【インタビュー】オペラ界のスター、リセット・オロペサ 新たなレパートリーを手に待望のソロ・コンサートで来日
マリア・カラスの名前はオペラファンならずとも広く知られているが、では彼女の功績はなんだったのか? それを説明できる人は意外に少ないのではないだろうか?
「カラスの一番の功績はベルカント・オペラを復活させたことに決まっているじゃないか」と一言で答える向きもあるかもしれない。確かに正しい。だが、そんな一言で片づけられるほどベルカント・オペラを上演するのは簡単なことではない。現に、新国立劇場では開場から25年たってようやくベッリーニのオペラがレパートリーに加わった。ロッシーニ、ドニゼッティとも60曲以上のオペラを作曲しているが初台の舞台にかかったのはそれぞれわずか2、3作品。世界の名だたるオペラハウスと比べて寂しい数字だ。ただ、300年以上の歴史を誇るパリ・オペラ座においても『清教徒』(ベッリーニ作曲)はこれまで43回しか上演されておらず、カラスの死後48年たった現代においてなお、ベルカント・オペラの上演がいかに貴重なものであるかが窺い知れる数字である。
ところで、前述のパリ・オペラ座『清教徒』に目を向けると、43回のうち10回がなんと今年(2025年)の2、3月にかけて上演されているのである。その上演の核となっているのは間違いなくリセット・オロペサ(ソプラノ)だ。至難なエルヴィーラ役を1人で全公演歌い遂げたというだけでも偉業だが、パリで初日を迎える1か月半前には同じく超絶技巧が求められる『マリア・ストゥアルダ』(ドニゼッティ作曲)の主役デビューを成功裏におさめ、着々とマリア・カラスの系譜に連なるレパートリーを手中におさめている。
そんなオロペサが日本の聴衆の前に姿をみせたのは2022年。現代最高峰のバリトンの一人、ルカ・サルシとのデュオコンサートであった。そのあとローマ歌劇場『椿姫』、メトロポリタン・オペラのコンサートと来日を重ね、この春には満を持してソロ・コンサートのために来日する。
「今回は2回コンサートがありますので、それぞれプログラムを変更しています。モーツァルト、ロッシーニ、ドニゼッティ、ヴェルディ、ベッリーニ、マイアベーアなどの作曲家のアリアを含む、多彩なプログラムを用意できたことをとても嬉しく思っています!」と語るオロペサ。
『リゴレット』などの有名なオペラ・アリアも嬉しいが、『悪魔のロベール』や『夢遊病の女』など、聴く機会の限られた作品がプログラミングされているのはオペラファンにとって嬉しいポイントではないだろうか。
「偉大なベルカント・オペラの作曲家たちは皆、真の天才でした。彼らはそれぞれ独自のスタイルをもっています。ですから、彼らの音楽を歌うときにはその作曲家ならでは特徴をきちんと表現することが重要です。
例えばロッシーニの魅力は、私が今度のコンサートで歌う、彼のもっとも叙情的なアリアの一つ『ギヨーム・テル』の“暗い森”にあります。ロッシーニといえば速いコロラトゥーラのイメージが強いと思いますが、実は、彼はオペラの中でも最も美しいメロディーをいくつか書いており、このアリアはその素晴らしい例です。
ベッリーニも美しい旋律の名手でした。私が今回のコンサートで歌う、『夢遊病の女』のカバレッタは、コロラトゥーラ・ソプラノのために書かれたもので、彼の非常に技術的な作曲法の好例といえます。
ドニゼッティのオペラでは『ランメルモールのルチア』のドラマティックなアリアを歌います。彼が歌唱よりも劇性を重視し、強調するようになったことは、後にヴェルディに影響を与えました。
私はオペラ歌手としてキャリアを築いていくうえで、これらの作曲家の作品を数多く歌えることを非常に光栄に感じています」
もう一人、オロペサのキャリアを語るうえで欠かせない作曲家がいる。モーツァルトだ。
「私はモーツァルトの音楽が大好きで、今度のコンサートでは『後宮からの逃走』より、火花が散るような技巧の素晴らしいアリアを歌う予定です。この曲は技術的な難しさでいっぱいです! 大きな飛躍、音階、スタッカート、長いフレーズ、低音から高音まで音域が広く、歌うのはとても難しいです。でも、私はこのアリアが大好きで、ぜひ日本のお客様に聴いていただきたいと思いました。私にとって、モーツァルトは音楽の訓練において基準となる作曲家です。私は長年フルートを学び、彼の曲をたくさん演奏しました。声楽を正式に学び始めたとき、モーツァルトの声楽の書き方と器楽の書き方に多くの類似点があることに気づきました。なぜなら、彼の曲は技術的に歌うのが難しいだけでなく、感情的に満足感を与えるものでもあると思うからです。ほんの数フレーズでも泣けてきます……。モーツァルトは史上最高の作曲家だと思います」
モーツァルトの音楽については多くの演奏家たちがその重要性を口にしている。往年の名歌手ルネ・フレミングは「モーツァルトが私の声を守ってくれた」と語り、今回のコンサートで指揮をとる名指揮者コッラード・ロヴァーリスは「彼女がモーツァルトのアリアでプログラムを始めると決めたことを、私はとても嬉しく思っています。若い歌手はみな、モーツァルトからテクニックを身に付けるべきで、オロペサさんは素晴らしいお手本です。プログラムについては、モーツァルトから始め、2種類のプログラムを用意しています。彼女の卓越したテクニックによって、絶妙な解釈と表現の世界へ導かれると思います」と期待を寄せている。
日本でのコンサートを終えたあとは休むまもなく『アルチーナ』、『群盗』、『マリア・ストゥアルダ』と上演が稀な大作への出演が続く。
今後はマルグリート(『ファウスト』)のロールデビューも控えていると語るオロペサは確実にカラスのレパートリーを受け継ぐと同時に、カラスが舞台で歌わなかった作品にも果敢に挑戦を続けている。もしカラスの功績が埋もれた名作を復活させたことであれば、オロペサも数十年後には同じように語られる日がくるかもしれない。そんな予感を感じさせるオロペサの活躍を客席から見守るチャンスがある現代の聴衆は幸運だ。カラスの歌声はどんなに願っても聴くことはかなわないのだから。
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