ユネスコ無形文化遺産登録で加速する? わたしたちの本格焼酎が“世界のSHOCHU”になる未来
海外トップバーテンダーが九州の焼酎蔵を訪れた
クオリティーズ編集長の日野昌暢です。
本格焼酎は九州の地酒であり、大きな可能性を持つ地域資産でもあります。その可能性が今、グローバルに広がりつつあるのは、クオリティーズでも数回に渡りお伝えしてきました。
〈▲ 「毎日、焼酎飲んでます」(日野)〉Photo:Yuji imai
また先日、本格焼酎・泡盛や日本酒などを含む日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録され、わたしたちの焼酎は“世界のSHOCHU”となる流れは加速していくものと思われます。
ただし。
最初に申し上げておくと、私は「焼酎はロックで飲むのが一番美味しい」と思っている“本格焼酎原理主義者”。そういう意味では、昨今の本格焼酎を巡る新しい潮流に「おもしろさ」を感じつつも、100%乗り切れていない部分があったことを告白しておきます。
そんな私が今回、大分・熊本・宮崎・鹿児島の4県が合同で開催した本格焼酎セミナー『SHOCHU DISCOVERY』に参加してきました。
‹▲ セミナーに登壇した日米のトップバーテンダーたち。向かって左からDon Lee(ドン・リー), Phil Ward(フィル・ワード), Anu Apte-Elford(アヌー・アプテ・エルフォード), Julia Momosé(ジュリア百瀬), Andrea Minarelli(アンドレア・ミラネッリ), 野村空人の6名(敬称略)〉Photo:Sonia Cao
大分県、熊本県、宮崎県、鹿児島県の4県の合同企画として、米国のトップバーテンダーらを日本に招聘し、4県の蔵をまわって、生産の現場を肌で感じながら本格焼酎のことを知ってもらう取り組み。
本セミナーはそのツアーの最終日である2024年 11月15日にシェラトン鹿児島で実施されたもの。彼ら彼女らが“外から目線”で捉えた焼酎の可能性を、九州のバーテンダーや蔵元100名とシェアし、トップバーテンダーたちの本格焼酎カクテルを実飲する流れで進められました。
こういった企画は県別に分かれがちなところを、本格焼酎を産出する4県合同の企画にしていることは、九州を一つの島と捉える“ONE KYUSHU”をコンセプトに取材活動をしている私たちクオリティーズにとって注目のポイントでした。また、“外から目線”で捉えられた焼酎のポテンシャルの話を浴びたことで、それをより強く信じられるようになる機会になりました。“本格焼酎原理主義者”の自分でさえ、登壇したバーテンダーらの言葉、また実際に現地で出会った各プレイヤーの熱量に触れ、“わたしたちの焼酎”が“世界のSHOCHU”になる未来が、十分にあり得ることなのだと再認識したのです。
海外のバーテンダーらは本格焼酎のどんなところに魅力を感じているのか。それに対して国内、九州の蔵元やバーテンダーらはどんなアクションを起こしているのか――『SHOCHU DISCOVERY』に参加した私、日野昌暢がレポートします。
「地元」の常識を超えたところに、新しい可能性がある
〈▲ 手作業で麹を作る数少ない蔵のひとつ、宮崎県の小玉醸造。杜氏の金丸潤平さんより、麹造りについてのレクチャーを受けるバーテンダーたち〉 Photo:Sonia Cao
今、バー業界でも「ナチュラル」「クラフト」「ローカル」などがキーワードとなっていると言われていますが、本格焼酎にはこれらの要素が強く含まれています。
ひとつは、焼酎蔵が脈々と受け継いできたクラフトマンシップに対する価値、そしてもうひとつは日本の食文化の中では当たり前に存在する『麹(こうじ)』が世界的にも珍しい存在で、それが生み出す独自の香りを持つ蒸留酒だという点に強い可能性があるのだそうです。
福岡生まれの私にとって本格焼酎は人生の友であり、慣れ親しんできた命の水です。その真っ直ぐな味と香りをただ楽しみたい私は、美味しさの構造のような難しいことはわからなくていいし、“カクテル”になんかしなくてもいい――そう思ってもいました。
しかし、この日、米国のバーテンダーの話を聞きながらハッとさせられたのです。彼らが言っていることは、私が“ローカルおじさん”として日本各地の地域活性系の事業に携わる際、地元の方々にお話することと同じことなのではないか、と。
《地元の人は地域資産が持つ可能性を捉えづらい。だから地域資産を“外から目線”で見つめて見出した価値を再編集することが、地域活性には効くのだ》
広島の牡蠣も、天草の海老も、富山のホタルイカも「どう食べると美味しいか」と地元で聞くと「そのまま食べるのが一番うまい」と言われます。私が焼酎はそのままで飲むのがいいと思うのと同じです。
