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「飴=甘い、美味しい」を超えた新たな価値創出を――カンロ 常務執行役員マーケティング本部長・内山妙子インタビュー

Marketing

カンロ飴のV字回復で気づいた企業ブランドの価値

――飴やグミがよく売れていて、業績が好調です。そこで、マーケティングがどんな形で業績向上に貢献しているのか、内山さんがマーケティング本部長就任後に始まった新しい取り組みなどについて伺います。

まず、常務執行役員でマーケティング本部長を務める内山さんご自身のことをお聞きします。最初はデザイナーとしてカンロに入社し、そこからマーケティングへ移ったとのこと。結構異色と思いますが、いかがですか。

カンロ入社前はデザイン事務所に就職が決まって、そこでバイトをしていました。ただ、将来に少し疑問を感じることもあって入社を取りやめたのです。その後、カンロが中途採用でデザイナーを募集していると知り、試験を受けて入社しました。そのため1社目ではありますが、新卒採用ではなく、いきなり中途採用です。

カンロでのデザイナー業務は、自分で絵を描くわけではなく、商品を作るときにデザイン会社に説明するようなディレクションが大半でした。しかもデザイン自体に特化した部門がその後閉鎖されてしまい、当時まだ新設だったマーケティングの部署に異動になりました。

――デザイナーの仕事がなくなったから、とりあえず新組織であるマーケティングの部署に移ったという感じですか。それが花開くわけですから人生、わからないですね。マーケティングの部署ではどんな仕事をしていましたか。

最初はデータの分析や調査です。会社が取得していたデータや店頭のPOSデータなどを分析していました。その後、広告宣伝のプロジェクトチームに入り、少しずつ領域が広がっていきました。

――ご自身の中で転機になったことは何ですか。

いくつかあります。例えば、できないことができるようになったときや、自分がしたいことと会社が求めていることが合致したときなどが該当すると思います。いくら自分が好きで望んでいることでも、会社の方向性と異なるとなかなかうまくいきません。

振り返って転機になったと思うのは、カンロ飴という商品を担当していた20年前のことです。それまでは例えば、のど飴担当のときなら健康のど飴のCM作りなどをしていたのですが、企業の名前のついた商品であるカンロ飴を担当したときに初めて、カンロという企業ブランド、コーポレートのブランドを意識するようになりました。当時はカンロ飴の調子が良くなく、少しずつ売り上げが落ちている時代だったのですが、ちょうどカンロ飴が50周年を迎えるにあたって打ったキャンペーンが功を奏する形で社内のスイッチが入り、営業がカンロ飴を強力に売り込んでくれたり、地方でもキャンペーンを盛り上げてくれたりして、売り上げがV字回復するのを経験しました。結果として商品だけでなく、カンロという企業のブランド価値をどのように上げていくかに目を向けられたのは良いきっかけになりましたし、そこで良い成果を出し、ブランドの回復、向上に貢献できたことは自分の中で転機になりました。

トレンドになったピュレグミの人気と課題

――常務執行役員 マーケティング本部長として、日頃どんな仕事をしているのですか。

マーケティング本部の傘下に商品開発の部隊を持っているので、ピュレグミなどそれぞれのブランドの商品に関する打ち合わせが多めです。プロモーションやデザインなど各所の希望を踏まえながら意思決定をしていきます。

ほかには中期経営計画に基づく商品作りやマーケットの選定といった戦略の立案をはじめ、カンロがコーポレートとして外部に発信するメッセージやストーリーを作ったり提言したりすることにも携わっています。

あとは、部外とのプロジェクトチームにも参加しています。例えばピュレグミの海外進出を強化するための分科会や、サステナブル委員会の食の安全・安心分科会でリーダーをしているので、サステナ文脈で顧客起点から商品をどう変えていくかといったプロジェクトに出席しています。

――聞いているだけでも幅広くて、毎日の充実ぶりが伺えます。そんな日頃の業務の主軸となるカンロのマーケティング戦略の特徴とは、どんなことですか。

2016年ごろから「ブランド基軸経営」を打ち出して、新商品の点数を絞り、既存の商品ブランドにリソースを集中させました。おそらくその選択と集中が今、芽となって出ているのだと思います。

