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日英国際共同制作 KAAT × Vanishing Point『品川猿の告白』Confessions of a Shinagawa Monkey 連続インタビュー <第二弾>芸術監督 長塚圭史

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長塚圭史

KAAT神奈川芸術劇場が長塚圭史芸術監督のもと、2021年度より立ち上げたカイハツプロジェクトは「劇場が常に考える場、豊かな発想を生み出す場となることを目指し、クリエーションのアイディアをカイハツする」取り組み。その成果として、初の国際共同制作による『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』が2024年11月28日より上演される。タッグを組むのは、スコットランドのグラスゴーを拠点とする劇団ヴァニシング・ポイントで、村上春樹の短編集「東京奇譚集」(2005)と「一人称単数」(2020)に、それぞれ収録されている「品川猿」と「品川猿の告白」が題材となる。長塚はイギリスでの在外研修中ヴァニシング・ポイントの公演を観劇。以来、その作品世界に強く惹かれていたという。出会いから進みつつある創作過程、作品に期待するところを長塚自身に語ってもらった。


――長塚さんとヴァニシング・ポイントとの出会いは、どこまで遡るのでしょうか?

文化庁の在外研修中だった2009年、滞在先のロンドンで観たのがヴァニシング・ポイントの『Interiors』という作品。リリック・ハマースミス劇場の小さなスタジオだったんですが、不思議で非常に魅力的な作品だったんです。部屋の中と外の世界がアクリルで仕切られていて、外にいる一人の女性だけが詩のような台詞を喋る以外、室内の人々は、ホームパーティのような風景を演じながらもノンバーバル(言葉を用いない演技のみの表現)の芝居をしている。室内には不在の人を象徴する空いた席が一つあり、それを埋めるような外の世界の女性との対比もよくできていて、コミカルさと感動も共存する作品世界を楽しませてもらったんです。

当時はフィジカル・シアター(俳優の身体性、身体表現を要とした作品群)の隆盛に、終わりの兆しが見えた頃。でも、ヴァニシング・ポイントの作品は照明がつくり出す繊細な明暗など、視覚的にもマジカルで心惹かれるところが多くあり、個人的に楽しんだだけでなく、「こういう作品が日本でもできるのでは?」と、心の中に残り続けていたんです。

――ご自身の創作にも影響があったのですか?

そう、帰国後の2012年『音のいない世界で』から、新国立劇場で近藤良平さん、首藤康之さん、松たか子さんらと、子どもと大人が共に楽しめる作品をつくる機会をいただいて。その時、ダンサーのフィジカリティとの両立などを考えながら、『Interiors』のことも思い出したりしていました。

その後、KAAT神奈川芸術劇場の芸術参与にお声がけいただき、プログラムのことなど様々考えていく中で、再び自分の中でヴァニシング・ポイントへの関心が増していった。『Interiors』のような作品を招聘して観るだけでは、出会いは限られてしまう。ならば創作を共にする形で何かできないかと提案したところ、事業部長が海外ツアー中のヴァニシング・ポイントと上海で話すことができた。さらにやりとりを重ねるうち、「やはり日英共同で作品をつくりたい」ということで双方の希望が合致し、2022年に劇団メンバーを招いて創作を前提としたワークショップが実現しました。

――村上春樹の短編小説を題材にすることは、どの段階で決まったのでしょう。

最初のワークショップから、日本の小説を題材にはしていました。何より劇団の創設者で芸術監督でもあるマシュー・レントンが村上春樹小説の大ファンで、「品川猿」を巡る二編を題材にすることは先方からの提案です。欧米には、日本の読者以上に村上春樹の小説の魅力について深く分析・理解し、アツく語る方がいると知っていましたが、マシューもその一人。

それに、マシューは照明や音響の使い方が非常に巧みで、アナログなオペレーションにも関わらず観客の視覚・聴覚を幻惑させる、マジカルな劇空間を舞台上につくり出すんです。その感性は村上春樹の小説世界にも通じるものがあり、相性の良さは創作初期から確かなものだと感じられました。また自分自身も近年の創作では、現実世界を生きる人間を描くよりも、記憶や夢、空想などを作品の中に織り込んでクリエイションする割合が増えているんです。だから時代の気分で村上作品を読んでいたような若い頃とは違い、年齢と共に、ある年代以降の村上作品へのシンパシーが高まっているのは事実。今回、直接クリエイションに加わるわけではありませんが、マシューたちの創作に高い関心をもって並走させてもらっています。

