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古代エジプトのロマンと謎を解き明かす 『ミステリー・オブ・ツタンカーメン』レポート

SPICE

『MYSTERY OF TUTANKHAMEN/ミステリー・オブ・ツタンカーメン〜体感型古代エジプト展〜』


横浜みなとみらい ツタンカーメン・ミュージアム(PLOT48)にて、2024年12月13日(金)から2025年12月25日(木)まで『MYSTERY OF TUTANKHAMEN/ミステリー・オブ・ツタンカーメン〜体感型古代エジプト展〜』 が開催されている。本展は昨年角川武蔵野ミュージアムで開催された企画展『体感型古代エジプト展 ツタンカーメンの青春』を当会場に向けて仕立て直したものであり、今回はおよそ1年間の長期にわたる開催だ。

会場で来場者を待ち受け、古代エジプトのロマンと謎を伝えるのは主にこの3つ。

①130点を超える貴重な遺物の、世界に3セットしかない実物大スーパーレプリカ
②大画面でのイマーシブプロジェクション映像
③エジプトにワープしたとしか思えないような、ツタンカーメン王墓の忠実な再現空間

3階展示室より「アヌビス神像付き厨子(部分)」 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

この展覧会には“ホンモノ”の展示はない(そもそもツタンカーメン関連の至宝はエジプトから門外不出のため)。でも、ウソか本当かどうでもよくなるなんて、実際に体感するまで想像もしていなかった。本展ではレプリカであることを最大限活かした親密な展示が実現されており、結果、ものすごく分かりやすく刺激的な内容となっている。

1階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

まずはイントロダクションのムービーを見てから、展示室(3階〜1階)へ進もう。この部屋の壁面だけでも、ざっと古代エジプトの歴史・登場人物などがパネルで解説されており、ちょっとした企画展くらいの情報量がある。本気で味わい尽くそうと思ったら、この『MYSTERY OF TUTANKHAMEN/ミステリー・オブ・ツタンカーメン〜体感型古代エジプト展〜』はいったい鑑賞に何時間かかるのだろうか。

発見と驚きの埋葬事情

3階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

本展は古代エジプト史上最も有名なファラオ(王)であるツタンカーメンに焦点を当て、古代エジプト文明を理解していくものである。全7章で構成されるうちの第1章は「古代エジプトの死生観とミイラ」がテーマ。ツタンカーメンのミイラに関わる遺物の展示だ。

3階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

こちらはミイラの内臓が納められていた人型容器と、それを守る厨子。古代エジプトにおいて、ミイラにした身体からは内臓を取り除くが、心臓だけは残しておくのが死生観に基づいたお作法だった。ところがツタンカーメンの場合は異例なことに、心臓まで抜き取られていたそうな。本展を監修したエジプト考古学者の河江肖剰先生いわく、これがツタンカーメンの第一の謎だそうだ。

「カノプス人型棺容器」 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

実はツタンカーメンとは別人疑惑があるというカノプス容器(内臓入れ)。そう言われてみると、黄金のマスクの顔立ちとは確かにちょっと雰囲気が違うような……? もし別人だったとしたら、大事な内臓の容器まで誰かのモノの使い回しだなんて、思ったより古代エジプト王家は世知辛いのかもしれない。

等身大に膨らむイメージと、アクセサリーの輝き

3階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

スーパーレプリカならではの、実際の使用に即した装身具の展示も面白い。ガラスケースに並べるのではなく、ミイラ型の台に載せて、どこにどんなアクセサリーが重ね付けされていたのかを実感することができる。周囲を取り囲んでいるのは、発見者ハワード・カーター氏によるスケッチ(複製)だ。元々は画家を志していたというだけあって、カーター氏の絵が上手くて非常にわかりやすい。

3階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

展示品は、発掘された膨大な装身具のほんの一部にすぎない。ツタンカーメンのミイラは発見当時、およそこの8倍もの物量の装飾品を身につけていたという。そんな無茶な重ね付けをしたら、生身の人間なら重くて起き上がることすらできないだろう。

ヒエログリフ読解に挑戦

3階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

会場中ほどでは、古代エジプト文明を読み解く手がかりとしてヒエログリフ(聖刻文字)の解説コーナーが用意されている。大まかなルールと、よく出てくる単語ひとつでも覚えておくだけで、この後の楽しさが全然違う。時間が許せば、じっくり向き合ってみるのがおすすめである。

ツタンカーメンの黄金のマスク裏面に記された、死者を復活させる「魔法のミイラマスクの呪文」を解説する監修の河江先生 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム


