『最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか』EDテーマ「インフェリア」インタビュー|“青ではない自分”を描くシユイ、新境地のダーク耽美曲が誕生
2025年10月よりTOKYO MX・BS11ほか各局で放送中の、武闘派令嬢のスカッと痛快ファンタジー『最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか』。シユイの彩るエンディングテーマ「インフェリア」がシングルとしてリリースされました。
人気ボカロP・すこっぷが手掛けた本作は、ヒロインの宿敵テレネッツァをモチーフにしたダーク&耽美なナンバー。〈愛愛愛を奪い合いたい 張り合いないとつまんないし〉という危うげな一節で幕を開け、気だるげに歌いながらもどこか挑発的なニュアンスを滲ませるシユイ。おとぎ話めいた世界の底で揺れるドロっとした感情を、声の陰影で鮮やかに描き出した、いわばシユイの新境地とも言える楽曲となっている。
カップリングには、ボカコレ2024冬TOP100で優勝し、『Forbes JAPAN 30 UNDER 30』にも選出された原口沙輔による「ハピネスオブザデッド」Remixを収録。本作の制作について教えてもらった。
【写真】シユイが語る『さいひと』EDテーマとカップリング曲の新しい表情【インタビュー】
“裏の感情”を歌う感覚がよみがえった
──まず、『最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか』のエンディングテーマに決まったときのお気持ちから聞かせてください。
シユイさん(以下、シユイ):最初はタイトルの長さに目を引かれて、「これはどんな作品なんだろう?」と素直に思ったのですが、実際に漫画を拝読したら展開もテンポ感もすごく面白くて。あっという間に作品世界に入り込んでしまいました。
私はどちらかというと少年漫画系の作品をよく読んできたので、これまで“お姫様系”といいますか。主人公がドレスを着ているような作品に触れる機会があまりなかったので、とても新鮮でした。しかも、想像していた作品とは全然違っていて、ヒロインがキレると殴るっていう(笑)。
──“悪役令嬢”ものでありながらも、一味違う面白さがありますよね。しかも今回の「インフェリア」は主人公ではなく、宿敵・テレネッツァをモチーフにしているという。制作はどのようにスタートしたのでしょうか?
シユイ:実は2曲候補があってどちらも録らせてもらっていたんです。どちらも全然雰囲気が違くて、「インフェリア」は“テレネッツァ風味”がすごく強かったんです。童話的で少しダークで。最初はびっくりしました。もっとスカッとする感じの楽曲がくるのかと思いきや、けっこう重めで、初期ボカロのような雰囲気があって。また、主人公ではなくテレネッツァがモチーフということ自体も意外でした。
これまでエンディングテーマを数多く歌わせていただきましたが、作品全体の世界観を表現することを意識していたので、ひとりのキャラクターにフォーカスを当てたことはなくて。だから今回は「どうやってテレネッツァを表現すればいいんだろう」とすごく悩みました。
──どのあたりから手がかりを見つけていったんですか?
シユイ:先ほどのお話と重複してしまうんですが、サウンドを聴いたときに懐かしいボカロを思い出して。ボカロならではの、“裏の感情”を歌うみたいな感覚がよみがえったんですよね。あの心の奥をえぐるような感情といいますか。日常ではなかなか口にしないような感情を表現できるのも楽しいなと思いました。
──ボカロPであるすこっぷさんならではのサウンドですよね。
シユイ:すこっぷさんはずっとボカロシーンを支えてこられた方で。あの“懐かしさ”のような感覚は、きっとそこから来ているんだなと感じました。
──〈私の色に染めてあげましょう〉といった言葉がありますが、今回の曲はダークチェリーのような色味の印象があり、これまでのシユイさんの青のイメージを塗り替えるような感覚がありました。
シユイ:青を塗り替えたって今言われてハッとしました。言われてみればそうですね、今気付きました(笑)。まさにダークチェリーのような色のイメージです。少し渋くて深い赤紫というか。シユイにとって、いままでにないカラーの曲になりました。
──歌詞を読まれたときはどんな印象でしたか?
シユイ:小説を読んでいるような気分でした。テレネッツァが書いた詞だろうなって。テレネッツァの気持ちがそのまま詰まっていて、感情の発露というか、そのものだったので。あまり苦戦せずに気持ちを乗せられそうだなと思いました。
──言葉や日本語と真摯に向き合ってきたシユイさんだからこそできた文学的な表現だと思いました。個人的には〈交換しよ こういう関係〉というフレーズは「“交友関係”じゃなく、“こういう関係”なんだな」とハッとしました。
シユイ:面白いですよね、空耳系というか。ぜひ歌詞を読んでいただきたいです。文字を読んでいくとより楽しめると思います。
──さきほど「あまり苦戦せずに気持ちを乗せられそう」という話がありましたが、レコーディングはいかがでしたか?
