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加賀温泉駅を彩った「ものづくり集団」。伝統と最新技術をかけ合わせた唯一無二の表現とは

OTEMOTO

プラスチックは安っぽいという固定観念を覆す食器「ARAS(エイラス)」をデザインした、石川県金沢市のクリエイター集団「secca inc.(雪花)」。デザインを手がけるだけでなく、自ら工房をもち、陶磁器や楽器を製造するプロフェッショナルのチームです。伝統から最先端まであらゆる技能をかけ合わせて新たな価値を生み出す、seccaのものづくりに迫りました。

北陸新幹線の加賀温泉駅で降りると、待合室や観光案内所がアート作品で彩られています。2024年12月に駅高架下に開業した施設に「加賀文化の発着駅」として展示された作品群。九谷焼や山中塗などの伝統技法を用いており、絵付けや塗りの細やかさ、描かれた自然の雄大さが、行き交う人たちを圧倒します。

安土桃山時代に生まれ、木地から樹脂製に進化し続ける山中漆器の歴史を表現した、山中漆器「椀・400年の軌跡」
Seigo Ito

伝統と革新をつなぐ「巧藝」

空間コーディネートを手がけたのは、石川県金沢市のクリエイター集団「secca(雪花)」。伝統工芸にとどまらず、地場の工業分野の素材を使って近代産業の発展や文化の連続性を表現した点が、seccaらしいこだわりです。

駅を降り立つと直径2メートルの「色絵百花手唐人物図大平鉢 大盤写」が出迎える。seccaが空間コーディネートを手がけた
Seigo Ito

中でも「加賀海波群峰鎖屏」は、加賀市の大同工業株式会社の工業精密部品であるチェーンを使い、日本海の波と、加賀の山々を表現した壁面装飾に仕立てました。新幹線が発着するタイミングに合わせて、わずかに揺れるチェーンに四季の風景が投影され、人が通路を通るたびに異なる表情を楽しめるつくりになっています。

加賀海波群峰鎖屏
Akiko Kobayashi / OTEMOTO


seccaの作品は、自然の素材や風合いを生かしているものもあれば、機能性を緻密に計算したものもあり、両方が融合している作品も少なくありません。日本古来の美意識を受け継ぎつつ最先端の技術を取り入れる技法を「巧藝(KOGEI)」と呼び、伝統工芸と工業製品の間に線引きをしない、独自のものづくりを追求しているのです。

大地のかたちを樹脂で表現

代表的なのが、2020年に石川樹脂工業と共同開発した食器「ARAS(エイラス)」です。

トライタンという樹脂に硝子繊維を織り交ぜた素材を使い、軽くて丈夫でありながら、マットで重厚な質感を実現し、プラスチック特有の「安っぽい」イメージを一掃しました。家庭での普段づかいのほか、カフェやレストランでも活用されています。

石川樹脂と共同開発したARASのシリーズ。「ARAS 大皿ウェーブ」の波を打ったような凹凸は、石膏の原型を3Dスキャンし、デジタルデータに取り込んで設計した金型を用い、射出成形している。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「ARASは最初は白地のシリーズを考えていましたが、シンプルな食器はたくさんあるので、まったく新しい食体験を提案するためにデザインしました。海や山など大地のイメージをエッジの効いたラインで造形し、雪深い石川の風景を自然な色ムラとして溶け込ませたら、それがARASの唯一無二の特徴になりました」

料理の見せ方とすくいやすさを計算した立体的な曲線が山の稜線のようにも見える「ARAS 深皿スクープ」
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

そう話すのは、secca COOの柳井友一さん。CEOの上町達也さんと柳井さんは、ともに金沢美術工芸大学の製品デザイン専攻の卒業生でした。上町さんはカメラメーカー、柳井さんはオーディオ機器メーカーに就職し、それぞれ製品のデザインを担当していました。

secca COOの柳井友一さん(左)とCEOの上町達也さん
Seigo Ito

「新製品で最適なデザインを生み出しても、1年も経つと家電量販店でワゴンセールになってしまう。短命のものづくりを続けることに疑問を持つようになりました」と2人。

退職し、上町さんは食や農を、柳井さんは陶芸を学んでいたところ、2人は再会。「価値が持続するものづくり」を目指して、2013年にseccaを創業しました。金沢で長く受け継がれてきた漆器や金細工、陶磁器などの技法に、メーカー時代に培った3Dテクノロジーなど最新の技術を積極的に取り入れることで、今しかできない手法や表現を追求しています。

Seigo Ito

職人集団ならではの可能性

金沢市にあるseccaのオフィスには、ショールームやデザインルームのほか、電気窯のある陶芸工房や木工の工房があります。食器、家具、オブジェからギターまで、つくるものはさまざま。扱っている素材も、天然の木や石、葉、粘土のほか、牛の骨、鹿の角、落花生など制約がなく、遊び心にあふれています。

弦楽器職人の北出斎太郎さん(左)。楽器メーカーを経てからseccaに参画した
Seigo Ito

「3Dプリンターで年輪をトレースした樹脂製の『木』をくりぬいて天然の漆を塗った椀」「有機農法のブドウを摘み終えた枝や葉を燃やし、その灰からつくった釉薬を塗った皿」「祇園のステーキ屋から譲り受けた牛の肩甲骨を低温調理して素材化し、漆を塗り込んだオブジェ」

など、一言では語り尽くせないストーリーがある作品が並んでいます。「何かできない?」と持ち込まれると、企画、デザイン、加工、社会に気づきを与えるメッセージに至るまで一貫してseccaが担います。

Seigo Ito
Seigo Ito

「依頼を受けたときに『できない』ではなく『おもしろそうだからつくってみよう』。これは、seccaがデザイン事務所ではなく、ものづくりができる集団であるからこその発想です」

上町さんがそう表現するものづくり精神は、企業や行政とのパートナーシップにもつながっています。それらの仕事が経営を支え、自由なものづくりや職人の育成に挑戦できることで「息の長いものづくり」のサイクルを生み出しているのです。

Seigo Ito

「伝統工芸が盛んな金沢において、最初はよくわからない若手デザイナーチームだと見られていたこともありました。職人にとっては、デザイナーは実現不可能なことを注文してくるというイメージもあったようです。工房に来てもらい、僕たちもものづくり集団であることを知ってもらうと、信頼され、話を聞いてもらえるようになりました」(上町さん)

伝統工芸は、職人の高齢化や後継者不足によって技術継承の課題にさらされています。

「ともに新たな価値をつくることができると、単なる受発注にとどまらない関係になるはず」

上町さんはそう確信しています。

特集:心のローカル
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