家庭料理で大事なことは「幼少期のチャーハン作り」で学んだ──フードライター・コラムニスト、白央篤司さんの【あの人のチャーハン】
家庭料理の担い手をときに憂鬱にし、苦しめる「こうあるべき」というプレッシャーや思い込み。それを優しくときほぐし、多くの共感を得ているフードライター・コラムニストの白央篤司さん(50)。家庭料理の大事なことは「子ども時代のチャーハン作り」で学んだとか。「日々の料理」と「趣味の料理」についても聞きました。
NHK出版公式note「本がひらく」連載「あの人のチャーハン」よりご紹介。(※本記事用に一部を編集しています)
10歳のとき初めて作った「チャーハン」
──白央さんは子どもの頃から料理好きだったということですが、「初めて作った料理」は?
最初に作ったのはインスタントラーメンですね。サッポロ一番。
その次がチャーハンです。10歳頃でした。うろ覚えですけど(笑)。
──どんなきっかけで作ったんですか?
母に「チャーハン食べたい」って言ったんだと思います。そうしたら「作ってみな」と。
母は料理上手で、教えるのもうまかった。しっかり教えないんです。半分ぐらいの内容を示して「まあやってごらん」って感じで。そこでこっちが自分なりに工夫したり判断つけるのを待つんですね。
ご飯入れて炒めて、いつ具材を入れたらいいのかな、なんて思いつつ、適当に入れて作ると、講評されてね。あるもので作るけど、なんかおいしくないと「ママはいつも何入れてる?」なんて言われて。
──このとき具は何を?
シーチキンですかね。流行っていたんですよ。ツナマヨおにぎりとかツナサンドとか。ちょっとオシャレな感じで。
サンドイッチに使った余りがあったのかな。
──出来上がったチャーハンを食べたお母様の反応はどうでしたか。
NGではなかったけれど、べた褒めする感じでもなかった。
「もっとこうした方がおいしい」みたいなことも一切言わなかったですね。
「あなたが良ければそれでいい」「そこそこおいしければいい」という、母の態度はすごく私の座標になってますね。家庭料理ってそれに尽きる。
──前のめりになって、褒めて伸ばそうという感じではなかったんですね。
それが良かったと思います。
だれかの期待に応えるためとか、喜んでもらうための料理って、イベント的じゃないですか。日々の料理は違いますから。
自炊は自分がお腹が空いたときに満たす「自助」。
子ども時代のチャーハン作りで私、結構学んできてるんだな(笑)。
本当にパラパラにしたい?
──家庭でチャーハンを作るとき「パラパラにできない」という悩みの声がよく聞かれます。
「パラパラにできない」という悩みは、けっして一様ではないと思うので、そこは整理して考える必要があります。
もし本当にパラパラなチャーハンが作りたいなら、それはパラパラ道を追求すればいいのですが、本当にそうしたいんだろうか、「プロみたいにパラパラでないといけない」って思い込んでないかな、って自問してみてほしいんですね。
飲食店の商品としての料理と家庭料理は別もの。
だからこそ、パラパラとかテクスチャーとか考えなくていいのでは? もちろん、趣味として料理をしたい人は自分の理想を追えばいいんですけどね。
──家族に「うちのチャーハンはパラパラじゃない」「ベチャッとしている」とか言われ気にしているケースもありそうです。
「だったら、あなたが作りなさい」って言ってほしいですね。
“すごくおいしい”を求めるってのはね、作る人の自己満足であるべきなんです。作ってもらう人が考えちゃいけない。
そう思うなら自分でやるか、理想のコックさんを自分の甲斐性で雇わないとね。
──作り手がおいしいと思えば、それでいいと。
「あのシェフみたいに」「あの料理上手の人みたいに」と他人との比較の中にいたら、いつまでたっても生活に苦痛が生じてしまいやすい。
それに……私は「そこそこおいしい」でいいじゃない、とまで思っているんです。最高においしいとか、とびきりおいしいって、たまのハレの日のもので、日常は作りやすく、片付けやすく、重荷にならないがより大事じゃないのかな。
「日々の料理」と「趣味の料理」
──白央さんは子どもの頃から料理好きだったということですが、何かきっかけがあったのですか?
父が飲んだ勢いで会社の関係者を家に連れて来ることがよくあったんです。母はぶつぶつ文句を言いながらもパパッと酒のつまみを作って、来られた方々に「すごい」とか言われて。
そんな姿を見て、かっこいいなと思ったのはあります。
──お父様も料理好きだったのですか?
