映画『侍タイムスリッパー』で、2024年の日本映画界をわかせた山口馬木也が 舞台『WAR BRIDE ―アメリカと日本の架け橋 桂子・ハーン—』への思いを語る
“War Bride(戦争花嫁)”としてアメリカ兵士と結婚、渡米して現在94歳でアメリカ・オハイオに住む女性、桂子・ハーンの人生を描いた舞台『WAR BRIDE ―アメリカと日本の架け橋 桂子・ハーン—』が、8月5日に幕を開ける。“War Bride”とは、第二次世界大戦後、連合国軍占領下の日本に駐留していた兵士と結婚して兵士の国へ渡った日本人女性のことを指す。新たな人生を求めて自らの意思でパートナーを決めアメリカへ渡ったにもかかわらず、当時の報道の影響で娼婦・売春といった誤解と偏見を世間に植えつけられ差別を受けていた。
本作の原案となった「War Bride 91歳の戦争花嫁」は、2022年12月にTBSテレビで放送され、本年6月にフランス・パリで開催された日本のドキュメンタリー映画祭【un petit air du japon 2025】にも出品された作品で、「半沢直樹」をはじめTBSで数々のヒット作を生み出してきた川嶋龍太郎ドラマプロデューサーが、自身の伯母である桂子・ハーンの人生を紐解くうちに、その生き様に心揺さぶられ監督を務めた。
今回の舞台で桂子・ハーンを演じるのは、数々の映像作品や『恭しき娼婦』、『Medicine メディスン』など積極的に舞台にも出演している奈緒。桂子と出会い伴侶となるフランクを、舞台での活躍もめざましいウエンツ瑛士が務める。そして、娘の意志を尊重し温かく見守る桂子の父を山口馬木也が演じる。
<取材・文=二見屋良樹/ 撮影=鈴木靖紀>
稽古もライブであり、俳優たちと向き合う中で
自分なりに役を見つけていく
開口一番、「今回の舞台で自分自身に期待しているのは、コミュニケーションです」と言う。共演者の俳優たちとのコミュニケーションはもちろんのこと、この作品に向き合うすべての人たちとのコミュニケーションにより、もともと自身の言葉ではないものを、俳優としてどれだけみなさんに伝えることができるようになるかということへの期待、ということだ。
原案は、ドキュメンタリーという映像作品だが、舞台での上演にあたり、演じ手である俳優・山口馬木也は、演劇的な作品として成立させることをどのように感じているのか、と質問を投げかけてみると、
「舞台では、自身がそこに存在しているということが第一条件である、といつも感じています。リアリティというものを個人的にはとても大事にしているので、ぼく自身が役柄というものを舞台上で体現していかないと、どういうキャラクターをつかみとったとしても、観客の方々の五感を刺激することはできないのではないかと常に思っているんです。だから、確かにそこに存在しているのだということを感じられるかということがとても大事だと思えます。そこに、映像作品ではなく、舞台で上演する意義というのか、そういうところから舞台ならではの演劇的効果というものが生まれてくるのではないかと考えています」と、自身の舞台哲学なるものを披露してくれた。
本作で演出を担うのは、2000年に劇団チョコレートケーキを旗揚げし、劇団作品のみならず外部公演の演出も多数手がける日澤雄介。14年、17年、22年には読売演劇大賞優秀演出家賞などを受賞している。また、脚本を手がけるのは2002年から劇団チョコレートケーキに参加し、劇団作品、外部公演、さらにドラマやドキュメンタリー番組の脚本も手がけている古川健。本年、『白き山』『つきかげ』で鶴屋南北戯曲賞を受賞している。
日澤と古川は22年に<日本の戦争>に焦点を当てた5作品と新作を加えて6作品の連作『生き残った子孫たちへ 戦争六篇』を上演しており第30回読売演劇大賞・大賞を受賞している。
「まだ、最終稿も上がっていない状況ですが、何稿か読ませていただいている中で、脚本の古川健さん、演出の日澤雄介さんお二人が、この物語をどういう風に観客に伝えればいいのかと葛藤なさりながら試行錯誤を重ねていらっしゃるのが推察できます。ノンフィクションの部分を大切にしながらもドラマとして伝えることを日々もがき考えていらっしゃるのが、台本の細かい部分からも伝わってきます。そう感じたとき、お二人に触発されることで、ぼく自身が作品世界の住人になる確かなステップとなっていることを実感できています」
