埼玉県入間市が望む“未来の原風景”とは。県内初の「パーパス」策定から始まるまちづくり
入間市の「パーパス」は、埼玉県内初の取り組み
都心から電車で約1時間。自然と都市がうまく融合した埼玉県入間市では、約15万人の市民が暮らしている。
そんな入間市では、“自治体の存在意義”を問い直す試みとして、2022年に入間市役所に未来共創推進室という部署が立ち上がり、県内初の取り組み「パーパス」を策定し、翌年の2023年に公表した。
そもそもパーパスとは何か、なぜ今それが必要なのか、市民の一人でもある私が入間市役所 企画部企画課 未来共創政策推進室(旧未来共創推進室)に取材した。
パーパスは、入間市長の杉島理一郎氏の提唱により「心豊かでいられる、『未来の原風景』を創造し伝承する。」と定めた。
「30年後、100年後の未来から今を振り返ったときに、『あれが原風景だった』と思えるような、心豊かに暮らせるまちを目指す」と掲げている。
「入間市の根源的な価値を考える」パーパス策定の背景
自治体の公式HP動画のなかには、入間市について語る杉島市長の言葉に印象的なものがあった。
「なんとなく未来永劫今の状態が続くんじゃないかと市民の皆さんも感じているんじゃないかなと思いますが、いずれ一気に人がいなくなる社会が生まれることになります」
少子化と高齢化が加速する中で「いずれ経済が小さくなれば、税収が減る。福祉費が膨らみ、このままでは財政破綻の危機を感じている」と率直な思いを話していた。以前から理解はしているつもりでも、現実を前にすると心に蓋をしておきたい感情が湧いてくる。
確かに、コロナ禍以降、ますます入間市は静かになった。特に夜は、通勤で帰宅する人の姿が以前より減っているように感じる。
また、ここ数年で外国籍の住民が増えるばかりで、入間市に限らず、人口減少の波は歯止めが効かない。
これまで財政的な余裕がない中で、官民連携のプロジェクトを多く展開していた。だが、各プロジェクトは個別で進行していたため、横断的な連携が十分とは言えず、市民への認知度も低い状況にあった。
そうした中で、市職員の間に「入間市の根源的な価値とは何か」を見つめ直す動きが生まれた。プロモーションを専門とした外部アドバイザーの意見を取り入れ、自治体、市民、企業、学校、個人事業主がひとつの方向性を目指すため、「暮らしやすさを実現する社会ビジョン」を作ろうと動き出したのだっだ。
「心豊かな未来の原風景」をつくるための5つのシンボリックアクション
パーパスは単なるスローガンではなく、ビジョンと行動指針がある。今後の入間市を“どう見せる”のか。市では現在、5つのシンボリックアクションを掲げ、取り組んでいる。それぞれの概要と具体的な取り組み例を紹介する。
■ ウェルビーイングアクション
「ウェルビーイングアクション」では、日常生活や仕事について精神的・社会的に不安がなく、幸福を感じられる状態を目指す。
例: eスポーツを活用した世代間交流イベントや、入間市ヤングケアラー支援条例の制定で家庭内における子どもたちの支援体制を整えている。
■ モビリティアクション
「モビリティアクション」は、動きやすさ、容易なアクセスを可能にするため、移動に関する課題解決に向けた取り組み。
例:交通インフラの改善と同時に、環境にも配慮。移動が制限されがちな高齢者や子育て世帯にも、市役所の公用EV車の導入・シェアリングにより自由と安心を確保できる仕組みをつくった。災害時活用も視野に入れている。
■ カルチャーアクション
「カルチャーアクション」とは、文化の他にも生活環境や土地の強み、住民の人柄を指す言葉を定義し、入間市民が入間の価値を再認識できる動きを実施する。
例:全国有数のお茶の産地である埼玉県、その中でも主産地である入間市で「茶畑テラス 茶の輪」プロジェクトを開始。実は県外観光客が多く、埼玉県内で観光客数は5位だという入間市。そうした観光需要に応じて、「茶畑テラス 茶の輪」では、茶園から狭山茶セットをレンタルし、テラスを貸し切って茶畑の絶景を見渡す非日常体験が可能だ。体験した市職員は、「普段と違う視点から見る茶畑に新鮮さを感じた」と話していた。
■ オープンアクション
「オープンアクション」は市から、業種を超えた連携や新たな視点を広げ、誰もが参加できる取り組みを目指す。
例:狭山市フレーバーティー開発など、入間市の強みを発揮し、大学・企業との連携でアイデアを形にした。高品質なお茶に大学生の視点を取り入れ、香りの分析を行い、地域の魅力を再編集する取り組みだ。
■ サステナブルアクション
「サステナブルアクション」とは、人・環境・経済・暮らしなどバランスを取りながら、持続可能な街であり続ける取り組み。
例:小学生と市が一緒に防災について考えた「はるるーと」では、子どもたちが避難ルートテープを校内に貼る実証を行った。子どもたち自身が貼るのは、入間市がはじめてだという。脱炭素を見据えた取り組みなども行っている。