いや、料理は全く作らなかったですね。
ただ日曜にカレーを作っていました。採算度外視で作る「趣味の料理」です。私が13歳の頃ですから80年代末ですね。
──80年代末というとNHKの「きょうの料理」が土曜日に『男の料理』を放送し、90年には雑誌『dancyu』が創刊されています。
爛熟の80年代ですよね。父のカレーは牛肉もバターも香味野菜もたっぷり使って、時間をかけて煮込んでいく。母が「あれでおいしくなかったら嘘よね」と笑っていたの、忘れません。
「趣味の料理」と「日常の料理」の真逆な在りようをあのとき見たように思います。
──日常の料理ではそこまで手をかけられませんよね。
母はそんな食材費をかけないで、油脂や塩気をいかに少なくしても満足度があるか考えながら日々のご飯を作っていたのに、その真逆を父が日曜に始めた。
母は正直、面白くなかったと思います。でもこれって男がどうこうじゃなく、「普段料理を担当していない人」のやりがちなことなんです。
──90年代にチャーハンは「炎と戦う男の料理」と位置づけられ、チャーハン作りに熱中した男性は少なくなかったようです。
豪快な感じがしますからね。鍋振りで「やってる感」「匠感」に浸れるし。
ただ本当においしいチャーハンを作りたかったら、家庭の火力は弱いので鍋は振らない方がいいんですけどね。
レシピ以前のレシピの時代
──あの「男の料理」の熱狂は今はどうなっているのでしょうか。
「男の料理」イコール「趣味の料理」に変容して、今はそこに性差はほぼないと感じていますよ。男女問わず凝る人は凝るし、手間なしを優先する人はする。ありようが多様化して自由になっていると。
私の世代ですと、女性は「料理ができない」「やったことない」ということを口に出せない空気がありましたが、今の30代以下ではかなりそこは希薄になったかと。
いい時代になったと思います。
そもそも今、30代以下は「たまのぜいたくで料理」という感覚も違うのじゃないでしょうか。
──手をかけずに楽しんでいる?
例えば近年SNSでヒットしたものに“桃モッツァレラ”があります。手間はぼほ桃の皮むきだけ。
時間をかけたり、大鍋で作ったり、大量の洗いものを出したりするような料理はそもそも支持されないというか、議題にあがらない。今の時代を象徴する“ぜいたく”料理だと思いますね。
ベテランの料理研究家さんの中には「今はレシピ以前のレシピの時代」なんて言われる方もありますけれど。
──かつてとは肩の力の入りようが違いますね。
80年代から90年代にかけて「趣味の料理」の熱狂が成立したのは「一億総中流」の時代だったからでは。
団塊の世代が40代の管理職になって経済的に余裕ができ、週休2日も定着し、日本人はもっと教養をつけないといけないという気分もあった。ある人はワインに走り、ある人はオペラへ。「趣味の料理」に邁進する人たちもいた。
豊かな時代だったわけですよ。
──時代状況が料理に。
しかしバブル崩壊後、「失われた30年」を経て「一億総中流」から「格差社会」へ移行して、厳しい経済状況にさらされている若者は少なくありません。
私たちの世代だってそうです。そもそも食を楽しめる人がどれだけ今の日本にいるだろうか。お米が手に入らない、良質なお米が買えないじゃチャーハンどころじゃないですよ。もっと日本のおいしいものをすべての世代がどんどん食べて味わえる国にしなきゃ。
と、話が大きくなりました。冷凍チャーハンもいいですし便利ですけど、余ったごはんを醤油とねぎでざっくり炒めて作る焼き飯にも、気軽にトライしてみてほしいですね、興味のある人は。
やってみると、適当に作ってもまあまあ失敗しないもんだな、と思うはずですよ。
──前編にお話のあった「焼き飯」ですね。
ちょっとそこにバター落としてもいいし、さっぱり作りたい人は醤油じゃなくぽん酢で炒めるのもいい。自由に、自分のチャーハン世界を広げてほしいです。
プロフィール
フードライター・コラムニスト 白央篤司
1975年生まれ、早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経てフリーに。日本の郷土料理やローカルフード、現代人のための手軽な食生活の調え方と楽しみ方、より気楽な調理アプローチをメインに企画・執筆する。著書に『はじめましての旬レシピ: 忙しくても、時間がなくても、季節のものを味わいたい!』(Gakken)、『はじめての胃もたれ 食とココロの更新記』(太田出版)、『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)、『台所をひらく 料理の「こうあるべき」から自分をほどくヒント集』(大和書房)、『自炊力 料理以前の食生活改善スキル』(光文社新書)など。
取材・文
石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。
題字・イラスト:植田まほ子