亀戸『内野ベーカリー』はカレーもあんこも手作り!下町のパン屋さんが作り続けるシンプルでおいしいパン
亀戸駅から少し離れた商店街にある『内野ベーカリー』は、この地で70年以上の歴史を持つ老舗の町パン。当時から変わらない作り方とおいしさは、今では貴重なものとなっている。
工場の街のパン屋さん
JR亀戸駅の東側、旧中川の近く。ここは戦前から日立製作所の工場があり、その周囲に下請けの町工場が立ち並ぶ工場街だった。その工場街ど真ん中にある商店街、亀七通りに『内野ベーカリー』はある。
『内野ベーカリー』のスタートは戦前の上野で、3代目の現店主・内野善勝さんの祖父がベーカリーを始めた。店は太平洋戦争の空襲で焼けてしまい、その後、亀戸に移転。戦後の復興期、おなかをすかせた工場の工員がパンを買い求め、かなり繁盛したという。
しかし、かつて商店街に並んでいた商店はほとんどがなくなり、今では「ポツンと」といったたたずまい。店の周囲はさみしいが、ここのパンの味わいは本物だ。
定番のコッペパン100円は歯切れよくふわふわ。ほんのりとした甘みで幸せな気分になる。あんこを塗ってもらって(プラス100円)食べてみたところ、このあんこがまたいい。しっかりとした甘さながら、しつこい感じがない。パクパクといくらでも食べられてしまうおいしさだ。
実はあんこは自家製。さらにあんこだけでなく、カスタードクリームやカレーパンのカレー、コロッケサンドのコロッケ。さらにアップルパイのリンゴも煮て作るなど、ほとんどの具材が手作りだという。
昨今では総菜パンなどの材料も業務用のものを使っているベーカリーが多いが、『内野ベーカリー』は、ほとんどの具材が手作り。しかも添加物もほとんど使っていない。かなりオリジナリティのあるベーカリーなのだ。
無添加、手作り。父の代から変わらぬパンの味
「父の頃から自分たちで作っていたんで、そのまま来ちゃったという感じです」と、こともなげに言うのは店主の内野さん。
しかし、理由はそれだけではない。
「おいしいしコストも掛からないから」と、かつては業務用食材を使ってパンを作っていたこともあるのだが、これが売れなかったのだ。内野さん自身も味には、なんの不満もなかったらしいのだが。
業務用食材と手作り、なにが違うのだろうか? 個人的な感想だが、業務用食材は企業が商品として開発しているだけあって、確かにおいしいのだけれど“おいしすぎる”のだ。
要するに、多くの人に「おいしい」と思ってもらうためには、味の構成が多層的で複雑になってくる。良く言えば深い味わい。悪く言えばくどい。
一方、手作りの場合は、作り手自身が「おいしい」と思える味にするため、味わいは業務用よりシンプルになる。
どちらが好まれるのか?
たとえば、たまに食べるのなら、複雑な旨味のある業務用のほうが好まれるだろう。しかし、ほぼ毎日食べるとなると、シンプルな手作りのほうが、より日常にフィットする。業務用はハレのもの、手作りはケのもの。『内野ベーカリー』の手作りパンが指示される理由は、そんなところにありそうだ。
そのほかのパンも、出来合いではない“手作りならではのおいしさ”を感じる。粗めに刻まれた玉子を使った玉子パンは、マヨネーズが控えめなので、玉子の風味をしっかり楽しめる。パン生地の甘みと溶け合い、これまた幸せな気持ちになるおいしさ。なつかしい味わいと言えるかもしれないが、それ以上においしさが立つのだ。手作りにこだわる町のパン屋さんが激減してしまった今では、貴重な味わいと言える。
あんぱん160円!安さの秘密は……?
手作りの良いところは味わいだけではない。材料費以外に手間や輸送費などが乗っかる業務用に比べて、安くできるのだ。
『内野ベーカリー』のパンは、これだけあちこちで値上げがされている中、かなり安い。あんぱんが160円といえば、その安さが伝わるだろうか。
「馬力でなんとかするっていうことですよ」と笑う内野さん。店は内野さんと妻の桃子さんがメイン、内野さんの母が手伝いと、3人で店をやっている。息子はいるが、店を継がせようとは考えていないという。「もうちょっとがんばりますんで」と笑う内野さん。もうちょっとと言わず、もうしばらく頑張ってほしいものだ。
内野ベーカリー
住所:東京都江東区亀戸7-19-6/営業時間:6:00~19:00/定休日:日・祝/アクセス:JR総武線亀戸駅から徒歩12分
取材・撮影・文=本橋隆司
本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。