【区立西新宿小学校】通知表・単元テスト・宿題廃止から2年 「子ども主体」へ変わった学校に「適度なぐだぐだ」が必要なワケ
通知表、単元テスト、強制的な宿題を廃止した東京都新宿区立西新宿小学校校長・長井満敏先生の連載第4回。改革と同時に推進している体験型学習や探究学習、子ども主体の行事など、西新宿小学校の新たなチャレンジについて聞きました。
「学びのプロセスを評価する」山田先生が実践する子どもの成長を認める多様な評価とは2023年度から通知表、単元テスト、宿題を廃止した東京都新宿区立西新宿小学校。改革を推進した校長の長井満敏(ながいみつとし)先生は、その目的を「学びのあり方を変えること」だと話します。「強制的な学習」を減らす一方で、子ども自身が自分の興味や関心に沿って取り組む学びを取り入れた結果、子どもだけでなく、先生や保護者も少しずつ変化しているといいます。
連載第4回は、西新宿小学校が導入する体験型学習や探究学習、新たな行事のあり方などについてうかがいました。
子どもが「はつらつ」と取り組む体験型学習
改革により長井先生が最も着手したかったのは、子どもたちが自分の興味や関心のあることを学べる環境づくり。その一つが「プロジェクト西新宿」という体験型学習です。
4年生以上を対象に、地域の企業や大学、専門学校などがワークショップ型の授業を開設し、子どもたちは希望する講座を選びます(参加は自由)。
長井先生は講座開始の経緯を、「西新宿小学校は周辺にたくさんの企業や学校があることが強み。そこをいかして新しい学びを創っていきたいと考えました」と話します。
2023年度から年間3回ほど開催し、毎回70~100人前後の子どもたちが参加。講座は各回10種類以上あり、普段の学習とは異なるユニークなものがずらりと並びます。
校内に掲示された「プロジェクト西新宿」の参加者募集のポスター。 写真:川崎ちづる
2024年度2月の実施内容を見ると、獣医体験やエアコン分解、プログラミング、メイクアップにボルダリング、モルックなど盛りだくさんです。
実際に講座の様子を取材すると、そこには、純粋に目の前のことを楽しむ子どもたちのはつらつとした姿がありました。
プログラミング講座では、専用ソフトを使ってオリジナルゲームを制作します。子どもたちは解説書に沿って自分のペースで進め、わからないことは講師2人がサポートします。
プログラミング講座の様子。 写真:川崎ちづる
開始直後からひっきりなしに質問の手が挙がり、子どもたちは真剣そのもの。全員が集中しているためか空気がピンと張り詰め、心地よい緊張感が漂っていました。
次に訪ねた「メイクアップの世界を知ろう」の教室では、まったく異なる雰囲気で講座が進んでいます。楽しそうな会話や笑い声が飛び交う中、子どもたちは熱心に手を動かしていました。
美容専門学校が開講したこの講座では、プロ仕様のメイクパレットを使い、フェイスチャートと呼ばれるイラストに自由に色をのせていきます。みんな目を輝かせ、自分の「好き」をメイクで表現していました。
メイクアップ講座で、楽しそうにメイク用品を手に取る子どもたち。 写真:川崎ちづる
興味を深める探究学習も導入
2024年度からは、年間を通して興味分野を学ぶ「テーマ学習」も開始しました。「プロジェクト西新宿」が単発講座であるのに対し、テーマ学習は継続的に行う探究学習に近いといいます。
4年生以上が提示されたテーマからやりたいものを選択し、年間18時間(2時間連続で9回)、総合的な学習の時間を活用して学びます。テーマは事前に子どもたちから取ったアンケートと、先生方の得意分野を勘案して設定しました。
スポーツ、プログラミング、ファッション、物語、歴史など、こちらも多種多様な内容です。また、テーマ学習でも外部講師を招いたり、フィールドワークを行ったりする回があるなど、子どもたちの好奇心を刺激する工夫も取り入れています。
「とはいえ、実際にやってみると、改善点もたくさん見えてきました」(長井先生)
長井先生が担当したサイエンスグループでは、興味の方向性、子どもたちの経験面などから、当初想定した「自分でテーマ設定して進める学習」は難しかったといいます。このため、1回ごとにみんなでテーマを決めて、一緒に取り組む形にしました。
