直感をハサミで切り取る「宮脇綾子の芸術、見た、切った、貼った」展が開催
身近なモチーフをテーマに、布を切り貼りして数多くの作品を作った宮脇綾子の回顧展「宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った」が「東京ステーションギャラリー」で開催中だ。2025年は彼女の生誕120年と、没後30年の節目の年でもある。
1905年生まれの宮脇が制作を始めたのは、終戦を迎えた40歳の頃。主婦として家族を支え、自分の命を守ることで精一杯だった戦時下での日々を終え、それまで防空壕(ごう)に出入りしていた時間を何かに使いたいと思ったことがきっかけだった。家事の合間に取り組めて、準備や後片付けに手間がかからない制作手法が「アプリケ」であった。
宮脇は、物を大切にするしゅうとめの影響を受け、どんな端切れも決して無駄にしなかった。思いがけない方法で端切れを組み合わせる作品は生前から高い評価を受け、数多くの展覧会に参加。また、アプリケ教室「アップリケ綾の会」を開き、その普及にも尽力した。
制限の中で磨かれた即興的センス
彼女の作品が人を引きつける理由は、ユニークな布の選び方と使い方にある。例えば、野菜を表現するとき、単にその形に布を切り取るのではなく、異なる色や柄、手触りの布を、巧みに切り分けて組み合わせる。写実的なイメージではないが、布の重なりや色彩の調和によって、かえって存在感が生まれるのだ。
隣り合う色と色の組み合わせによって魅力的な画面を作り上げる手法は、極めて絵画的。宮脇の、布を単なる「素材」ではなく、絵の具のように扱う感覚には、画家であった夫、晴の影響があるのだろう。
会場では、ぜひディテールに注目してほしい。『白菜』では、竜がデザインされた布をあえて裏返し、白菜の葉の複雑な形を表現している。柔軟な発想とウィットに富んだ楽しい作品だ。
また、『がらてや』は、フェルト・目の粗い布・レースなどを直感的に使い分けることで、エビの甲羅の複雑な色味や形を表現。彼女の細やかな観察眼と、即興的なセンスが際立っている。
アプリケは、絵画のように写実的な描写ができない分、ある意味では不自由な技法ともいえるが、制約の中でこそ独自の表現が生まれることもある。宮脇はその名手だ。
限られた枠組の中で、即興的に「間に合わせの技」をつなぎ合わせる宮脇の姿勢は、社会のシステムにあらがうのではなく、独自の道を切り開いてきた彼女の生き方そのものと重なって見える。
制作は日々の営みそのもの
同展は、宮脇の作品を192点所蔵する「豊田市美術館」の協力を得て開催され、初期から晩年まで150点を超える作品を網羅的に展示。戦後の困難な時代を生きた一人の女性が、これほど膨大な作品を残したことに驚かされる。
約20年間、ほぼ毎日続けられた『はりえ日記』は、彼女のライフワーク。自然体で作り続けたからこそ、結果として膨大な作品が生まれ、芸術家としてのオリジナリティーが確立したのだ。
宮脇が心から楽しんで制作していたことが伝わってくる同展。帰る頃には、きっと何かを作りたくなっているだろう。