さらに「家族という一番身近な存在であり、人との関わりの最小単位である家族の一員としての部分で戦争というものを感じるきっかけにこの作品がなればいいなと思っています。戦争を、その渦中にいる家族の物語として演劇を通して伝えられる、それを実感できる芝居であるとすでに感じています。演出の日澤雄介さんとは、以前一度ご一緒したことがあって、また一緒にやりたいと思っていました」とも。この作品を通して、〝愛〟という力が、桂子さんの人生を創りあげているのだな、とそんな気がしています。
役に入るとき、俳優たちはどのようにして役にアプローチしていくのだろうか。その方法論は俳優それぞれだろうが、果たして山口馬木也のメソッドはいかなるものなのか。今回の役どころは、娘がアメリカ兵と結婚することで差別の眼で見られたり、周囲の風当たりの強さを心配しながらも、娘の意思を尊重し祝福する父親である。
「役柄を解釈するということは大事だとは思いますが、そこに必要以上にとらわれないようにしています。一人よがりの解釈によって間違った方向に行くということもありますし。稽古の段階も舞台の本番同様ライブだと思っていて、共演者のみなさんと実際に向き合っていくその段階の折々で感じていく中から自分なりに役を見つけていく。それが一番正解に近いかもしれないなと」
本作で初共演となるキャストが多く、演じる俳優によって舞台の質も変わっていくので、新たな出会いを楽しんでいるという山口。
「娘役の奈緒さんは、どんな教育を受ければこんなすてきな娘さんに育つのだろうかと思える知的で情感豊かなお嬢さんという印象を持ちました。芝居で活かすか否かはわかりませんが、奈緒さんの父親役としては奈緒さんのことはたくさん知りたいと思っています。この作品への奈緒さんの思い入れには並々ならぬものを感じていますし、奈緒さんは実際にアメリカで桂子さんご本人にもお会いになっていて、この役に対する熱量というものを、すでに奈緒さんからすごく感じています。この作品を通して〝愛〟という力が、桂子さんの人生を創りあげているのだな、とぼくが感じた思いを観客の方々にも同様に感じていただけるよう、奈緒さんは説得力をもって演じてみせてくれるに違いない。そんな確信がすでにぼくの中で膨らんでいます」
舞台は俳優としての自分のスキルを
一番上げてくれる場所のような気がしています
山口馬木也が主演を務めた映画『侍タイムスリッパー』は、2024年8月17日に東京・池袋のシネマ・ロサで一般公開して以来、25年5月31日現在の集計によると280日以上のロングラン上映で、自主制作映画として異例の興行収入を記録している。国内外の映画祭でも、日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、監督・脚本・撮影からドライバーまで1人で11役を担った安田淳一監督も多くの監督賞を受賞し、主演の山口馬木也の名を一躍広く知らしめることになり、結果として山口もブルーリボン賞主演男優賞をはじめ多くの賞に輝いた。山口馬木也の周囲は一気に騒がしくなったという印象だ。
「俳優としての責任感のような思いが、ぼくの中でさらに膨らんだような気がしています。観てくださった方たちの声が、いままで以上に多くぼくの耳に届いてきました。多い分いろんな意見があるわけで、そのことで、俳優という意識がぼくの中で強くなったような気がしています。俳優をやりたくて俳優の仕事を続けているわけですが、いまだに俳優に成りえていない感覚があって、もっとしっかり俳優という仕事を意識して、これまで以上に努めなければいけないという覚悟のようなものが、気持ちの中で大きくなったような気がしています。街を歩いていても俳優・山口馬木也として声をかけてくださる方も増えたことで、想像を超える『侍タイムスリッパー』の影響力の大きさを肌で感じています」と若干の戸惑いをみせながらも、10年後、15年後の自分がどうなっているかを考えるとき、『侍タイムスリッパー』は自分自身のライバルみたいな存在になったと言う。
山口馬木也という俳優が知られるようになった作品といえば、2003年にスタートしたテレビドラマ「剣客商売」の秋山大治郎役だろうか。
「テレビドラマと並行して舞台版もやらせていただいていましたし、連続ドラマが好評でスペシャルドラマも作られましたので、多くの方に秋山大治郎という役を愛していただけていたようです。7年間くらい演じていましたね。以降、時代劇への出演オファーも増えたような気がします。時代劇ならではの所作、刀の抜き方、歩き方、裾さばきなど、やはり独特ですから、そういうところを時代劇ドラマのキャスティングディレクターの方々が見てくださっていたのかもしれません。
