明治末期から大正時代にかけて活躍した橋口五葉(はしぐち ごよう、1881〜1921年)を知っていますか?41歳にて世を去るものの、本の装幀やポスター、洋画や木版画などの幅広いジャンルで業績を残しました。この記事では五葉の生涯を追いかけながら、代表的な作品や魅力をお伝えします。

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『髪梳ける女』 大正9年(1920) 東京国立博物館 https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-3384?locale=ja , 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム.

美術学校時代から才能を発揮!図案への関心を示す


橋口五葉

, Public domain, via Wikimedia Commons.

橋口五葉(本名:橋口清)は1881年(明治14年)、鹿児島市の元藩医の三男として生まれます。父や兄も絵を嗜んでいた家に育ち、13歳にして地元の狩野派や四条派の絵師に絵を学びました。

18歳の時に上京すると、帝大に通っていた兄を頼って移り住みます。その後は日本画家の橋本雅邦の元に学びますが、しばらくして有力な洋画団体である白馬会の研究所に通い、西洋画も学びました。

1901年、20歳になった五葉は、予備課程を経て東京美術学校西洋科本科に入学。白馬会に出品するともに、美術学校の競技の図案で合格となって賞金を得るなど、順調にキャリアを重ねます。真面目な性格だったという五葉は、美術学校でも成績が良かったとされ、実際に在学中の1904年には優秀のために特待生となりました。

美術学校時代のスケッチブックも多く残されていて、そこには人体のデッサンや水彩によるのびやかな風景画を見ることができます。また草花をよく写生し、それを図案にしていたと言われる五葉は、若い頃から装幀の仕事につながる図案への関心を示していました。

夏目漱石の『吾輩ハ猫デアル』の装幀を手がけた理由とは?


『吾輩ハ猫デアル 上編』ジャケット下絵

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五葉が挿絵画家として実質的にデビューしたのは、特待生だった23歳の時。夏目漱石のすすめによって雑誌『ホトトギス』に挿絵を発表します。翌年の1905年には、同じく漱石からの依頼を受け、『吾輩ハ猫デアル』の装幀を手がけました。

ただここで気になるので、まだ若く、さほど有名ではなかった五葉が、なぜ15歳近くも歳上の漱石の本の装幀を手がけられたのかということです。その理由として、五葉が深く敬愛していたという二人の兄のうち、外交官になった一番上の貢の存在があります。

貢は漱石が熊本の高等学校で英語を教えていた時の生徒の一人でした。のちに東京で漱石と再会した貢は、当時流行していた絵葉書を交換しあいながら親睦を深め、五葉も漱石と水彩の絵葉書をやりとりを行うようになります。つまり二人の間をつなぎあわせたのは兄の貢だったのです。

結果的に漱石は五葉の才能を認め、『吾輩ハ猫デアル』以降、二人は1914年の『行人』まで17冊も本造りを手がけるのでした。

三越の懸賞広告画で破格の賞金を手にした五葉。一躍有名に!


橋口五葉筆「黄薔薇」 无声会12回展出品作

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1907年に東京勧業博覧会にて油彩の屏風絵『孔雀と印度女』が二等賞牌を獲得し、同じ年の第一回文展にて『羽衣』が入選を果たした五葉。このように画家としても頭角を現しつつありましたが、彼が最も本領を発揮したのが、本の装幀や雑誌の挿絵といった図案の世界でした。

五葉が本の装幀で組んだ人物とは、漱石をはじめ、泉鏡花や森鴎外、それに与謝野晶子らといった錚々たる作家たち。実に生涯に渡って100点を超える作品を世に送り出します。

また1911年には三越呉服店が主催した懸賞広告画に『此美人』を出品すると、一等賞の栄誉に輝き、当時としては破格の賞金一千円を手にします。石版を三十五度も摺り重ね、当世風に着飾った美人をゴージャスに表した作品は大変な評判を得て、五葉の名も一気に広まりました。

木版画の制作へ。傑作『髪梳ける女』を生み出す


「花の香をかぐ女」絵はがき

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『此美人』の出品と同じ年、表紙に蝶をデザインした『胡蝶本』と呼ばれる全24冊のシリーズでも人気を得た五葉ですが、1913年頃から脚気が悪化するなど体調を崩します。すると五葉は次第に木版画の制作に軸足を移すようになりました。

元々、五葉は美術学校の時代から浮世絵に詳しく、作品の収集も行なっていましたが、1914年頃より浮世絵に関する論文を発表。翌年には研究誌「浮世絵」を刊行します。また五葉が手がけていた頃の装幀は木版の手仕事が多く、摺師らといった職人たちも身近に存在していました。

『化粧の女』 大正7年(1918) 東京国立博物館, https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-3385?locale=ja, 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム.

