『人間に捨てられ、妖怪となる?』長い年月使った道具に宿る“付喪神”の伝承
「付喪神(つくもがみ)」とは、器物が長い年月を経て、妖怪と化したものである。
室町時代に成立したとされる絵巻物『付喪神絵巻』には、「器物は百年の時を経ることで命を得る」と信じられていたことが記されている。
人々はこれを恐れ、器物が百年に達する直前、すなわち九十九年目に「煤払い」と称して古道具を捨てるのが慣習となったという。
ところが器物たちは、あと一年すら待てぬ人間たちに激怒し、妖怪と化して夜の町を練り歩いたとされる。
すなわち百から一を引いて「九十九(つくも)」ゆえに、これが付喪神の名前の由来になったそうだ。
付喪神は日本特有の妖怪だが、世界を見渡すと「生命を宿す器物」にまつわる伝承は各地に存在する。
今回は、こうした「物に宿る霊性」の文化的背景と、さまざまな物品の妖怪伝承について紹介したい。
百器徒然袋の妖怪たち
『百器徒然袋』は1784年に刊行された、江戸時代の妖怪画家・鳥山石燕(1712~1788年)の画集である。
この画集には、石燕オリジナルの付喪神たちがこれでもかと描かれており、非常に見ごたえのある一冊だ。
それではいくつかピックアップしていこう。
骨傘
骨傘(ほねからかさ)は、炎をまとうボロボロの唐傘の妖怪である。
石突(傘の先端部分)は、どことなく龍や魚の顔のように見える。
石燕の解説文の意訳は以下である。
意訳 : 「北の海には鴟吻(しふん)という龍と魚を足したような怪物がおり、雲を呼び雨を降らす力を持つ。この唐傘も、雨で溶けてこうなったのだろう。」
唐傘は紙製ゆえに、長時間の雨には堪えられず、ボロボロになってしまう。
そんなボロ傘と、鴟吻の伝説をかけ合わせて、石燕はこの妖怪を描き上げたのではないかと考えられている。
古籠火
古籠火(ころうか)は、石灯籠の上で火を吐く姿で描かれた妖怪である。
石燕による古籠火の解説の意訳は以下である。
意訳 :「世の中には色んな火の妖怪がおり、特に死体だらけの古戦場ではよく出るそうじゃないか。しかし、灯籠の火の妖怪というのは聞いたことがない。」
すなわち、いまだかつてない灯籠の火の妖怪を、石燕は想像し描いたということである。
暮露暮露団
暮露暮露団(ぼろぼろとん)は、その名の通りボロボロの布団の妖怪である。
暮露(ぼろ)とは虚無僧のことを指す言葉であり、虚無僧とは編み笠で顔をすっぽり覆った僧侶のことである。
暮露とボロボロの布団を掛けた、石燕の言葉遊びから生まれた妖怪だとされている。
2. 大槎
大槎(たいさ)は、中国に伝わる奇妙な流木である。
10世紀に記された古書物『太平広記』には、次のようなエピソードが残されている。
(意訳・要約)
呉の時代(222~280年)の話である。
葛祚(かつそ)という者が朝廷から派遣され、衡陽郡(現在の湖南省東部)の長を務めていた。ある時、郡の境の川に、摩訶不思議な流木が漂っていた。
流木はまるで意思があるかのように妖しい怪異を次々と引き起こすので、民衆たちは祠を築き、神木として奉ることにした。祈りを捧げると、流木は水底に沈んだ。
しかし祈りを怠ると流木は浮かび上がり、舟にぶつかっては沈めてしまうので、民衆は恐怖で震え上がった。葛祚は任期満了により衡陽郡を離れることになったが、民衆の不安を取り除くため、最後の仕事としてこの流木を退治することを決めた。
だが次の日、武装した葛祚が川に赴くと、なんと流木は川を下り湾にまで移動していた。
そしてそのままピクリとも動かなくなり、これ以降、舟が沈められることはなくなった。後日、民衆たちは葛祚を称える碑を建てた。
碑文には「葛祚の正しき心が、ご神木を動かしたのだ」と刻まれた。
3. 板鬼
板鬼(いたおに)は、かの『今昔物語集』に登場する妖怪である。
※『今昔物語集』。様々な民話や伝説をまとめた書物。平安時代末期に成立した。
以下に、板鬼にまつわる不思議な逸話を紹介しよう。
(意訳・要約)
ある夜、二人の侍が屋敷の宿直(とのい。夜間警備のこと)をしていた。
二人は何気ない会話に花を咲かせていたが、賊をいつでも切り伏せられるよう、刀は肌身離さず身に着けていた。
それともう一人、五位(上流階級)の役人がその場にいたが、その男は刀を持とうとすらせず、眠くなったのか屋敷の奥へと下がってしまった。さて、そろそろ夜も明けようかという時間のことである。
突然、巨大な板のようなものが出現し、フワーッとこちらに向かい飛んでくるではないか。
二人はすぐさま刀を抜き、臨戦態勢に入った。ところが板は二人を無視し、屋敷の奥の役人の寝ている部屋へ入って行ってしまったのだ。
すると「うっ!」という呻き声が二、三度聞こえ、その後は何ごともなかったように静かになった。部屋に駆け付けると、車に轢かれたカエルのごとくペッチャンコに潰れた、見るも無残な姿の役人が見つかった。
結局その後、板は行方不明になり、正体も謎のままに終わった。
だが、この事件を通じて侍たちは「男たる者、いついかなる時でも戦えるように日々を過ごさねばならぬ」と、自身を戒めたのである。
ちなみにこのエピソードは、「板の化け物が五人の侍を圧殺した」という体で語られることが多い。
これは「五位」と「五人」を取り違えたまま、話が広まってしまった結果だと考えられている。
4. シャルウル
シャルウル(Sharur)とは、メソポタミア神話に登場する「意思を持つ棍棒」である。
農耕と戦の神「ニヌルタ」の武器として知られている。
粘土板に記された神話『ルガル・エ』によれば、その名は「全てを破壊するもの」の意味を持ち、神々と交信する能力を持つ、強大な兵器として語られている。
ある日、シャルウルがニヌルタに、怪物「アサグ」とその一団が、世界征服を企んでいることを伝えたそうだ。
ニヌルタはこれまで、さまざまな怪物を打ち倒してきた実績のある、まさに百戦錬磨の神であった。
しかしシャルウルは、アサグは今まで戦ってきた怪物とは一味違うと、ニヌルタに注意を促した。
だがニヌルタはその警告を無視し、アサグに勝負を挑んでしまった。
アサグにはあらゆる攻撃が通じず、そのうえ川を沸騰させたり疫病を撒き散らすなどの、恐るべき力を有していた。
一度は敗走するニヌルタであったが、再戦時は暴風雨の力を身に着け、見事アサグを討ち取ったとされる。
こうして見ると、世界各地で語られる「物に宿る魂」の物語は、人々が道具や自然と共に生き、敬意を払ってきた歴史の証でもあるのだろう。
参考 : 『百器徒然袋』『太平広記』『今昔物語集』『ルガル・エ』他
文 / 草の実堂編集部