画像:カンロ株式会社

――「ピュレグミ」などの人気ブランドもそうですか。

グミについてはおかげさまで今ブームであり、トレンドになっていますので、特別な施策を打たなくてもオーガニックで伸びている状態です。グミは以前から新しい商品が出ては消え…というカテゴリなのですが、カンロはピュレグミほか数ブランドに絞って、コミュニケーションをし続けた結果、定番として残ることができました。

定番になる商品が多いと安定した売り上げとなり、安定した生産体制が整って、利益につながります。これまでも強力そうな競合商品がいろいろと出てきては皆で対応を検討したこともありましたが、結局勝ち残るという経験を何度もしました。だから一喜一憂しないほうがいいし、またこの状況を良しとして思考停止しないようにとも言っています。

――なぜカンロの商品は勝ち残ったのでしょうか。味ですか。

営業の力が強いことに加えて、顧客とのコミュニケーションに積極的な会社の動きも大きいと思います。会社の動きの一環として、今年からCX(カスタマーエクスペリエンス)推進部を立ち上げました。ECを統括しているデジタルマーケティングの部隊と広報のコーポレートコミュニケーション部が一緒になることで、「カスタマーエクスペリエンス」というカンロと顧客との連続的なコミュニケーションで関係値を高めていきます。

新たにCX推進部を立ち上げたのは理由があります。それは国民の多くがピュレグミを知っているわけではなく、調査をすると認知度はまだ半数に満たず、しかもピュレグミがカンロの商品だと知っている人はさらに少ないからです。プロダクトブランドとしての強さはあるものの、そこからカンロ株式会社へと繋がる力はそれほど強くありません。皆さまに注目していただいた結果、個々のピュレグミが強くなり、売り上げも上がってきているのは素晴らしいのですが、私がカンロ飴を担当したときに抱いた「ブランドからカンロ株式会社を想起する割合が低い」という課題感は、いまだ残っているのが現実です。

オールカンロで注力する顧客起点の取り組み

――確かにピュレグミをよく食べる層でも「カンロのピュレグミ」とまでは意識していない人たちが一定数いそうですね。これまでは顧客とどのようにコミュニケーションを取ってきたのですか。

顧客視点と顧客起点の両方を意識しています。我々の中で顧客視点は、お客さまのことをよく知って、そこから良い商品やサービスを作ること。顧客起点はそもそもが顧客の不を解決するところから始まるという認識です。これからは顧客との直接的なコミュニケーションを活性化させることで顧客起点に一層注力する方針で、お客さまにどんな不やニーズがあってカンロと繋がったのか、どんな商品やサービスで解決しようとしているのかについて、解像度を上げて取り組みます。こうしたコミュニケーションは、これまでもECやサブスクの定期便の文脈では手掛けてきましたが、オールカンロで取り組むことはできていませんでした。

――ECでのコミュニケーションとは、買ってくれたお客さんに感想などを書いてもらうことですか。

そうですね。結構書いてくださるので、とてもありがたいですし、その意味でもECは大事だと思います。もともとECを始めたのは、「グミッツェル」というヒトツブカンロ(カンロの直営店)の限定商品を売っていた館がコロナ禍で休業し、売り場がなくなったことがきっかけです。お客さまにしてみれば、買いたいのに買える場所がない不ですが、賞味期限のある商品なので、このまま捨てるしかないのか…と悩んでいたところ、「それならECで解決しよう」となり、今では考えられないのですが、カンロの本社から商品を自分たちで発送したのがECの始まりでした。

もちろん大変でしたが、同時にお菓子のECに成功しているDtoC企業はそれほど多くない中で、ヒトツブカンロならいけそうとも思いました。そこで、Kanro POCKeT(カンロポケット)というEC機能も備えたプラットフォームを立ち上げて本格的にスタートしたのが今のECに繋がっています。