そのままの良さはもちろんあるのです。しかしながら、原産地の“そのまま神話”の壁を超えたところに、新しい可能性がある。寿司が、海外の人の発想でカリフォルニアロールやドラゴンロールになって世界に広がったように。
世界トップレベルのバーテンダーたちの言葉
日本での焼酎蔵の視察が4回目だという、今回の招聘バーテンダーのリーダー格であるドン・リー(Don Lee)さんは、カクテル業界のレオナルド・ダ・ヴィンチと呼ばれ、世界トップクラスの蒸留酒の知識を持つ人物。
リーさんはトークイベントの冒頭で「海外ではまだ誰も知らないに等しい焼酎を売るのは難しいこと」と前置きしながら、本格焼酎のポテンシャル、歴史と造りが持つ“本物性”、日本独自の「麹」がもたらす驚きの価値を、会場の蔵元やバーテンダーに向けて丁寧に語り、トップバッターとして口火を切りました。
〈▲ ドン・リー(Don Lee)さんはこの日、「さつま白波原酒」を使い、さつまいもから抽出した色素と麹と水というストイックなカクテルを提供〉Photo:Sonia Cao
「今のバーのベストカスタマーは20代中盤〜後半の金融やテックで働く、子どもがいない、お金を自由に使える層です。彼ら彼女らが気にしているのは大きなストーリー性。商品を買うとき、ラグジュアリーバッグでも、食べ物でも、そのブランドはどんな個性とストーリーをもっているかを気にしています。SNSでシェアをするのは、自分がどんなストーリーを選択しているのかを見せるため。彼ら彼女らは“本物”をサポートしたいと考えています。そして焼酎には、彼らの価値観に適う本物のストーリーがある。
大きなブランドはたくさんのマーケティング予算を使ってストーリーを作り上げ、更新をしていくものですが、焼酎はオーセンティックな価値を持っているため、物語を仕立てる必要がない。このフェイクではない本物さこそが世の中を振り向かせるのだと思います。バーテンダーがこのストーリーを、興味を持って体験し、シェアすることが大切ではないでしょうか」
今、世界のバー業界では、メキシコの蒸留酒「メスカル」がトレンドになっています。ドン・リーさんによるとブームの火付け役は、今回の来日メンバーの一人でもあるバーテンダーのフィル・ワードさん。メスカルがトレンドになるプロセスに大きなマーケティング活動はなく、「メスカルを産む土地にフィルのようなバーテンダーが行って、現場に残る本物のストーリーを体験し、その素晴らしさを、カクテルを通して伝えることで広がっていったんです」とリーさんは語ります。
「私が焼酎に出会って、最も驚いたのは麹です。本格焼酎には麹を使った蒸留酒だからこその香りと味があり、それが無二の個性になっていることの価値に日本のみなさんはまだ気づいていないように感じます。
日本で焼酎を知らない人はいないからこそ、固定概念を打ち破るのは難しいと思いますが、日本のバーテンダーも経験を通してそこを突破してほしい。焼酎は居酒屋だけじゃなくて、ハイエンドでも紹介されるべき隠された宝のようなお酒です。今日、いろんなところからバーテンダーが来ているから、アイデアをシェアしあいましょう。私たちにはアイデアをシェアし合うリレーションシップがなにより大切です」
‹▲ 会場ではバーテンダーや蔵元のいいリレーションシップが生まれていました〉Photo:Sonia Cao
米国招聘バーテンダーからのコメントが次々と語られる中で、会場を強くインスパイアしていたのが、日本生まれのミクソロジスト、ジュリア百瀬(Julia Momosé)さん。彼女のBar KUMIKO(シカゴ)は『世界のベスト・バー50(The World’s 50 Best Bars)』の常連。全米最大の食の祭典で“食のオスカー”とも呼ばれる『ジェームス・ビアード賞(James Beard Award)』の受賞者でもある人物です。
〈▲ 日本で生まれ育ち、アメリカに住んで17年のバーテンダー、ジュリア・百瀬さん〉Photo:Sonia Cao
「日本酒やウイスキーに比べると、海外では焼酎が全然知られていないことがもったいないと思っています。私のバーでは、お客さんが選びやすいようにメニューの最初に3つのカクテルを載せていて、(カクテルに使用した)素材とカクテルを一緒に出すようにしています。情報のインフルエンスを感じられるように。そういった情報を通して感じてもらうことによって、ゲストが焼酎に興味をもってくれます」
〈▲ ジュリア百瀬さんが提案するメニューのひとつ「Component flight」。真ん中にカクテルを置き、そのキーの素材となるものを添えて提供する。写真は、米焼酎、茎茶、ジンを使ったシルバーマティーニのComponent flight〉
