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平将門を愛した美女は“裏切り者”だったのか?桔梗姫の悲劇と咲かぬ花の伝説

草の実堂

画像 : 桔梗姫の悲劇と咲かぬ花の伝説 草の実堂作成(AI)
画像:桔梗(ききょう)の花 wiki c 663highland

平安時代の豪族・平将門は、死後に多くの祟りをもたらしたとされ、日本三大怨霊の一人として恐れられてきた。

その将門に深く関わったと伝わる「桔梗姫(ききょうひめ : 桔梗の前、桔梗御前とも)」もまた、各地に数多くの伝説を残す謎多き存在である。

将門が実在した歴史上の人物であることは確かだが、その妻や妾についての確かな記録は残されておらず、桔梗姫が実在したかどうかも、明確な証拠は存在しない。

しかし、関東各地には今もなお、桔梗姫にまつわる伝説が数多く伝えられている。

桔梗姫は、将門討伐のきっかけを作った人物ともされており、将門に関わったとされる女性たちの中でも、とりわけ多くの逸話が語り継がれている。

今回は、平将門に最も愛された寵姫でありながら、将門を裏切ったと伝わる桔梗姫の伝説や史跡に触れていこう。

桔梗姫の出自

画像:佐原の伊能忠敬旧宅 wiki c katorisi

前述のとおり、将門の妻たちに関する記録は少なく、桔梗姫(ききょうひめ)の出自についても詳しいことは不明であり、いくつかの伝説が存在している。

たとえば、江戸時代末期の地誌『利根川図志』によれば、桔梗姫は佐原(現・千葉県香取市佐原)に隣接する牧野村の庄司の娘であり、将門がその家に逗留した際に見初められ、妾になったとされている。
ただしこの伝承は、小宰相と呼ばれる別の妾の出自とも重なっており、人物像が混同されている可能性もある。

また、茨城県取手市の竜禅寺に伝わる説では、桔梗姫はもともと京都の白拍子で、上洛中の将門に見初められて妾となったが、実は将門の仇敵・藤原秀郷(ふじわらの ひでさと)に遣わされた間者であったとも伝わっている。

さらに一説には、将門と対立していた源護(みなもとのまもる)の長男・扶に嫁ぐ予定だった女性が桔梗姫であり、将門が奪ったとも伝えられている。

多くの伝承において、桔梗姫は将門に深く寵愛された妾でありながら、藤原秀郷に内通して将門の秘密を伝えており、それが原因となって将門は討伐されて、後に桔梗姫も悲劇的な死を迎えたとされている。

また、地域によって桔梗姫の立場も異なる。

福島県伊達市では将門の妾ではなく娘説、茨城県守谷市では秀郷の娘であった説、千葉県市川市では秀郷の妹で兄に遣わされて間者となった説、千葉県東金市では将門の母説など、様々な伝承が言い伝えられている。

桔梗姫にまつわる史跡

画像:茨城県取手市の龍禅寺三仏堂 wiki c 小石川人晃

桔梗姫の伝説にまつわる史跡は関東各地に多数あるが、彼女が将門の妾となってから住んでいたと伝わる茨城県取手市周辺が特に多い。

取手市の岡台地にある大日山古墳脇の広場には、桔梗姫が暮らした朝日御殿があったといわれている。

桔梗姫は、毎朝この地で朝日を拝んで将門の武運を祈っていたが、将門敗死の報せを受けて、台地の下の沼に入水し、最期を遂げたと伝わっている。

画像 : 桔梗姫の悲劇と咲かぬ花の伝説 草の実堂作成(AI)

桔梗姫が入水した沼はやがて干上がり、明治時代には水田として開発され、地元では「桔梗田」と呼ばれるようになった。

しかし、この桔梗田を個人が所有すると、どういうわけかその家の若い娘に不幸が続いた。

これは「桔梗姫の祟りではないか」と恐れられたため、村人たちは桔梗田を岡神社が所有する共同水田として管理するようになったという。

一方で、取手市の稲戸井駅近く、国道294号線沿いにひっそり佇む「桔梗塚」は、別の伝承に基づくものである。

こちらでは、将門の敗死後も桔梗姫は沼に入水せず、将門との間に生まれた子を連れてこの地まで逃れてきたとされる。しかしこの桔梗塚の付近で追手に捕らえられ、無残な最期を遂げたという。

ただし「桔梗姫の最期の地」と呼ばれる場所は多数あり、桔梗塚も1つではなく各地に建立されている。

また、福島県に伝わる「大蛇伝説」では、人々を脅し生贄を所望する菅沼の大蛇の正体こそが、秀郷に恨みを抱いてこの地にたどり着いた桔梗姫だと伝わっている。

「七人将門」の秘密と「咲かずの桔梗」

画像:「新形三十六怪撰」 「藤原秀郷竜宮城蜈蚣を射るの図」月岡芳年 public domain

桔梗姫は「七人将門伝説」や「鉄身伝説」との関りも深い。

七人将門とは、将門が戦に同行させたと伝わる7人の影武者のことで、この将門にそっくりの影武者たちのかく乱により秀郷たちは惑わされ、将門本人を見つけることができず難儀していたという。

また鉄身伝説とは、将門は矢も刀も通らない鉄の身体を持っていたが、こめかみだけが肉身で唯一の弱点であったとされる伝説である。

将門に深く寵愛された桔梗姫は、将門の秘密を知る数少ない人物であった。

その桔梗姫が藤原秀郷に内通して、将門の影武者7人のうち6人には影がないこと、そして本物の将門のこめかみだけが動くこと、さらにはこめかみが唯一の弱点であることを秀郷に教えてしまったために、将門は本人と見抜かれてこめかみに矢を射られ、絶命したのだという。

弱点を知られて秀郷に追い詰められた将門が、桔梗姫の内通を知り「桔梗咲くな」と呪いの言葉を吐いた結果、桔梗姫は死に、桔梗姫の最期の地となった場所では桔梗の花が咲かなくなったとも伝わっている。

ただし、『北相馬郡志』によれば、取手市米ノ井の桔梗塚周辺で桔梗の花が咲かないのは、呪いや祟りによるものではなく、かつてこの地で桔梗が薬用植物として栽培されていたためだという。

桔梗を薬として使う時は花ではなく根を使うが、花を咲かせてしまうと根は細くなってしまう。

できるだけ太い根を採取するために、桔梗のつぼみを咲く前に摘み取っていたことが「咲かずの桔梗」の理由とも考えられている。

桔梗忌避の伝統

画像:月岡芳年「芳年武者旡類 相模次郎平将門」 public domain

万葉集の秋の七草にも詠まれるように、「桔梗(ききょう)」は古くから親しまれてきた花だが、将門ゆかりの地では様相が異なる。

将門や桔梗姫の祟りを恐れ、桔梗を忌み嫌う風習が現代まで伝えられているという。

桔梗忌避の伝承が残る地域では、庭先や田畑に桔梗を植えることが禁忌とされるばかりか、桔梗紋の入った衣服や道具すら避けられてきた。

さらに、他所から嫁いできた者や婿入りする者が桔梗紋を用いていた場合、離縁になるとも伝えられている。

桔梗姫が実在したかどうかは定かでない。

しかし、彼女の名とともに残された怨念の物語は、首塚の祟りで知られる将門伝説と結びつき、千年を超えてなお、人々の間で語り継がれているのだ。

参考 :
川尻秋生(編)『将門記を読む』
文 / 北森詩乃 校正 / 草の実堂編集部

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