自社ECの強さの1つは顧客のIDが取れることです。顧客の顔はわからないけど、やりとりを重ねるうちに何となくどんな人なのか見えてきて、親しみの感情が湧いてくることもあります。エンゲージメントが高まると、例えば生年月日を入力していただけることもあるので、誕生日にメッセージを贈ったり、好みに合いそうな商品をお勧めしたりできます。そのように顧客との関係性を作りやすいのがデジタルのメリットです。

――ECやWebサイトなどのデジタル以前は、小売店を通していたわけで、顧客との直接的なコミュニケーションは難しかったと思います。

難しいですね。顧客が広告を見て商品を買い、“食べて美味しかった”では一期一会で終わりがちです。実際には商品にちょっと不具合などがあって、お問い合わせを頂くときに、電話の場合はカスタマーセンターが真摯に対応しつつ、お話をしっかりと伺うようにしたり、Webサイト経由なら、ストレスなく操作できてユーザビリティが高く、ついでにほかの商品も購入したくなるような素敵なUI/UXになるようこだわったりして、“来ていただいたお客さまを逃さない”という意識を徹底していました。

先ほども申し上げたように、今年からECとコミュニケーションの広報機能が部として一緒になりましたので、今後は顧客の生活にポジティブな影響を与えられるような商品・サービスを開発、提供し、より顧客に寄り添ったコミュニケーションを取っていきます。

「カンロひとつぶ研究所」で新たな価値創出を

――お客さんから「こういう商品が欲しい」と言ってくるわけではなく、不満から始まるのが多いんですね。私は以前テスト販売されていた「味のしない?飴」が欲しいです。冬の季節は喉が乾燥しやすいですし、取材中も乾燥で咳が出ることもあるので、カンロの「ノンシュガー 果実のど飴」が手放せないのですが、連続して舐め続けていると口の中が甘ったるくなってきます。だから、喉を潤すためだけの「味のしない?飴」が欲しい。

最初はネタ消費というか、「味がしないなんて面白いね」で終わるかと思ったのですが、カスタマーセンターに「待っていました!」のような声がたくさん届いて驚きました。味が欲しいわけではなく、喉を潤したいお客さまがこんなにいらっしゃるのか、と。

その話と直接つながるわけではないのですが、飴・キャンディには「甘い」「美味しい」だけでなく、「喉を潤す」のような体験価値がまだあると思います。そうした価値を創出するため今年、「カンロひとつぶ研究所」を立ち上げました。この研究所でお客さまと「キャンディの価値」をあらためて考えるプロジェクトをスタートしていきます。

画像:カンロ株式会社

――マーケティング投資に積極的な会社という印象です。組織も2024年1月に改編されて、マーケティング本部として横串を刺せるようになったことも好調な業績を後押しする要因なのでしょうか。

業績に効いているかどうかは、私の口からは申し上げられませんが、先ほども申し上げたように組織変更前は、デジタルマーケティングやEC部門は、マーケティングチームとは異なる部隊になっていて、各ブランド部は営業部の中に位置づけられていました。そのため、マーケティングもブランドごとに行う必要があり、どう売るかという話になっても、スーパーやコンビニ、ドラッグストアなど小売店ベースの考え方が中心でした。もちろん、小売店が重要なのは変わりありませんが、新組織ではデジタルマーケティングやEC部門などの関連領域を統合し、マーケティング本部として横串を刺せるようになっています。その結果、例えばピュレグミをECで売ったり、海外でもっと展開したりするためにはどうすれば良いかと視野を広げて考えられるようになったのは良いことだと思います。

――わかりました。次はMarketing Native恒例の質問です。内山さんはマーケティング本部長としてだけでなく、それまでも「ヒトツブカンロ」の立ち上げに参加したり、40年ぶりとなる新コーポレートアイデンティティの導入に尽力したり、デジタルマーケティングやデジタルコマースの部署で重責を担われるなど重要な局面に携わってこられたと思います。振り返って、仕事で成果を出すために内山さんは人よりもどんなことを頑張ってきたのか、あるいは人よりどんな点が優れていたとお考えですか。