顔というのもあるかもしれません。あまり普通の役ってやっていないような気がします。舞台でもそうですが、シェイクスピア劇をはじめとする古典劇だったり、時代劇だったりというのが多いですね。日常的なセリフをしゃべる顔じゃないのかもしれないですね(笑)」
そういえば、舞台『西遊記』では銀角という人間ではない魔王だし、藤山直美主演の舞台『おもろい女』では、くせの強い新劇俳優、山田洋次演出の舞台『さらば八月の大地』でも俳優役、大竹しのぶ主演の初演『ピアフ』での、ピアフの恋人であるボクサーのマルセル・セルダン役もしかり。さらに、『蜘蛛女のキス』のヴァレンティン役も、堀北真希や有村架純が初舞台を務めた『ジャンヌ・ダルク』でのベッドフォード公役など、いずれも日常的な役どころではない。
多くの映像作品に出演しながら、2000年の蜷川幸雄演出の『三人姉妹』の初舞台以来、タイプの異なるさまざまな舞台に毎年のように出演を続け、舞台歴も四半世紀が経つ。
「舞台は毎回怖いです。その場で何が起きるかわからないし、逆に何も起こらなかったらどうしようということもあります。だから、毎回あまり考えないで向き合っているという状況です」と言いつつも、
「そこに存在しているという感覚が、舞台は映像作品よりも大きな要素になっているような気がしています。映像作品と舞台とということで、演じ手としての違いはないのですが、演じているその場でお客様が感じていらっしゃる何かを受け取ることができるのは、それはやはり舞台ならではのことで、観客の反応で芝居が大きく変わったりというようなことはありませんが、観客の反応によって結果としてお客様に育てられているのだということを感じることがあります。笑いを誘うシーンではないのに、観客席から笑いが起こったりすることもあると、何故なんだろうと考える要素にはなりますので、ある意味、お客様と一緒に芝居を創りあげる、お客様と共有するというような感覚かもしれません。観客と緊張感を共有するということもありますね」と舞台ならではの魅力を十分に体感している様子がうかがえる。
初舞台のとき、最低でも10年間は舞台に立ち続けなければいけないと自分を戒めたと言う。
「それくらい俳優として何もできませんでした。以来、25年間舞台に立ち続けている中で感じたのは、舞台は俳優としての自分のスキルを一番上げてくれる場所ではないかということです。なにしろ、観客の方たちが観ている中で、瞬間瞬間で俳優としての自分が試されているような場所ですから」
舞台『WAR BRIDE ―アメリカと日本の架け橋 桂子・ハーン—』での山口馬木也の芝居に観客がどのような反応を見せ、山口がどのように受け取るのか、25年という舞台生活のキャリアを積んだ今の山口馬木也だからこそ興味深い。
「『侍タイムスリッパー』を通して改めてそうだなと気がついたことですが、やはりお客様が喜んでくださること、それが俳優・山口馬木也にとって一番の原動力だと思います。映画にしろ、舞台にしろ、観ていただかないことには完成しませんから」
INFORMATION
舞台『WAR BRIDE -アメリカと日本の架け橋 桂子・ハーン-』
原案:「War Bride 91歳の戦争花嫁」(TBSテレビ)
脚本:古川健(劇団チョコレートケーキ)
演出:日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)
出演:奈緒 ウエンツ瑛士
高野洸 川島鈴遥 渡邉蒼 福山絢水 牧田哲也 岡本篤 占部房子
山口馬木也
<東京公演>
〔公演期間〕8月5日(火)~8月27日(水)
〔会場〕よみうり大手町ホール
〔問い合わせ〕TBSチケット https://tickets.tbs.co.jp/tbs/toiawase/
<兵庫公演>
〔公演日程〕9月6日(土)12:00/17:00 9月7日(日)12:00
〔会場〕兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
〔問い合わせ〕芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255(10:00~17:00月曜休、祝日の場合は営業翌日休)
<福岡公演>
〔公演日程〕9月13日(土)13:00/18:00 9月14日(日)13:00
〔会場〕久留米シティプラザ ザ・グランドホール
〔問い合わせ〕キョードー西日本0570-09-2424(11:00~15:00日曜・祝日休)