シユイ:順調でした! 一度ハーフのデモを録っていたこともあって、歌い方や表現の方向性はわりと早い段階で固まっていて。いくらでも幅広く歌える曲なので、ひとつに決めつけず、遊べば遊ぶほど良くなるタイプな楽曲だなと思っていて。
だから“行き当たりばったり”の感覚も大事にして、あまり作り込みすぎないように意識しました。エンジニアさんやすこっぷさんと「これいいんじゃない?」「こっちも試してみよう」と話し合いながら、一緒に作り上げていった感じです。
──すこっぷさんからディレクションはあったのでしょうか。
シユイ:それがお任せしてくださる方で。もちろん行き詰まったときには「こういう感じで試してみてもらえますか?」とアドバイスはくれるんですけども、基本的には自由に表現させていただけて。私も自分で進めたがるタイプなので、もしかしたらそれを汲み取って任せてくださったのかも。本当にありがたかったです。
もともと声が低めなので、あまり作り込まず自然に歌えばいいかなと思っていたんです。気分的な部分で言うと、煽るというか。ちょっと“イラッとさせる”気持ちを意識していました。
──イラッと(笑)。
シユイ:なんというか、見た目はキラキラしてるけどめっちゃ腹黒い……みたいな感じって、大人になってからはあまり触れることがなかったんですよね。でも小学生の頃、友達とケンカしたときに覚えた「ああ、なんかうまくいかなくてモヤモヤする」とか、「好きだからこそ腹が立つ」みたいな気持ちを思い出して歌に込めました。大人になると「もういいや」って諦めたり、気を使ったり……。
──ああ、そういう意味ではすごく人間らしさのある曲ですよね。
シユイ:そうですね。女性のヒステリックな部分が垣間見える曲だなと思いました。曲の入りは低くてダークなんですけど、サビでは一気に高くなって叫ぶような要素もあって、そういうところもすごくテレネッツァらしいなと。
──シユイさんが曲の中で特に心を動かされた部分はありますか?
シユイ:歌詞だと〈その綺麗な顔歪ませてみたい〉ってところですね。これはもう“嫌いすぎて好き”みたいな、愛と憎しみの裏表を感じるフレーズで、重くていいなと思いました。それからサウンド的なところでいうと、イントロがとても好きなんですよね。幕が上がるような始まり方で、おとぎ話のようでもあり、マリオネットの舞台のようでもあり……今まで聴いたことのない感じだったので聴くたびにどきっとしますね。
──アニメのエンディング映像では、イントロ部分でテレネッツァの目がパッと開く瞬間があって……。
シユイ:めちゃくちゃわかります!(笑) あの場面、いいですよね!
──目が開くと来ると分かっているのに毎度ドキッとします(笑)。さらに童話のヒロインに扮したテレネッツァの姿を観ることもできますが、ED映像をご覧になって、どんな印象でしたか?
シユイ:もう「テレネッツァが主人公じゃん!」って思うくらいピックアップされていて。作画が良すぎるし、めっちゃ可愛いなあと(笑)。表情の振れ幅もすごいんですよね。人魚のようなカットがあったり、〈お星様にもなりたいの〉で星が映ったりと、アニメチームの皆さんの愛情を感じました。
── 一方、シユイさんご自身のMVはこれまでの印象とまた違ったものになっていて。
シユイ:ありがとうございます。これまでになかった曲なので、映像もこれまでにないような映像になりました。どちらの映像からも幕が上がって曲がはじまっていくんですよね。誰が聴いても、ストーリーが始まっていく感を取ってもらえるんだろうなって思いました。
──どちらの映像からも“重々しい愛”を感じます。少し重なる質問になりますが、シユイさんはこの曲が描く“愛”をどう捉えていますか?
シユイ:一番は“人間らしさ”ですね。ただ、テレネッツァの人間らしさが表に出るのは物語の後半で。最初は視聴者目線だと「うざ!」って思う場面も多いじゃないですか(笑)。そこを主人公のスカーレットがバシッと殴ってくれて「ありがとう!」みたいな(笑)。でも進むにつれて、テレネッツァの過去の記憶、操り人形のような在り方が見えてきて……。最終的には“愛も憎しみも、感情が振り切れると質量が似てくる”ように感じました。
私、ハムスターを飼っていたんですけど、あまりに可愛くて、手に乗せるいるとギュッとしたくなるくらい愛しさが溢れる時があって……。“キュートアグレッション”と言うらしいんですが、あの感覚に近い。愛も憎しみも、極限までいくと一緒なのかなって思いました。
──今お話しされていたようなテレネッツァの“重たさや複雑さを含んだ感情”は、シユイさんの歌い手として感覚ともつながる部分がありますか?