「そうするとソーダ割やチューハイに興味をもってくれて飲んでくれるようになります。そう“チューハイ”です。本場のみなさんが本格焼酎をソーダ割りやチューハイにするのが好きではないと、私は今回、鹿児島に来るまで知りませんでした。チューハイにしてごめんなさい。でも、ハイボールでもジントニックでも何百ものウイスキーやジンがあって、いろんなトニックがあって、それをペアリングすることは世界で定着していますから、本格焼酎にもそういう可能性があると思います」
〈▲ Bar KUMIKOのインスタグラムより〉
「あと私がカクテルに焼酎を使うのは、通常のスピリッツよりアルコール度数が低い特徴を活かして、アルコール度数を落としながらも水で薄めるのと違う効果を出すため。あとは焼酎が食べ物と喧嘩せずに食中酒に向いているという点。お店ではカクテルのペアリングをやっていますが、ほとんど焼酎を使っています。海外に出す時に、焼酎のラベルも中身も変えた方がいいんじゃないか、という話を聞いたこともあります。ただ、アメリカに関しては、オリジナルを変えなくていいと私は思っています」
「知ってる」と「知る」は違う
今回のイベントで国内から唯一招聘された野村空人(のむら・そらん)さんは、バーでのキャリアをロンドンでスタートさせ、帰国後は数々の賞を受賞した日本を代表するバーテンダー。2022年に東京都台東区に自身でオープンさせた<NOMURA SHOTEN>は、蒸留酒をメインにした“角打ち”として界隈でも話題の店となっています。
〈▲ 開場で焼酎カクテルをふるまう野村空人さん〉Photo:Sonia Cao
「自分ではお湯割りが好き」という野村さんが焼酎蔵を回り始めたのは2018年頃から。今回は改めて、海外のプレイヤーとも蔵巡りをしながら、互いに意見を交わしたり、蔵元と対話をしたりしたことで「“知ってる”と“知る”は違う。今回、私は本格焼酎を“知る”ことができた」と感想を口にします。
「英国で暮らしていたときにはウイスキー蒸留所を巡ってもいました。2018年頃から日本の焼酎蔵にも実際に足を運びはじめて、興味を持って、カクテルにも使うようになっていて、自分としては“知ってる”と思っていたんです。でも、それは行ったことがある、見たことがある、のような表層にとどまっていたのだと今回、気づくことができました。
今回、ドン・リーたちと一緒に巡ってみて、本格焼酎のさまざまな味や香りを生み出す麹や材料、蒸留法などのプロセスを深く聞くことができて、より深く“知る”ことができました。どんな作られ方をされたものが、自分がカクテルに使いたい焼酎として最適なのかを逆算できるようになったと思います」
〈▲ 野村さんの焼酎カクテル。黒糖焼酎「紅さんご」と芋焼酎「小鶴」に薬草酒のアマーロ、金木犀茶の香りと苦みを合わせたダウナーな一杯〉Photo:Sonia Cao
“海外ではまだ知られていない焼酎を売るのは難しいことだから、焼酎が持つ本物のストーリーを私たちが伝えていかないといけない”と海外のバーテンダーたちは語っていましたが、野村さんは日本のバーテンダーの立場から見て、焼酎はどのようにしていくべきと考えているのでしょうか。
「私たちは今回の機会で “知る”ことができた。ふと九州のバーテンダーの方々にその機会はどのくらい作られているんだろうか、ということも頭に浮かびました。九州に住むバーテンダーさんは、蔵元にもより行きやすいので、もっと“知る”ことができると思うんです。焼酎の理解を深め、『知ってる』から『知る』へのシフトチェンジをすることで、九州のバーテンダーさんに美味しいドリンクを作ってもらうよう促すことが第一歩。蔵元のみなさんで、焼酎の足元を固めるのもいいのではないでしょうか」
ブレずに本物であり続けていれば、いずれ響く
〈▲ 野村空人さん(左)と大和桜酒造の若松徹幹さん(右)〉
イベントには多くの蔵元も参加。そのひとりが、大和桜酒造(鹿児島)の代表・若松徹幹さん。会場で声をかけると「このイベントはタイミングがいい。なぜならSHOGUNがエミー賞を獲った年ですから」と話しつつ、こう続けます。
「70-80年代の日本のシティポップが海外で大ブームを起こしていたり、2024年にエミー賞を獲った映画『SHOGUN 将軍』がアメリカ人に受け入れられたのは、それが“本物”だったから。本格焼酎もそれと同じで、ブレずに本物であり続けていれば響くはずなんです。
海外で再評価された日本のシティポップを広めたのはDJたちでした。レコードをディグして、見つけて、聴いてみるほど『ガチじゃん!』となり、さらに掘られていった。焼酎におけるバーテンダーたちも、シティポップでのDJの役割を担ってくれると思っています。実際、日本の蔵にまで来て、造りの現場を見てみたら『ガチじゃん!』ってことがわかって、その感動を米国に持ち帰り、広げたいと言ってくれているわけですから」