――マシューさんたちのこれまでの創作風景をご覧になり、長塚さんが印象的と感じたことを教えてください。

本格的な稽古が始まって1週間超の段階で、既に室内を暗くして照明効果なども試しつつ、マシューさんが非常に細かい指示を出しているんです。「そこは数秒タイミングを遅らせて」というような。限られた空間を十二分に活かしながら、観る者の想像力を活性化させて情景にいかに奥行きをつけるかなど、創作のディテールに関して強くこだわり、試行錯誤を重ねるクリエイションが日々行われています。

また上演台本の段階で、別々の短編2作を単に組み合わせただけでは想像もつかないほど、サスペンスフルな内容になっているんです。「名前を盗られる」という事象に伴う「喪失」、その盗みが誰の何によるものかという謎解き、その根底にある個人が抱える「孤独」の問題などを上手く絡み合わせているので、原作を読んだ方もそうでない方も、それぞれに楽しみどころが多くある作品になる予感がしています。

――それら劇世界をスコットランドと日本の俳優、それぞれが英語と日本語で語るときいています。

そう、英語と日本語の台詞を劇中混在して使うというチャレンジを含む作品です。でもそもそも原作が、「人語を喋る教養を備えた猿」が登場するというファンタジーをはらんでいるので、そのことと二国の言語が混在する演劇的アプローチが上手くフィットすれば、大きな効果を上げるのではないでしょうか。

――二国の俳優に加え、イギリスから「人形遣い」も参加されるとうかがっています。言葉や身体の表現に加え、人形操演という手段も加わることでより豊かな創作になりそうです。

二つの言語を劇中に混在させると決めた時点で、上演台本づくりの段階から、英語と日本語がしっかりリンクするよう非常に細かく考えてつくられているんです。きっと創作を進めながら台本もさらに進化するはず。互いの文化的な背景の違いに対する認識も、原作の世界観に対する解釈も創作を重ねるほどに深まり、発見が増えていくと思いますし、それら全てが作品の糧になっていく。人形による操演も、猿のパペットを使うようなことだけでない、それこそ魔法のような仕掛けがあるかも知れないと、勝手な期待を膨らませています(笑)。乞うご期待ですね。

――参加する日本の俳優陣が、出自はそれぞれですが皆、多彩なつくり手と幅広い創作に携わっている方ばかりで、ヴァニシング・ポイントと出会うことで起きる変化や化学反応にも期待が募ります。

今回のクリエイションに参加するということは、4人の日本の俳優たちにとって、これまで経験し得なかった体験を​することになるはず。断続的ながら2022年から3回のワークショップを経て、創作のためのベースとなる積み重ねをまずはつくり、本編の創作・上演、最終的には海外公演も経験してもらうのですから。その過程や変化を楽しみながらクリアしていくためには、ある経験やスキルが必要だと考え、それに相応しい方々に参加していただけたと思っています。

――長塚さんのお話から、お客様に楽しんでいただける要素だけでなく、日本の舞台人にとっても今作を観ることで多くの刺激や影響を与える機会になる予感がしてきました。

それは望むところで、そうなればいいですね。先端技術や機器を使うのではなく、多彩なアイディアや工夫を組み合わせることと、そこに観客の想像力を上手く結びつけることで、アナログな中でも演劇的な創造はどこまでも膨らませることができるとマシューさんとヴァニシング・ポイントの創作は証明している。しかもその作品は世界中の演劇やアートフェスティバルに参加し、背景の異なる観客の支持も得ています。僕が09年に観た『Interiors』が、15年以上も鮮明に心に残り続け、大切な演劇体験になっているのも良い証拠ですし、結果、自分にとって新たな創作のための糧にもなっている。

そういう豊かな体験を、演劇に限らぬあらゆる創作・表現に携わる方々にもしていただき、お客様たちと共有してもらえたら「カイハツ」の志を一つ実現したことになる。その先の新たな挑戦にも関わる成果として、まずはこの一歩を確かなものにしたいと今は考えています。

取材・構成・文/尾上そら
写真提供/KAAT神奈川芸術劇場

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