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ねぶたの熱狂を操る指揮者「扇子持ち」

まるごと青森

ねぶたの熱狂を操る指揮者「扇子持ち」

気が早いにもほどがありますが、春になれば青森市民としては今度は夏の青森ねぶた祭が楽しみになってくるというものです。

「扇子持ち」という言葉を聞いたことがありますか?

ほとんどの人がこの言葉を知らないのですが、実は青森ねぶた祭を影から支えている、花形ポジションなんです!

青森市民憧れの存在「扇子持ち」の世界へご案内します。

県庁ねぶた月駿会 扇子持ち 葛西 晋氏は20年のベテラン

扇子持ちとは?

青森ねぶた祭の起源については定かではありませんが、江戸時代には現在の3分の1から半分ほどの大きさのねぶたをかついで歩く風習があったという記録があるほど、地域伝統の古くからの祭です。

横幅9M、高さ5M、奥行7M、重さ4トンもある巨大なねぶたを周囲にぶつけずに運行するための誘導役「扇子持ち」の重要性はとても高く、日本を代表する夏祭りの花形・名誉職です。祭で練り歩く人数は毎年およそ12万人もいる中で、扇子持ちはたった80名ほどしかおらず、その割合はわずか0.6%という選ばれた存在なのです。

一度、故郷・青森を離れても、ねぶた祭恋しさにUターンする市民もいるほど。その祭に欠かせない存在である扇子持ちは、地域と人をつなげる役割の一部も果たしているのです。

仕事ぶりのここを見て!

安全運行を叶える高い空間把握能力

ねぶた祭の運行ルートには、雪国青森ならではの狭いアーケード通り「新町通り」があります。ここは、ひとつの信号を避けたと思ったら今度は街灯が立ちはだかるという具合に、扇子持ちにとっては気の抜けない難所です。

最大の難所・新町通りの信号をくぐる

1団体あたり1千万〜2千万円もかけるねぶた、もしぶつけたとあれば制作者のねぶた師は徹夜して修復する必要があります。また、祭のこととは言え警察沙汰にもなるので、絶対に避けたいトラブルです。

次々と現れる障害物に、複雑な形状のねぶたを接触させないために、一部の扇子持ちは制作段階から現場を頻繁に訪れ、自らも制作を手伝いながら、ねぶたの形状を頭に入れていきます。

また、祭が近くなると運行ルートの下見をする扇子持ちもいます。理由は信号や街灯など障害物の位置が、1年経つと微妙に変わっていたりするため。このような事前チェックも含め、本番前に周到に用意をしているからこそ、上手に障害物をよけることができているのです。

観客を喜ばせるエンターテナー性

観客を喜ばせるため、ぶつかるギリギリ手前まで近づけてねぶたを回転させるサービスは扇子持ちの真骨頂です。美しいねぶたを間近で見られる喜びと、巨体が迫ってくるスリルに観客から大歓声があがる場面です。熟練した技術と経験がなければできない、ベテランならではの演出です。

ギリギリでのターンに大盛り上がり! ついていきたくなる男気

いきいきとねぶたを動かすためには、ねぶたを引っ張る曳き手(ひきて)たちとのチームワークが最も大事。双方の信頼関係ができているかどうかが鍵となります。

真夏に4トンもの巨体を3時間引っ張り続け、汗だくになる彼らのために、扇子持ちは停止中にはすかさず飲み水を補給させたり、仕事道具の扇子であおいであげたりしてねぎらいます。

北国・青森も8月上旬は暑いんです

扇子持ちになるには?

青森市民憧れの存在である花形・扇子持ちにはどうやったらなれるものなのでしょうか?

全参加団体の扇子持ちを統括する存在である、青森ねぶた運行団体協議会 会長のヤマト運輸ねぶた実行委員会 山内 誠氏によると、扇子持ちが備えるべき素質は以下の通りです。

扇子持ち歴30年の大ベテラン 山内 誠氏

①ねぶたバカであること。ねぶたを愛していること。

②人望があり、ねぶたへの情熱を伝え、周囲を巻き込むことができること。

③団体ごとのねぶた師との絆がしっかりとあり、精魂込めて作った作品の運行を任せてもらえること。

扇子持ちデビューの機会は団体によって異なり、人事異動のタイミングであったり、前任者からの指名であったりと様々だそうです。

家族から「セミ男」と呼ばれている?!

