抗議殺到、賛否の嵐!「猟奇殺人事件とSMクラブ潜入捜査」描いた衝撃作『クルージング』のハードな音楽世界
過激なSM快楽の世界を覗く、衝撃の102分
『フレンチ・コネクション』(1971年)では麻薬密輸組織の実態を、『エクソシスト』(1973年)では悪魔祓いの儀式を生々しく描いて映画ファンを唸らせた鬼才ウィリアム・フリードキン。11月8日(金)から日本でリバイバル公開される『クルージング』(1980年)は、リスクを恐れず未知なる世界に挑み続けたフリードキン監督の衝撃作だ。
本作は、1970年代にニューヨークで実際に起きた猟奇殺人事件を題材にしたクライムスリラー。惨殺された被害者の多くが男性同士でハードな快楽に耽るSMクラブに出入りしていたことから、犯人逮捕を急ぐニューヨーク市警は、若い警官スティーブ・バーンズ(アル・パチーノ)に異例の昇進を約束して危険な潜入捜査に送り込む。しかし、同性愛者になりすましてアンダーグラウンドの世界をさまよううちに、バーンズは事件の背後にある暗い情念に飲み込まれていってしまう。
今日に至るまで激しい議論と検証が続く、問題作にして野心作
本作はその過激な内容が物議を醸し、製作当時ゲイ・コミュニティーから猛烈な抗議を受け、上映反対運動まで起こる事態となった。プロデューサーのジェリー・ワイントローブによると「物を投げつけられたり、撮影現場はまるで戦場のようだった(※注1)」そうで、一部の抗議の様子はドキュメンタリー映画『フリードキン・アンカット』(2018年)の中でも観ることができる。
※注1:「アル・パチーノ 熱情の演技派、孤独な愛」(芳賀書店 刊)より
こうしたトラブルに見舞われた結果、『クルージング』は本国での興行成績はもとより、フリードキンが映画のプロモーションやトークイベント(ティーチ・イン)を行った日本でも芳しい数字は残せなかったようだ。
当時の日本ではアル・パチーノの主演作『ボビー・デアフィールド』(1977年)や『ジャスティス』(1979年)が公開になった頃で、榊原郁恵が1977年に「アル・パシーノ+アラン・ドロン<あなた」という曲を歌っていたように、彼は“影のある二枚目俳優”として人気があった。それゆえ黒いタンクトップやレザージャケットに身を包み、潜入捜査官として夜な夜なSMクラブに出入りし、むくつけき男たちと激しく踊るパチーノの姿は女性ファンにとってショックが大きかったものと思われる。
1980年代に多くの人々に衝撃を与え、各方面で議論と批判の的となった大問題作『クルージング』。40年以上の時を経て、再評価の気運が高まる中での貴重な上映の機会をお見逃しなく。
普通のディスコ音楽には興味ナシ! フリードキンを魅了した音楽とは?
『クルージング』の製作にあたって、フリードキンは実際にこの種の店に足を運び、どのような音楽が流れているのかリサーチしたが、店内で聴いたのはドナ・サマーやKC&ザ・サンシャイン・バンド、ヴィレッジ・ピープルといったごく普通のディスコ音楽だった。
よりハードでエッジの効いた音楽を求めたフリードキンは、以前から交流のあったミュージシャンのジャック・ニッチェに協力を仰いだ。
ジャック・ニッチェはフィル・スペクターやニール・ヤング、ローリング・ストーンズとのコラボレーションで知られる作曲家/アレンジャー/音楽プロデューサー。映画音楽の分野でも『カッコーの巣の上で』(1975年)と『愛と青春の旅だち』(1982年)でアカデミー作曲賞にノミネートされ、後者ではジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズの主題歌「Up Where We Belong」で歌曲賞を受賞した才人である。
「ジャック(・ニッチェ)がいなかったら、自分はこのバンドを聴きに行かなかっただろう」と音楽通のフリードキンでもその存在を知らなかったジャームスは、過激なステージパフォーマンスを売りにしていたハードコアパンク・バンドで、本作には「Lions Share」が使われた。『クルージング』のサウンドトラックにはパンクロックがふさわしいと確信したフリードキンは、ザ・クリップルズ(LAのパンクバンド)の「Loneliness」、ラフ・トレード(カナダのロックバンド)の「Shake Down」など攻撃的な楽曲を次々と採用していった。
そのほかパーラメント/ファンカデリックのドラマーとして知られるジェローム・ブレイリーのソロ・プロジェクト、ミューティニーのファンクナンバー「Lump」を序盤のSMクラブのシーンで使用。そして刺殺事件の犠牲となる男が夜の公園をうろつくシーンでは、不遇時代のジョン・ハイアットが歌う「Spy Boy」が不吉なムードを醸し出している。
ニッチェは本作の劇伴も作曲しているが、知る人ぞ知る個性的なバンドやシンガーソングライターをフリードキンに紹介し、楽曲プロデュース(※注2:既製曲の「Lump」を除く)を手掛け、彼が望んでいたようなサウンドトラックを作り上げたことで映画に大きく貢献したと言えるだろう。
文:森本康治
『クルージング』は2024年11月8日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開