パーパスを意識して始められたわけではないが、市民の思いから自然と生まれた地域の祭りがある。
2024年、入間市宮寺の西久保観音堂で開かれた「栢の木まつり」だ。樹齢1000年を超える栢の木があり、新しい転入者や若年層住居者との交流を目的として行われた。
住民が集い、「100年先に“伝統的”と言われるような祭りを今からつくる」という想いのもと立ち上げた祭りは、市が目指す“未来の原風景を創造し伝承する”という理念そのものだった。
主査の長澤優代さんは「市民からの行動や発信でできた祭りは、パーパスの理念と同じものだと思います。市内でこのような行事があったことも、未来共創政策推進室ができたことで市役所まで共有されました」と話す。
また、入間市上藤沢区にある上藤沢中学校では、市内で唯一学校が茶園管理をしている。5月になれば、全校生徒が茶摘みを行う光景が、長年地域の風物詩だった。茶園を維持するために必要な除草や施肥などの管理作業は職員が担っていたが、昨今の情勢の変化で人手不足と維持が課題となっていた。
その危機感が地域住民にも伝わり、さまざまな協議を重ねた結果、今年より地域住民と製茶工場が一体となり、新しく地域団体「茶〜MO」を発足。有志で茶園の管理や次世代への継承をサポートしていく取り組みが始まった。
子どもたちの故郷の記憶として残っていく茶畑。その大事な原風景を残すため、地域ぐるみで支え合っていく活動に明るい兆しが見られる。
プロモーションから政策づくりへ。まちづくりの中核を担っていく未来共創政策推進室
この先、街はどのように変化していくのか。現在進められている「第6次入間市総合計画」は、2017年度に始まった10年間の大きなビジョンで、2026年度で終了を迎える。
同じく「第2期まち・ひと・しごと創生総合戦略」も同時期に終了。2027年度からはじまる次の計画では、パーパスを土台にこれまでの取り組みをより一層推進させ、方向性をひとつにまとめていく政策に取り掛かる。
策定において、市職員アンケート、市民意識調査などの結果で見えてきた“入間市らしさ”から市民は何を求めているのか、本質を探ってきた。また、市民レベルにとどまらず、現代社会の動きを追いながら、ゆくゆくは入間市のパーパスが全国のモデルケースになってほしいとも考えているという。今後のさらなる人口減少にどう向き合うか、検討は続いていく。
「これまでの私たちの部署はメディアに向けたPRやプロモーションの担当でした。今年から部署名に“政策”という言葉も入り、情報を“伝える”ことや“まちのこれから”を考えるだけでなく、実際に計画を練る側になります」と長澤さん。これからの取り組みに向けて、勢いを見せた。
今後、未来共創政策推進室は「どうやって入間市を良くしていくか」を考える、まちづくりの中核を担う存在になっていき、役割が大きく変化していく。
自分の暮らしを大切にすることがパーパスの一歩
パーパスの実現に向けて、さまざまなシンボリックアクションが行われていることはわかった。市民としては、どのようにパーパスの取り組みに参加できるのだろうか。
長澤さんは「まずは、“入間市のどこが好きか”“自分の生活で大切にしていることは何か”など、身近な視点で考えることからで十分です。余裕があるときに市内のことを調べてみる、遊びに行ってみる、そんな軽い気持ちで大丈夫です」と語った。
例えば、お茶を飲むことが好きであれば、「狭山茶」という地元の特産品を通して街のつながりを持つことが可能かもしれない。狭山茶関連のイベントに足を運ぶことも、立派なパーパス活動になるということだ。
正直なところ、特別なことを市民に求めているわけでないと知り、肩の荷が下りた。私自身も、普段から狭山茶を飲み、お土産にと買うこともある。「普段からやっていることがすでにパーパス」であれば、市民の多くが日々自然と関わっているのだ。
パーパスというと、一見抽象的で大きく聞こえる言葉だが、決して特別な人のためにあるものではない。私にとって入間市の原風景といえば「茶畑」、「霞川の桜」、市民の誰もが知っているデパート「丸広百貨店」だ。
今回、取材を機に久しぶりに市役所に訪れた。現在、入間市役所は新庁舎棟の建設工事が開始され、外観はあるものの、以前見られた茶畑や桜の木は一部を除いて伐採された。やはり季節を感じる自然の風景を見られないのは寂しい。
公式サイトの新庁舎棟イメージ図には茶畑や桜の木が書かれていたが、どのようになるのか市民はとても気になっているはずだ。このように、地域のことを気にかけることがパーパスの実現につながると思う。
大事な風景やこれからも大切にしていこうという意思、自分にとって心地よい暮らしができれば“入間市らしさ”になっていく。
積み重ねの先にパーパスがどう未来を描くのか、静かに期待したい。