祭期間の1週間は華やかに目立つ扇子持ちですが、それ以外の358日はどのような生活をしているのでしょうか?質問に対し山内会長は自嘲して「家族からは『セミ男』と呼ばれているんですよ」と語りました。

意外なことに、普段の日常生活では特段目立たない、穏やかで常識的な生活を送ります。彼らの職業も頭脳系から体力系まで様々です。各団体の社員やOBが扇子持ちを務める場合もあれば、外部のねぶた好きの人に扇子持ちを依頼する場合まで、色々なケースがあるようです。

「台上げ」とは、ねぶた本体を台車の上に載せる作業のこと

山内会長曰く、「我々が祭期間活躍できるのは、家族の支えがあるからです。例えば祭装束ひとつ取っても、汗だくで帰宅しても翌日の出番に備えるために、即洗濯・アイロンがけして献身的に支えてくれる家族がいるからこそ、成り立っているんです。その感謝を示すために、普段は奥さんのお尻にしかれて、ひたすらおとなしく暮らしていますよ(笑)」 偉い人なのに、コミカルに語ってくれました。

若手最注目の扇子持ち

そんな山内会長が、若手扇子持ちの中で再注目の存在と推すのが、プロクレアねぶた実行プロジェクトの扇子持ち・宮本 正裕氏(38)。

ねぶた制作中はねぶた小屋の中を歩き回るだけで毎日1万歩は歩くという宮本氏。それが扇子持ちとしての体力づくりにもなっているとか

実は扇子持ちでありながら、有名ねぶた師の竹浪比呂央氏の主宰する「竹浪比呂央ねぶた研究所」制作スタッフでもあるという異色の経歴。同じく竹浪比呂央氏の弟子である野村 昂史(たかし)氏が現在プロクレアねぶた実行プロジェクトでねぶた制作をしている縁で、宮本氏が同団体を指導するという形で、扇子持ちをしています。

これは、ねぶた制作にしっかりと関わることでその形状を理解し、またねぶた師から作品を任せてもらえる信頼関係が構築できているという、扇子持ちの条件にまさしく合致している例です。

後継者育成のために

ねぶた祭がいつまでも続いていくために

宮本氏が取り組んでいるのが、今後の扇子持ちの育成についてです。

青森ねぶた祭に不可欠な名誉職である扇子持ちですが、実態として祭の前後に担う役割が非常に多く、重責を背負っていながらほぼ無給でそれを請け負っています。また、これまでは「師匠の背中を見て覚えろ」という風潮が強く、後継者育成という概念が薄い役職でもありました。

動作をレクチャーする葛西氏

宮本氏は若い感性で、昨今では扇子持ちの重責や、従来の体制を敬遠する若い世代も多くいると感じています。また、賞を競い合う団体同士はともするとライバル関係であることから、あまりお互いの交流がなく、技術の共有がほぼ無い状態でしたが、より団体同士の交流を促進することで扇子持ちの技術を継承していくため、宮本氏は史上初の試みを様々行ってきたのです。

ねぶた史上初のイベント!

まず令和6年4月28日に開催された「扇子持ちシンポジウム」。これからの扇子持ちに必要なことなどを各団体の扇子持ちが語り合うという、ファン感激のイベントでした。

シンポジウムのチラシ

また、祭本番中の同年8月5日には、参加団体の扇子持ち集合写真の撮影を実施。扇子持ち同士の交流促進につながりました。

色とりどりの扇子が鮮やか

集合写真は令和7年にも同じく8月5日に撮影予定とのことです。ぜひ祭を支える扇子持ちに注目し、扇子持ちのかっこよさに酔い、青森ねぶた祭をより深く楽しんでください!

by フォレスタ

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