シユイ:ありますね。歌い手は多様な曲をカバーする存在で、当然“自分を表現したい”気持ちはあるけれど、まずは曲の世界観を徹底的に最優先するようにしています。それと一緒のようで、一緒じゃないかもしれないのですが……テレネッツァも、最初は“わざとらしいくらいの悪者”でいようとして、自分を覆い隠しているように見える瞬間がある。それで自分を守ろうとしているのかなって。その姿を見て「あ、なんか一緒かも」って思ったんですよね。ベクトルは違うけれど、“徹底して纏うことで守る/露わにする”という点で、どこか共鳴すると思いました。
──(インタビューの時点では)おそらく次回あたりからテレネッツァの本格的なターンが来ると思うので、そのときにこの曲の印象もまた変わりそうです。
シユイ:そうですね。テレネッツァが動けば動くほど、この曲がより輝くと思います。彼女のことを知れば知るほど、重なる部分が増えていく気がしますね。
──あらためて「インフェリア」はシユイさんにとってどんな曲になったと思いますか?
シユイ:とても新しい挑戦になりました。“青くない自分”を見せられた気がします。テレネッツァというキャラクターをモチーフにして、ひとりの人物になりきって歌うという経験は初めてで、難しさもありましたが、それ以上に楽しかったです。
「これ本当に同じ曲?」
──本作には「ハピネスオブザデッド(原口沙輔Remix)」も収録されていますが、初めて聴いたときはどんな印象がありましたか?
シユイ:原曲とはまったく違っていて驚きました。原曲は“終わりに向かって全力疾走する”ような泣き笑いのエネルギーがあるんですが、原口さんのリミックスはすごくクールで、おしゃれで、ズンドコしていて(笑)。まったく別の楽曲のような印象がありました。リミックスってそういうものなんだと思うんですけど、「えっ、これ本当に同じ曲?」って思うくらいでした(笑)。
──わかります。歌声の雰囲気も全く違うものになっているような気がしました。
シユイ:本来リミックスって既存のボーカルを使うことが多いと思うんですが、実は今回は新しくボーカルを録り直したんです。歌い方もまったく変わっていて、聴く人にとっても全然違う印象になっていると思います。
──へええ! だからこそ歌声も新しさがあるんですね。歌うときに意識されたことはありましたか?
シユイ:原曲のイメージが自分の中に強くあったので、最初は軽やかに歌ってしまって。でも原口さんのリミックス版は、言葉を一つひとつ押し出すように歌うというか、リズムも独特で難しかったです。でもその分、まったく新しい表情を見せられた気がします。クラブっぽいなと。
──原口さんならではのサウンドですよね。
シユイ:原口さんは「人マニア」などたくさん有名な曲を持っている方で。まさかそんな方にリミックスしていただけるなんて、本当に光栄でした。こんなに別の曲になるなら、いろいろなバージョンを作ってみたい気持ちもあります。
──最近はコラボレーションも増えていますが、今後ご一緒してみたいクリエイターや挑戦したいジャンルはありますか?
シユイ:これまではアップダウンの激しい曲を歌うことが多かったので、今度はもう少し落ち着いた曲にも挑戦したいです。たとえば、ちょっとチルい曲もやってみたいです。前回のアルバムで言ったら「 麗春花」(Music by 栗山夕璃)のような……ああいうジャズっぽい曲。それから、コラボしてみたい方で言うと、cadodeさんが大好きで。歌詞も楽曲もアートワークも全部好きで、すごく尊敬しています。ライブにも何度か行かせていただいていて、いつかなにかでご一緒できたら嬉しいです。
──ぜひ叶えてほしいです。夢といえば、以前アニメイトタイムズの取材で「やってみたいこと3つ」を伺ったんですけど、そのうちのひとつが「ひとり焼肉」でした。
シユイ:あはははは、そうでしたっけ!? まだ叶わずです……! もう今日行こうかな(笑)。でもひとり旅で温泉に行きました。やっぱりひとりっていいなって。
──シユイさんはひとりの時間が好きなんですね。
シユイ:結構好きです。ひとりでいられるなら、ずっとひとりでいたいくらい。普段は家にあまりいられないので、たまに午前中だけでもゆっくりできるとすごく幸せで。「ああ、これが理想の生活だな」って思います。外に出ると“異質な空間”っていうか、自分の関与していない世界に放り出される感じがして。
──そんな中で、音楽は“外の世界”とつながる手段にもなっていると思うのですが、ご自身ではどんな距離感で向き合っているのでしょう?
シユイ:それはそれでまた楽しいんです。ひとりの時間も好きではあるのですが、人のことは大好きなんですよね。この仕事をしていると、ボカロPさんたちをはじめ、いろいろな方と出会う機会があって。特にボカロPの方はみんな本当に仲が良くて、たまにバーベキューに誘ってもらうこともあるんです。すごくうれしいなと。人生最高だなと(笑)。仕事や歌を通じて広がる関係性があって、自分でも想像していなかった交友関係ができました。
──“交友関係”!