ツタンカーメンの部屋に「お呼ばれ」してみた

3階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

第3章「ツタンカーメンの日常」では、ツタンカーメンの部屋をイメージして再現された、豪華な王宮の一室に入ることができる。繊細な細工の施された調度品は、ツタンカーメンの副葬品として収められていたものだ。壁の模様は、実際に発見された“ツタンカーメンのおじいちゃんの家(アメンへテプ3世の王宮)”を参考にしているそう。

3階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

左は「ツタンカーメン王のマネキン」と呼ばれている木製胸像。現代のように着替え用マネキンとして使用されていたのかは不明だが、まだ幼さを残す王の顔立ちや雰囲気がよく伝わってくる。ツタンカーメンの即位は9歳、在位は19歳頃までだったという。

3階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

隣にはツタンカーメンのジュエリーケースも。これらは、ツタンカーメンが実際に身につけていた可能性が高いものだという。今の目で見てもオシャレでうっとりしてしまう。ちなみにスカラベ(フンコロガシ)のモチーフが多いのは、彼の即位名にちなんでいるらしい。

「黄金の玉座」 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

副葬品の中でも「最も素晴らしい」と発掘者に言わしめた「黄金の玉座」のまばゆさは圧巻だ。本展では、ツタンカーメン愛用の杖を椅子に引っ掛けた状態で、今にも彼が立ち上がって歩いてきそうな生々しさを感じさせる展示となっている。

ツタンカーメンのお気に入りだったと思われるこの玉座には、彼のふたつの名前が記されている。サイドの肘置き部分には「トゥトアンクアテン」、背もたれ部分には後から付け足されたと思しき「トゥトアンクアメン(=日本風に読めばツタンカーメン)」とある。改名は当時珍しいことではなかったようだが、ここには彼が短い生涯で一生板挟みになり続けたであろう、宗教改革の爪痕を見ることができる。

肌感覚で理解する、父王の異様さ

3階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

ツタンカーメンの父であり先王のアクエンアテンは、古代エジプト史上かなりの異端の王だったらしい。王国に根ざした多神教を否定し、「アテン神」だけに帰依する一神教へと宗教改革を断行。みんなが信じる死後の世界まで否定したため、王国は大混乱に陥ったそうだ。本展ではそんな父王の特異ぶりを表すために、強烈な光を放つアテン神(太陽を表す円盤+光線で表現される)を拝むアクエンアテン像……というちょっと不気味な展示空間が特別に造られている。

「アクエンアテン/アメンへテプ4世の彫像」 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

世継ぎの王子は「トゥトアンクアテン」と名付けられたものの、父王の死後あっという間に再びの宗教改革が起こり、王国は元の多神教信仰に収まる。アテン神信仰時代は無かったことにされ、「トゥトアンクアテン」は「トゥトアンクアメン」へと名前を変えた。それが少年王ツタンカーメンである。ツタンカーメンがアテン神信仰を本当に捨てたのかはわからないが、終始父王の身勝手の尻拭いをさせられていたようで、なんだか気の毒に思えてしまう。しかも結局、王家を混乱に陥れた張本人として、アクエンアテンとツタンカーメンは歴代の王を記録するリストから外されてしまうのである。ツタンカーメンが「歴史から消された王」と表現されるのはそのためだ。

〜移動時間は思考時間〜

3階〜2階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

展示フロアの移動にも凝った仕掛けが。階段じゅうに、ツタンカーメンにまつわる謎や驚きのトピックが湧き上がるように記されている。

ミイラを守る黄金色のマトリョーシカ

2階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

2階展示室に降りると、フロア全体が金色に発光しているようだ。第5章「ツタンカーメンの棺」のセクションでは、ツタンカーメンのミイラの、マトリョーシカのような“九重の守り”がほぼ完全再現されている(一番外側の厨子のレプリカだけ、大きすぎて持って来れなかったらしい)。

「第3の人型棺」 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

金箔の厨子たち、金箔の棺たち……、最後はおよそ110kgの純金でできているという人型棺だ。古代エジプト人は金ピカが好きなのかなと思ったら、金は腐食しないことから王の不滅の肉体を覆うのに相応しいとされていたそうだ。なるほど。ちなみに、3つ展示されている金色の棺のうち、2番目のものだけまた“顔立ちが違う”らしいので、ぜひ近くで見比べてみてほしい。こちらも誰かのお下がりなのだとしたら、やっぱりツタンカーメンはちょっと切ない。

この映像がすごい!