そうした五葉に目をつけたのが、のちに新版画を次々と世に送り出した版元の渡邊庄三郎です。渡邊と組んだ五葉は『浴場の女』を制作。渡邊とのコンビはこの一作で終わりますが、五葉自身は私家版にて新たな木版画を手がけ、『化粧の女』や『髪梳ける女』といった傑作を生み出しました。

しかし『髪梳ける女』を完成させた翌年の1921年、風邪から中耳炎を患うと、脳膜炎を併発させ、元々体が強くなかったこともあるのか病状も悪化し、道半ばにして世を去りました。

装幀から油彩画、木版画まで。五葉の見ておきたい作品とは?


それでは橋口五葉の有名作を中心に、見ておきたい作品をいくつかご紹介します。

①「夏目漱石著作の装幀」


『吾輩ハ猫デアル』をはじめ、『虞美人草』や『彼岸過迄』、『行人』など、漱石の代表作とも言える著作の装幀を手がけた五葉。

そのうち『吾輩ハ猫デアル』の上編では、大きな猫が人形のような人の体を手にしながら堂々と構える様子を描いています。なお漱石は五葉の仕事に際し、「僕の文もうまいが橋口君の画の方がうまい様だ」との言葉を残しています。

②「泉鏡花著作の装幀」


泉鏡花 著『相合傘』表紙、鳳鳴社刊。橋口五葉装丁

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五葉は泉鏡花の『銀鈴集』や『恋女房』、『相合傘』などの装幀を担います。草花の連続した紋様を描きながら、本の内容に合わせてさまざまなモチーフを展開していて、全体として漱石本よりもやや優美で、かつ和様を思わせるデザインに仕上がっています。

③『孔雀と印度女』(1907年)


大きく羽を広げた孔雀と、インドやパキスタンの伝統的な衣装であるサリーを身につけた女性を、屏風絵のようなかたちの画面に表しています。女性の背後に咲き誇る花々も美しく、イギリスのラファエル前派の影響が指摘されています。なお2枚折りの衝立の形式であることから分かるように、室内を飾るための装飾画を意図して制作されました。

④『此美人』(1911年)


「此美人」、石版画。明治44年三越呉服店懸賞ポスター 第一等受賞作

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流行の髪型にリボンをあしらい、指輪をはめた和装の女性を、ヨーロッパのアール・ヌーヴォーを思わせる装飾的な構図にて描いています。まだポスターそのものが馴染みの薄い時代において、五葉が新時代を切り開くべく手がけた、日本のグラフィックデザインの先駆けとも言える作品です。

⑤『浴場の女』(1915年)


『浴場の女』(1915年)

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新版画を主導した渡邊庄三郎と組んで制作された唯一の木版画です。大分県の別府を訪ねた際に魅了され、スケッチしたという温泉場の女性の姿から着想を得たとされています。浮世絵に由来する伝統的な構図に、簡素ながらも繊細な線を重ねつつ写実的な女性を描いた、五葉の意欲作と呼んで良い作品です。

⑥『髪梳ける女』(1920年)


『髪梳ける女』(1920年)

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私家版による木版画の最高傑作とされる一枚。淡い光沢感を見せる雲母摺(きらずり)の画面を背景に、つげ櫛で長く黒い髪をとかす女性を描いています。一本一本、精緻に描かれつつ、量感溢れる髪の描写はもとより、藍色の浴衣や、そこからのぞく白い肌なども美しく、官能的にすら見えます。

なお『髪梳ける女』は、新版画に魅せられていたアップル創業者のスティーヴ・ジョブズが銀座で購入。それをスキャンして取り込んで、1984年に発表された「マッキントッシュ」のアイコンに映し出し、宣伝用の写真に利用したことでも知られています。

まとめ(展覧会情報)


橋口五葉『夏服の女』(1920年)

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橋口五葉の作品が今も愛される理由として、その洗練された美意識と、細部にまで神経の行き届いた造形が挙げられます。五葉の描いた絵画には、明治や大正時代の空気をまといながら、瑞々しい感性が息づいています。

装幀においても、あたかも書物全体をひとつの美術品として設計するような姿勢は、現代のブックデザインの先駆と呼んでも過言ではありません。

また木版画における『髪梳ける女』や『化粧の女』などは、背景や構成をあえて抑え、人物の動作や髪や衣服の質感を巧みに描くことで、静かな気配とも言える表現を生み出しています。

最後に今年、全国各地を巡回する『橋口五葉のデザイン世界』についてご案内します。この記事で五葉に興味を持った方も、ぜひ展覧会で実際の作品と向き合ってみてください。

『橋口五葉のデザイン世界』

足利市立美術館(栃木県)
会期:2025年4月5日(土)~5月18日(日)

府中市美術館(東京都)
会期:2025年5月25日(日)~7月13日(日)

愛知県:碧南市藤井達吉現代美術館(愛知県)
会期:2025年7月23日(水)~8月31日(日)

久留米市美術館(福岡県)
会期:2025年9月13日(土)~10月26日(日)

府中市美術館「橋口五葉のデザイン世界」の見どころ紹介!『吾輩ハ猫デアル』装幀や新版画も

府中市美術館にて、五葉の画業に光を当てた『橋口五葉のデザイン世界』が開催されます。会期は2025年5月25日(日)〜7月13日(日)です。

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