写真家・十文字美信が円山応挙の大乗寺客殿を大型インスタレーションで再構成
銀座の「資生堂ギャラリー」で、2024年8月27日(火)から10月2日(日)まで「空想の宙(そら)「静寂を叩く」大乗寺十三室 十文字美信」が開催される。写真家の十文字美信(じゅうもんじ・びしん)が撮り下ろした大乗寺客殿の特色ある空間を、本展のために制作した大型インスタレーションと、連続した写真プリントから生まれる絵画的空間などによって表現する。
200年前の円山応挙による空間が時を超える
1947年生まれの十文字は、伝統的な日本文化や日本人の美意識と向き合い、そこに底流する普遍的な価値を捉えることに挑戦してきた写真家だ。写真を通じて、独自の思考と経験を巡らせ、時を超える日本の美を表現し続けている。
兵庫県香美町にある「大乗寺」の障壁画は、江戸時代の絵師である応挙が最晩年に、弟子の長沢芦雪(ながさわ・ろせつ)ら一門を率いて手がけた。建物中央に十一面観音像が設置された仏間があり、障壁画は仏間を囲む11の部屋と2階の2間の165面に及ぶ。
各部屋が世俗的な世界と神聖な世界とを仲介する「立体曼荼羅(まんだら)」として位置づけられており、それぞれの部屋が個別の物語と機能性を併せ持ちながらも、連続的な空間性に卓越した特徴がある。
十文字は、この13室全てのふすま絵に対して、高精細のデジタルカメラで全図と寄りのカットを織り交ぜた渾身(こんしん)の撮影を実行した。2024年にA3版大判写真集として生み出され、本展では、この写真集を元にギャラリー空間に合わせて再構成したものを展示する。
写生を重視した応挙による生き物たち
地下にあるギャラリーへと続く階段の踊り場に展示された、メインビジュアルにもなっている『「雪の庭から「孔雀の間」 円山応挙を望む』から、本展は始まる。雪景色の中で撮られた画面からは、大乗寺を包む静寂と神聖な空気が感じられるだろう。
その横には、革新的な写実主義で知られる応挙らしい、生き生きとしたカメ、犬、サルなどの動物たちが並ぶ。本展のために撮り下ろされた作品『大乗寺十三室の生きものたち』だ。
異次元映像が出現する巨大なインスタレーション
十一面観音像のある仏間を開閉する襖には、応挙によるマツとクジャクが描かれている。この『松に孔雀図』の障壁画がある部屋が、大乗寺客殿の中で最も広い空間だ。
本展では、卓越した絵筆の筆触までをも再現させた、この迫力ある応挙の障壁画が原寸以上のサイズで登場する。写真を使用したインスタレーションとして構成された本作をじっと眺めていると、鐘の音が鳴り、それを合図に十一面観音像がふすまの表面に現れる。そしてまた、ゆっくりと時間をかけて、消えていく。
十文字は、大乗寺へ行くと必ずこのクジャクの前に座り、撮影ができることになった感謝とその無事を十一面観音像に祈念するという。この行為自体が表現にならないかと考え、今回のインスタレーション制作に至った。
本作は、写真表現の幅を追求する試みでもある。異次元的な映像の出現によって深い没入感を持った十文字のまなざしを間近に体験できるだろう。
ふすまの開閉により現れるラビリンス
ふすまの開閉によって次々と障壁画が変化する大乗寺客殿は、総合的な芸術空間であるともいわれている。ふすまに描かれた世界は、絵画の内側と部屋の外側に広がる自然風景をつなぐ役目も果たす。
この点を十文字は、西洋の動かない壁画と著しく異なる点として考える。「障壁画は、ふすまを開けることによって現れるラビリンスであり、軽やかで自由な、昔の人が考えた魅力的な空間感覚である」と十文字は話す。
ギャラリー奥のスペースでは、全ての部屋を自然光で撮影し、わずかな気配や微妙な動きを捉えたふすま絵の写真が連なる空間が広がる。ふすま絵のつなぎ目が生み出す変化の豊かさや、ふすまが開かれて奥の部屋へと連続していく奥行きが、絵画的な異次元の世界へと導いていく。大乗寺客殿に蓄積された時間の感覚をも浮かび上がらせるようだ。
応挙らが作り上げた荘厳な仏の世界が、写真のイメージを広げようとする十文字によって、豊かな絵画空間として再構成された本展。ここだけの新たな芸術的魅力を解き放つ大乗寺空間を、じっくりと楽しんでほしい。