インプットをたくさんしてきたことが今につながっているという気がします。お金だけでなく人脈なども含めてですが、これまでインプットしてきたものを今、アウトプットしているという感覚があります。若いときはそこまで思わなかったのですが、やはりインプットした分しか出せないですし、しかもずっと貯め込んでおくのも良くないと思います。だからインプットした分をどのようにアウトプットしていけるか、今考えているところです。

――具体的にどんなインプットをしてきましたか。

衣食住にお金をかけるタイプです。お金をかけていくと、衣食住それぞれの道で繋がりができてきます。すごい人の真似をそのままできるわけではないですが、それでも意思決定をしたりアイデア出しをしたりするときに、人との出会い、本物との出合いを積み重ねてきたことが私の中で影響していると感じます。具体的にどんな影響があるかについて言及するのは難しいのですが…。

――衣食住でお金をかけてきた無形の蓄積が今、アウトプットとして花開き、成果につながっているということですか。

ちょっと恥ずかしいですけど、そう捉えています。人それぞれにお金や時間のかけ方は異なりますが、インプットをするということは忘れずに続けてほしいと思います。

戦略的な思考と言語化能力

――内山さんが一緒に仕事をしたくなる優秀なマーケターとはどんな人ですか。

堅めの言い方になりますが、戦略的な思考のできる人と、言語化能力の高い人です。戦略的な思考とは、ゴールから逆算して、結末に至るまでの目標をいくつか設定し、それぞれの目標を決められた期限内に達成していく力で、ゴールまでの道筋が見えているため、個々の打ち手にブレが生じません。そのためなぜその打ち手が必要なのかと私が質問をしても、ゴールを見据えた上での1つずつの行動に的確な説明をしてくれます。

もう1つの言語化もとても大事で、組織で仕事をしている以上、何を考えているのか伝わらないのでは困ります。自分がかわいいと思ったことをただ「かわいいと思います」ではなく、私のような昭和生まれの人にも、「ターゲットでないから」で終わらせず、なぜかわいいと思うのかを具体的に説明できる力が必要です。

――最後に組織づくりの話をお聞きします。マーケティング本部長になって約1年。部下は今、何人くらいいて、これからどんな組織にしていきたいですか。

マーケティング本部には今、約40人います。これから多様性のある自立型の組織を目指していきます。大きな方針は示しますが、あとはゴールへの道筋を見ながら、個人とチームそれぞれが自主自立し、互いの専門性をリスペクトしながら進んでいくことが理想です。トップダウン型の組織は作りたくありません。

――そんな組織づくりのために実行していることはありますか。

今はコミュニケーションが中心です。部課長たちとのコミュニケーションが大半ですが、開発担当の人たちが商品のアイデアを持ってきてくれたときにはアドバイスをすることもあります。異なる部署が合併して新設された部署なので、壁ができないようにし、全体的にコミュニケーションの流量が多くなることを意識しています。

――組織作りは難しいですね。

難しさと同時に、良い意味で面白さも感じます。いろいろな価値観をもっている人が集まっているので、タイパ・コスパを気にするとされるZ世代も社会で活躍しています。一方で、“古き良き昭和”が好きな人もまだ会社には一定数混じっています。その混在ぶりに面白さを感じます。

私は、方針に向かって仕事をしてくれれば、いろんな考え方の人が互いに尊重し合える多様性のある組織にしていきたいです。そのため、そうなるように舵を切ったり、皆を応援したりしています。まだ本部長に就任して2年目ですが、これからさらに機能的で創造性のある組織を作り上げていきたいと思います。

――本日はありがとうございました。

Profile
内山 妙子(うちやま・たえこ)
カンロ株式会社 常務執行役員 マーケティング本部長。
1991年デザイナー職でカンロ入社後、マーケティング業務に従事。直営店「ヒトツブカンロ」立ち上げや40年ぶりとなる新コーポレートアイデンティティ導入に参画。2018年執行役員 コーポレートコミュニケーション本部長就任。2021年デジタルマーケティング推進プロジェクトPM。2022年に新設されたデジタルコマース事業本部の本部長兼務。2024年マーケティング本部長就任、現在に至る。

カンロ株式会社
https://www.kanro.co.jp/

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
X:@hayakawaMN
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