この背景には世界的な蒸留酒ブームがあり、バーシーンでは国境を越えて地域に根ざした蒸留酒を探すムーブメントがあります。つまりカクテルの素材として、自分たちが今までキャッチアップできていない蒸留酒を探している状況がある。日本の伝統的蒸留酒である本格焼酎は、味、香り、製造過程、歴史、それに紐づく物語…等々が、バーテンダーらが求める“知られざる蒸留酒”の条件に合致します。今回、招聘されているバーテンダーたちは、世界の中でも焼酎の価値にいち早く気づいた“超アーリーアダプター”と言えるかもしれません。
「これを『一部の外国人が勝手に騒いでいる』と一歩引いて静観するのではなく、自分たちの強みを再認識して、自分たちが大事だと思ってやってきたことに自信を持ち、地に足をつけて“ガチ”でやってきた部分をさらに磨いていくことが大事。少なくとも自分はそうしたいと思っています。
本格焼酎は、そのままを味わってほしいと考える作り手も多いので『カクテルにしてけしからん!』と思う人もいるかもしれないけど、今ここで出されているカクテル、うまいですよね。それは本格焼酎だからこそ、なんです。ベースが本物だから、カクテルにして折れることはない。カクテルというフィルターを通して本格焼酎が本物だから持つ個性で世界に届くようになれば最高じゃないですか」(若松さん)
焼酎ってかっこいいし、美味しいもの
会場に訪れていた九州のバーテンダーの一人であり、世界最大級のカクテルコンペティション「DIAGEO WORLDCLASS」の2021年日本チャンピオンでもある木場進哉さんにも話を伺いました。
木場さんがチーフバーテンダーを務める「Bar 夜香木」(熊本)のコンセプトは「土地のものを使うこと」。だからこそ九州の代表的なスピリッツである焼酎を使ってカクテルをつくりたい想いは大前提においているといいます。木場さんもまた、日本の、九州の現場に来て、感じてもらうことが重要だと感じていると語りました。
〈▲ 熊本の「Bar 夜香木」のチーフバーテンダー木場進哉さん〉Photo:Sonia Cao
「今、焼酎メーカーのみなさんは海外で積極的にプロモーションを頑張っています。それも大切だと思うけど、やっぱりバーテンダーさんたちに実際に見に来てもらうことが大事だと思っています。九州の雰囲気や、作っている現場、人々を見ていただいて、思い入れを持ってもらい自国でストーリーを話してもらうことで、焼酎の価値が広がるのではないでしょうか。
Bar夜香木のコンセプトは、土地のものを使うこと。だから九州の代表的なスピリッツである焼酎を使ってカクテルをつくるのは大前提です。九州に生まれ育っていると、焼酎って小さいときに親戚とかじいちゃんが飲んで、一升瓶が部屋に転がっているような印象が強いのもあって、特に若い人には飲まず嫌いも多いと感じています。僕たちはそれを払拭して、焼酎ってかっこいいし、美味しいものだとお客様に再提案したい。
実際、焼酎は苦手な方でも焼酎カクテルを飲んでもらうと「こんな感じになるんですね」って驚かれて、そこから炭酸割だったりロックだったり、より素材そのものを飲んでみようとなります。僕たちは、そういう“入口”になりたいんです」
〈▲ Bar夜香木 焼酎ベースのピスタチオとエスプレッソのカクテル〉
「そうそう、ジュリア百瀬さんが先ほどセミナーで語っていた『日本の焼酎を海外に売るために、相手にあわせなくていい、そのままでいい』という意見は印象に残りました。もちろん革新すべきところもあると思いますが、自分たちがやってきた伝統、ラベル、プライドを持って“今の状態”でいかに売っていくかを考えるほうが、単純にかっこいいと思えました」(木場さん)
2024年12月5日、本格焼酎や泡盛、日本酒など「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。日本の酒類の輸出高は2022年以降に1300億円を超え、2014年に輸出高40億円だったウイスキーが、2023年には500億円と10倍になり日本酒の輸出高を超えています。
しかし焼酎は2014年の16億円から横ばいに近い17億円にとどまっています。この状況を「焼酎には受け入れられる可能性がない」と思うのか、いや「焼酎には“のびしろ”しかない」と思うのか。クオリティーズは後者でありたい。
このイベントを通して、地元九州の人が焼酎の持つ本物性が世界的にも価値あるものであると思えました。この独自の味を、ポテンシャルを引き出していく新たなチャレンジを、私たち九州人が、どう積み上げていけるのかが焼酎の未来を変えるのではないでしょうか。