【私、この店、大好きなんです】自らの煩悩と闘い、ひたすら「締め」を目指す(福岡市・野間)
「飲んだ後の締めは、やっぱラーメンよね」なんて時代が、ワタクシにもあった。しかし、30代終盤になると、段々とそのラーメンがキツくなり、五十路に足を踏み入れると「締め」という概念自体が消えてしまった。
そんなワタクシに「締め」の悦楽を思い出させてくれたのが、この店。飲んだ後でも蕎麦なら食える! 手打ちの麺はツルツルと喉を通っていく。そして、翌朝も胃もたれしない。クオリティ・オブ・ライフが急上昇——などと浮かれていたのだが、この店は日本酒もウリなのだ。しかも、肴もうまい。ついつい日本酒が進んで気持ち良くなるのはいいのだけれど、そこは五十路、飲みすぎると、胃に蕎麦が入るスペースがなくなってしまう。
そんな経験を幾度か繰り返した挙句、ついには「締め」から、その日の注文を逆算するという習慣を身に付けた。店に入ると、まずは瓶ビール、サッポロラガーを注文。1杯グビッと飲み干したら、旬の食材を使った料理が並ぶ黒板を一瞥。季節替わりの蕎麦が目に留まる。あぁ、心惹かれる。けど、ちょっと高いんだよね。その後、手元のメニューに視線を落とし、蕎麦のページへ。しばし季節の蕎麦と定番の蕎麦を交互に見て、締めの蕎麦を確定する。そして、肴のセレクトに移るわけだ。「肴盛り」「とちお揚げ」「かも団子」「小柱のかき揚げ」などなど、どれも捨て難い逸品なのだけど、その日の腹の空き具合や締めの蕎麦のボリュームを考慮し、緻密なシミュレーションを繰り返した結果、2品を目安にチョイス。その頃には瓶ビールも残りわずかとなっているので、肴とともに日本酒をオーダーする。2合をぬる燗でよろしく。ようやく、肩から力を抜いて椅子に深々と座り直す。
酒は2合で足りるのか? いや。飲み足りん。しかし、全ては締めのため。お銚子が空になったら、迷わず蕎麦を注文するのだ。飲んだ後は温かい蕎麦を推したい。出汁が心に染みる。蕎麦を一気に啜り、そして「今日も蕎麦が食えた。自分に勝った」とひとりごちる五十路オヤジであった。
手打ちそばと和酒 サケハジメ
福岡市南区野間2丁目7−13
092-231-0786
長谷川和芳
福岡のディープエリア筑豊出身。角川書店(現KADOKAWA)にて、情報誌編集長を務める。退社後は福岡に戻り、企業の広報誌やWEBの企画、インタビュー記事執筆などを手がけている。週3日は休肝日。