一方で、物語や歴史などのグループは、各々が好きなテーマを設定し、調べたり創作したりしながら深めることができたといいます。いずれにせよ、「先生が教える」とは別の学習スタイルの実践につながりました。2025年度も、課題を改善しながら継続していく予定です。
小学校にはもっと「ぐだぐだ」が必要
2024年度にテーマ学習を導入したことで、長井先生が改めて認識した課題がありました。
「子どもが一定数集まって学習すると、僕も含めて先生方はどうしても『まとめよう』『そろえよう』としてしまいます。学びの過程でも成果でも、手を加えてある程度足並みをそろえなきゃいけない、という意識が働くのです。
だけど、そこをもっと子どもに委ねていく必要がある。先生が指導してしまうと、結局子どもたちの主体性は出てこなくなりますから」(長井先生)
学びのコントローラーを子どもに手渡すために今の公立小学校に必要なのは、「見栄えよく『整える』から卒業し、適度な『ぐだぐだ』を認めること」がポイントになるといいます。
「ぐだぐだ」と聞くとあまりよいイメージを持てませんが、どういうことなのでしょうか。
「そもそもこれまでの『ピシッとそろった状態』は、大人が子どもにやらせていたことにすぎません。それを基準にしていたら、子ども主体に切り替えるのは難しいのです。
大人にはぐだぐだに見えても、子どもなりに試行錯誤しているもの。すぐに判断しないで見守ること、子どもたち自身が考えて選んだ結果を尊重することが求められています」(長井先生)
行事も子ども主体に
学校内で「そろえる」「整える」意識が働きやすいのは、行事です。西新宿小学校では、2025年度は行事を大きく変える予定だといいます。
運動会にあたるスポーツフェスティバルでは、競技を完全選択制にし、個人種目もしくは団体競技の中から一人2種目出場するルールを採用します。
「これは、先生たちから出てきたアイデアです。2024年度も個人種目(60m走、100m走、障害物走)は選択制にしていましたが、全員走らなくてもいいのではないかという意見が挙がりました。
確かに走るのが苦手な子にとっては、短距離走は苦痛ですよね。そういう子は団体競技に2つ出てもいい。反対に、個人種目のみの出場でもいいわけです。子どもたちの選べる幅が広がり、自由度が上がりました」(長井先生)
西新宿フェスティバル(学芸会)でも、それぞれの学年が発表内容を児童と話し合って決めることになっています(2024年度までは教員が検討した作品を発表)。
西新宿小学校の「子ども主体」は、学習だけでなく行事へと広がり、子どもたちや先生の意識を着実に変えているようです。
過渡期の学校には失敗もある
学校が変化していくためには、地域や保護者の理解が必要不可欠だと長井先生は話します。
「教育が過渡期にある今、学校は決して万能ではありません。新しいことに挑戦すれば、小さな失敗はあります。
ですが、人も組織も『失敗したからもうダメ』なのではなく、そこから学んで成長していけるかが大切なはず。そのために、『小さな失敗はあってもいい』という見方をしてほしいのです。
失敗に対する寛容な姿勢が、子どもたちにとってのびのびと過ごせる学校の基礎となります」(長井先生)
さらに、保護者に対しては、「子どもが通う学校の教育方針に疑問がある場合は、直接伝えてほしい」とも。
「今現在、画一的な教育を行っている学校はまだまだ多いです。そうした状況を変えるためには、学校の外から声をあげてもらうことにも大きな意味があります。さまざまな場所から行動することで、少しずつ教育が、そして社会が変わっていくのではないでしょうか」(長井先生)
通知表、単元テスト、宿題の廃止に対しては、子どもの基礎学力に影響はないのかといった意見も多く、賛否が分かれるテーマです。
しかし、長井先生が訴えるように、「もっとできるようにしなくては」という学校側の圧力が子どもを苦しめていると考えれば、それをつくっている大人こそ変わらなくてはなりません。
子どもがすでに持っているよさを大切にすること。存在そのものを認めていくこと。その先に、誰もが自由に生きられる社会があるのではないでしょうか。
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【長井満敏(ながいみつとし) プロフィール】
東京都公立学校教員、指導主事などを経て新宿区立西新宿小学校校長に就任。専門は学校経営、理科教育。子どもたちの「学びたい」を育む教育を目指している。
取材・文 川崎ちづる