シユイ:……あ、あんまりうまいことをいうつもりはなかったんですけど、つながってしまいました(笑)。
シユイが分析するシユイらしさ
──今作で表現できた“シユイらしさ”とはどんな部分だと思いますか?
シユイ:うーん、難しいですね(笑)。そもそもらしさってなんだろうと考えたときに、声に自然と“切なさ”が滲むところは、自分らしさなのかなと。「インフェリア」はテレネッツァをモチーフにしていますが、“愛を叫ぶ”ような部分は自分の感情も重なっていて。彼女の苦しみやもがきに共感しながら、少しでも救ってあげたいという気持ちで歌いました。テレネッツァは“愛されたがっている”じゃないですか。私はテレネッツァのことが好きなんですが、愛されたがってる彼女のことを、ちゃんと愛してあげたいという気持ちで歌ったところもあります。そういう“切なさ”と“愛情深さ”が共存しているところが、自分らしさに一番近い気がします。特に“愛情深さ”がシユイらしさの大きい部分だと思っていて。
──歌にしかり、シユイさんご自身がとても温かい方なんだなと感じる場面が多くて。以前、よく人に手紙を書くとおっしゃっていましたが、あれも愛がないとできないことですよね。周囲の方々を大切にされているからこそといいますか。
シユイ:本当に人が大好きなんです。こちらが好きでいると、向こうも好きでいてくれることが多くて。それを奇跡のように感じています。だから人生最高だなって(笑)。今までもこれからも“人を大好きでいること”を大事にしていきたいし、それが自分の生きがいだと思っています。
──今のお話を聞いて、見習わなきゃと思いました。最後に、今後の活動について伺いたいです。年内は12月21日(日)に棗いつきさんとの初のツーマンライブが控えています。どんなライブになりそうですか?
シユイ:もう“殴り合い”という感じですね(笑)。昼公演と夜公演あって、夜公演にはゲストに三月のパンタシアさんがきてくれるのでスリーマンのような形になるのですが、それぞれ個性も歌唱力もあって、得意ジャンルも声質も3人とも全然違うんです。全員が本気でぶつかり合うような、まさに“殴り合い”みたいなライブになると思います。いい意味で爆発しそうです。
──それが年内最後のライブですよね。
シユイ:はい。もう本当にあっという間に年末で……。というか、さっき気づいたんですけど、私のメジャーデビューは2022年だったようです(笑)。ついこの前のことみたいな感覚でいたので、2年以上経ってるのかと思うとびっくりしました。
──せっかくなので、来年の抱負のようなものがあれば教えてください。
シユイ:歌の面で“もっと上手くなりたい”という気持ちがあります。今年は自分でも歌が巧くなったという実感があって、「少し成長できたな」と思っています。来年はさらに磨きをかけたいです。あと、自分の中に明確な目標があって、実現できるかはともかく、できればツアーもやりたいなと思っています。ファンの方の中に北海道の方がすごく多くて、最近「北海道の子たちにも会いに行きたいな」と思うようになりました。なぜ北海道で多いのかは分からないのですが、寒さに直結するなにかがシユイの音楽にあるのかな……。だから“北海道、名古屋、大阪”あたりでライブができたらいいなと。いわゆる“東名阪”じゃなく(笑)。
──いま“歌が上手くなった”という話もありましたが、どんな変化を感じられた1年でしたか。
シユイ:実は今年の1月1日に引っ越したんです。気持ちを新たにしたくて、今までとはまったく違うエリアに移りました。家も部屋も新しくなって、会う人も通う場所も変わって。環境が一気に変わったことで、気持ちの風通しが良くなったというか、すごくスッキリした一年でした。こんなに変わるとは思っていなかったのですが、見える景色が変わると、気持ちの切り替えも早くなるんですよね。それが歌にも反映されているような気がします。今まではどこか“こじんまり”していた気がするんですが、思うままに歌えました。あと、ボイストレーナーの先生が変わって、教えていただく内容も変わって。発声の方法が少し違ってきました。そのおかげで“放たれる感じ”の歌い方ができるようになった気がします。
──「インフェリア」が次のライブで披露されるときには、またさらにアップデートされたシユイさんの歌声が聴けそうですね。
シユイ:「インフェリア」は感情のままに歌える曲なので、実は難易度としてはそこまで高くないんです。ただただ歌っていて楽しいというか。ライブで初披露したときは、まだリリース前だったので、みんなが歌うパートを歌えていなかったんですけど、次に披露するときにはみんな一緒に歌ってくれるだろうなって。それがすごく楽しみです。
[文・逆井マリ]