関西のバスケ好き兄弟が新高円寺にオープンした、「NBA」だけの古着店。
『am3:41』は堀兄弟が昨年9月に起ち上げたNBA専門の古着店。兄の翔一さんはダラス・マーヴェリックのノヴィツキー推し、弟の雄亮さんはアイバーソン推しってわけで2枚のゲームシャツが。その背番号が店名の由来のひとつだ。
ケタ違いのプレイに2人だけが熱狂した。
15年ほど前の深夜0時過ぎ。
当時、中学生だった兄の堀翔一さんは「最初に観たとき、めっちゃ驚いたんですよ」と振り返る。
「マーヴェリックスvsレイカーズとか。深夜の衛生放送で毎週一試合だけNBAの試合を放送していた。けれど高さ、速さ、会場の雰囲気……。何をとっても僕らのバスケと段違いだった」(翔一さん)
「確かに違うスポーツみたいだったね」と弟の雄亮さんが続ける。
「2人ともバスケ部だったから、『あのフェイクやってみようよ』とマネしたよな」(雄亮さん)
もっとも当時、同じ熱量でNBAを語れる友人はいなかった。だから、いつでも相手は兄弟。2人だけでレブロン・ジェームズの桁外れのドライブやアイバーソンのクロスオーバーを語り、マネた。
「けれど今は違う」(翔一さん)
毎日、NBAの伝説のあの一戦やレジェンドたちのプレイについて熱く語る人が兄弟を尋ねる。そして推しのチームや選手が着ていた、一着を掘っていく――。
『am3:41』は今年9月に堀兄弟が起ち上げたNBA専門古着店。NBAとバスケ好きが全国から集まる店になっているからだ。
バスケと出会い、バスケと離れた。
兵庫伊丹市で育った堀兄弟とバスケの出会いは小学校だった。
まずは翔一さんが中学でバスケ部に入る。3つ下の雄亮さんはそんな兄の自主練相手としてバスケと出会い、公園での1対1で技を磨いた。映画版『スラムダンク』の宮城兄弟みたいな、それだ。
「だから弟が中学にあがった時からやたらうまかった。中学生の僕相手に鍛えたから」(翔一さん)
雄亮さんはそのまま高校まで6年間、バスケの道を進んだ。しかし翔一さんは、高校でボールをストラトキャスターに持ち替える。
バンド活動にハマったからだ。
「大学でもずっと続けて、プロの道まで考えた」(翔一さん)
一方の雄亮さんは高校を出た後、専門学校に進学するも合わずに退学。それがトリガーとなって、自宅にひきこもるようになっていた。世の中から色が無くなったような、そんな気がしたという。
「もう人生のピークが終わった気がしてた。18歳で」(雄亮さん)
さすがリョータ、速い。何にしても兄弟とバスケに距離が生まれた。試合再開はずっとあとだ。
『音楽は一区切りさせよう』
2016年、24歳になった翔一さんはバンド活動を休止して、就職する。次に持ち替えたのは、マウスとキーボードだった。
「興味があったウェブ制作の道へ。学び直して大阪のアパレル企業のECサイト担当に」(翔一さん)
同じ頃、雄亮さんも3年ほどの引きこもり生活に終止符を打つ。
後押ししたのは小説や映画だ。
「西加奈子やラース・ファン・トリアーの作品に触れるうち、心が解きほぐされて」(雄亮さん)
自分も何か創りたい欲求にかられ、小説やコラージュ写真などを自ら手掛けはじめる。才能に触れたアパレル企業の社長が声をかけてくれ、ECサイト用の画像加工を依頼するようになった。
「勤務先の社長が仕事を弟に紹介してくれた形で。いい方でいい会社でしたね」(翔一さん)
数年、こうして仕事を続けながら、2人は30代前後になり今後の人生について考え始めるようになった。週末レイトショーに行き、その後、ぼんやりと駐輪場で映画の感想と「これから」を話すのがルーティンになっていった。そんなある日、弟から提案した。
「『2人でNBAの古着店をやってみない?』って」(雄亮さん)
自分たちのようなファンがバスケと再会できる場に。
きっかけは2つあった。
ひとつは2022年に埼玉で3年ぶりに開催されたジャパンゲームだ。ウォリアーズvsウィザーズ戦に2万人が駆けつけた。八村塁や日本代表の活躍で、NBA人気が再燃しているのを感じた。
一方で、NBAモノの古着が意外と埋もれていたこともあった。
「古着店やリサイクル店を覗くと、NBA好きにはお宝のような古着が投げ売りされていることがあった。届くべき人に届けばいいのにと思ってたんです」(雄亮さん)
兄も頷き、乗った。古物商を登録。手持ちのNBAの古着で、ネットショップを起ち上げた。本業のスキルはそのまま活かせた。
屋号は今と同じ。かつてam(午前)になってから深夜のBS放送でNBAの試合を観て熱狂したあの時間と、弟が好きなアイバーソンの背番号「3」と兄が推すノヴィツキーの「41」をあわせた。
こうして2022年12月、『am3:41』は副業として始まった。
最初は何ひとつ売れなかった。だから年を越した1月1日を翔一さんは「忘れられない」と言う。
「元旦の朝、初めて一着売れたんです。八村がいたゴンザガ大学のシャツ。『うお!』と声をあげて、弟にLINEした」(翔一さん)
本業で何千枚とネットで服を売ってきたのに、比べ物にならないほど嬉しかった。その後、注文が増えると気付いた。メールでも熱くバスケ愛を語る声が多かった。かつての自分たちのように「近くに語り合う仲間がいない人」が結構多いのでは、と感じた。
「だから関西にいたんだけれど、東京で勝負しようと出てきたんです。今年、高円寺に」(雄亮さん)
お気に入りのアイテムをゆっくり選んでほしい。そんなコンセプトの元、実店舗は予約制にした。
「ただ売りたいわけちゃうんで。NBAカルチャーをゆっくり感じてほしいですからね」(翔一さん)
今推しを持つNBAファンも、かつてのバスケ少年も、『am3:41』は要チェックだ。他とは違う感動が、堀兄弟の店にはある。