会場奥の大スクリーンで流れているのは、エジプトでスキャニングした副葬品一つひとつを最新デジタル技術で再現した映像だ。特に興味深いのは「しばらくの間、ディテールをお楽しみください」の数分間である。その間は敢えて解説は入らず、鑑賞者はただじっと遺物をどアップで観察することができる。

2階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

この、黙って対話する時間が、とても大切なのだと思う。ツルツルや凸凹といった細かい質感、寸分の狂いなく繰り返される模様、かと思えば意外と歪んでいる部分……。それらは全て、3300年以上前の人間の手仕事の跡である。当たり前のことだが、ピラミッドも金の厨子も黄金のマスクも、ぜんぶ「誰か」が作ったのだ。古代のロマン・謎というふんわりしたものではなく、一つひとつの遺物の向こう側にいる古代エジプト人の存在を初めて強く意識し、人間の営みに感動した。

黄金のマスクと間近で対面

「黄金のマスク」 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

ツタンカーメンといえば、やはりこの黄金のマスク。解説を聞いて驚いたのは、このマスクは純金ではなく23金製で、その上に18金&22金の「お粉」が化粧のように施されているという事実である。言われてみれば、金塊のような黄色がかった輝きではなく、ほのかに白っぽい。なぜそんな手間の掛かった技法が用いられたかは分かっていないそうだが、河江先生曰くそれは、白という色がアテン神の太陽光線を象徴する色だったからではないか、という。

「黄金のマスク」 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

写真では正面からのカットで紹介されることが多いマスクだが、背面も見事である。ガラスケース無し、実物では考えられない近さでヒエログリフを見つめられるのは、やっぱり本展ならではなのだ。

階段を降りると、そこはエジプトでした

1階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

そして何よりもここをお伝えしたい。本展最大の見どころだと感じたのは、最終章「ツタンカーメン王墓」における玄室の完全再現である。1階まで階段を降りると、そこから先はもうエジプト・ルクソール。衝撃的にリアルなのである。ここでエジプトの映画が撮れるな……なんて思ったら、この再現は本当に日本映画美術の職人さんたちの手によるものなのだそうだ。

1階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

ツタンカーメンの墓は、王族のものにしてはだいぶ小ぶり。壁画で彩られたこの玄室に、2階展示室で見た金の厨子がみっちり収まっていたらしい。壁画は面によって微妙に主題や表現様式が異なり、伝統的な葬送文化と父王の時代の異色な文化が折衷されているような状態だ。墓の中でまでふたつの宗教の間でバランスを取るツタンカーメン、やっぱりちょっと切ない。正面の壁右端にいる毛皮を纏った男は、ツタンカーメンのあとに王になった家臣のアイ。次の王の姿が亡き王の墓に描かれてしまっているのは異様なことだそうで(心情的に理解できる)、「歴史から消された王」ツタンカーメンの切なさがここに極まった感じがした。なお河江先生によると、この玄室のさらに奥に、未発見の空間がある可能性も提唱されているとのこと。いつかそれが見つかった時のために、この風景をよく覚えておこうと思った。

1階会場風景 (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

ちなみに壁画の黒い点々模様は、古代のカビを再現したもの。壁画が乾ききる前に墓を封印してしまったせいで、ツタンカーメン王墓は当時からカビが生えていたそうだ……

何度でも来たいと思うミュージアム

正直言って想像以上だった。実際にエジプトに行かなきゃ無理か……と半ば諦めていた、見たかったもの・知りたかったことを、この展覧会は驚くべきクオリティで与えてくれた。もちろん、現地でしか感じ取れないことはたくさんあるだろう。でもここで得られたものもまた、たくさんある。

個人的に一番可愛いと思った、ご陽気なライオンの軟膏入れ (C)WORLD SCAN PROJECT (C)ツタンカーメン・ミュージアム

王のミイラがどんな姿だったか、発掘された墓はどんな空間だったのか、全体のイメージをつかむのはものすごく大事なことである。今後、どこでどんな“ホンモノ”の断片的な展示を見たときも、きっとこの展覧会のことを思い出すだろう。全ての断片がいきいきと輝くための大元となるイメージを得られる本展は、古代エジプトを学ぶうえでの最高の入り口だ。およそ1年間にわたるロングラン開催なので、一度と言わず何度も、目に焼き付けておくことをおすすめしたい。

『MYSTERY OF TUTANKHAMEN/ミステリー・オブ・ツタンカーメン〜体感型古代エジプト展〜』は、2025年12月25日(木)まで、横浜みなとみらい ツタンカーメン・ミュージアム(PLOT48)にて開催中。

文・写真=小杉美香

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