子連れ歓迎! 千葉県君津市に湧く「チョコレート色の湯」を宝に、アップデートを続ける『亀山温泉ホテル』
房総半島の真ん中、千葉県君津市の亀山湖畔に湧くのは、足元が見えないほど真っ黒い温泉。つるすべ肌になれる美肌の湯には、「チョコレート色の湯」という名前も。気になるそのお湯で温まってみませんか。
今回の“会いに行きたい!”
亀山温泉『亀山温泉ホテル』3代目の鴇田英将(ときたひでまさ)さん
昭和5年に湧き出した黒湯を「チョコレート色の湯」と命名
「コーヒー色? 琥珀(こはく)色? いえ、うちの温泉はチョコレート色の湯なんです!」
千葉県君津市の亀山湖畔に立つ『亀山温泉ホテル』には、真っ黒なお湯が湧いている。驚くのはその肌ざわり。つるつる、しっとり、まるで美容液みたい! 太古の動植物の腐植質が地中に溶け込み、地下水と混じり合った、ミネラルたっぷりの美肌の湯だ。
同じ房総だと養老渓谷、東京ならば蒲田、神奈川だと川崎、北海道なら「モール温泉」といわれる十勝川温泉にも、同じような黒湯が湧く。地元では「茶水でしょ」と、色のついた湯を揶揄(やゆ)するような風潮もあったが、お客さんが「これはチョコレート色だね」と言ったのをヒントに、先代女将がキャッチコピーを考えた。それからはずっと、「チョコレート色の湯」と名乗っている。
「チョコレート色って、かわいすぎるかなと思いましたが、おもしろいのでそのまま使っています」と3代目であり、当主の英将さんは話す。自作ののぼりや宿のパンフレット、ホームページなどにも「チョコレート色」「チョコ色」の文字が躍る。
この地に温泉が湧き出したのは昭和5年(1930)のこと。天然ガスを採掘しようと地下を掘り進めるうちに、茶色い鉱泉にぶち当たった。ここに初代が私財を投じ、2本の源泉を確保したのだ。
昭和25年(1950)に宿泊施設を開業してからは、亀山鉱泉は温度が低いものの、沸かして入ればあせもなどの皮膚病にもいいと、評判を呼ぶ。
地下2000ⅿから湧き出す黒湯と、地下800ⅿから湧く塩分の強い塩湯。その二つの源泉成分が混ざった源泉が毎分200〜300ℓ、自噴する。千葉県でこの量の自家源泉をもつ宿は珍しい。
「あったらいいな」を一つずつ形にしていく
3代目の英将さんが宿に戻ってきたのは2008年。新卒で群馬県・伊香保温泉の老舗宿『福一』に入社して4年間働いたあと、1年間の海外でのワーキングホリデーを経て宿に戻り、「現実にやられた」そうだ。
修業先と自館では、知名度、サービス、料理、従業員のモチベーションすべてが違っていたからだ。自分一人があがいても、すぐには変わらない。そのギャップをどうしたら埋められるか、3代目の試行錯誤が始まった。
まずはウェブやブログ、パンフレットなどできることから工夫を凝らし、目に留まりやすいキャッチを考えたり、宿泊プランを変えたりした。広報・PRは得意分野だったので、ある程度結果はついてきた。しかし、施設のリニューアルには手をつけられなかったので、ジレンマを感じることも多かった。
それでも、補助金を使って全館にWi-Fiを導入したり、お客さんの思い出ムービーを上映するプロジェクターを設置するなど、やれることから取り組んだ。その甲斐もあり、訪れるお客さんも年々増加していった。
そんなとき、東日本大震災が起こり、すべてがストップしてしまう。
経営も難航し、思い悩んでいた英将さんの転機となったのは、旅館の次世代経営者向けセミナー。10日間、自分自身と向き合い、どんな旅館にしたいかを真剣に考えた。導き出したのは「一人ではなく、みんなでやっていきたい」という思い。あまり話をしてこなかった両親と向き合い、従業員とともに創りたい旅館像を明確にしていった。
こうして2020年には貸切半露天風呂「湯楽の湯」「亀楽の湯」(1時間3000円)、2022年には湖を望む「兎亀(とき)乃湯」(一日2組限定、5500円)が完成した。この名はイソップ寓話の「ウサギとカメ」をモチーフに、長寿と子孫繁栄の願いをこめて名づけたそうだ。
2021年には湖畔を望む中庭にドーム型のグランピング施設『glampark(グランパーク)亀山温泉』を、2023年5月には宿から少し離れた場所に6棟の『リトリートグランピング千葉亀山』を運営受託でオープン。宿泊形態の幅を広げたほか、車で1時間の範囲に温泉を宅配するサービスも始めた。
赤ちゃん連れにやさしいウェルカムベビーの宿
ここの宿泊者は、赤ちゃん連れの若い家族が多い。2019年、ミキハウス子育て総研が認定する「ウェルカムベビーのお宿」に認定されると、お客さんの6割が家族連れになった。審査項目は「内装の材質が安全か」「紙おむつを捨てる袋を準備しているか」など、100項目のうち70項目をクリアする必要がある。
『亀山温泉ホテル』では売店でおむつを販売し、離乳食の温めや哺乳瓶の殺菌・消毒などをサービスするほか、子ども用に90㎝、110㎝、130㎝と細かく刻んだサイズの浴衣やベビーソープを準備している。
「案外、小さなことで喜んでいただけます。自分自身の子育てを思い出して、必要だなと思ったものを用意しました」と英将さん。
料理は2019年に料理長が交代したのを機に、自由度を増した創作的なものに変えていった。
例えば、秋のメニューは千葉・市原の梨酢の食前酢から始まり、桜チップで燻したオイルをお好みで垂らしていただくポタージュ、バーガーや瓶詰めのプリンを盛りつけた先付けなど、斬新である。
さらに、湯葉で道明寺を巻いた東寺巻きはエスニック風。亀の形をしたかわいらしい昆布や葉っぱの形のニョッキが遊び心をプラスする。メイン料理は国産牛のグリルステーキ、鮑の踊り焼き、金目鯛の煮付けから選べる。子ども用にはミニプレートを準備している。
ここ数年で変化を遂げつつある『亀山温泉ホテル』。目指すは「地域づくりの核となる100年企業になること」。地域の宝であるチョコレート色の温泉をベースに日々、アップデートし続けている。
『亀山温泉ホテル』の詳細
亀山温泉ホテル
住所:千葉県君津市豊田65/アクセス:JR久留里線上総亀山駅から徒歩12分
取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2024年2月号より
野添ちかこ
温泉と宿のライター/旅行作家
神奈川県生まれ、千葉県在住。心も体もあったかくなる旅をテーマに執筆。著書に『千葉の湯めぐり』(幹書房)、『旅行ライターになろう!』(青弓社)。最近ハマっているのは手しごと、植物、蕎麦、癒しの音。