娘が全身ピンクを選ぶとなぜモヤモヤするのか。こどもの「好き」を邪魔しない声かけとは
こどもがランドセルを選ぶとき、何も言わずに見守ることができますか? 『つくられる子どもの性差』の著者で京都大学教授(発達心理学)の森口佑介さんと、『教育にひそむジェンダー』の著者の東京大学准教授(教育学)の中野円佳さんは、ともに小学生の親。ジェンダー意識と子育てについて、話を深めました。
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中野円佳 森口さんに聞いてみたいと思っていたことがあります。ジェンダーの話をするとよく、「『女の子はピンク色が好き』『男の子は数学が得意』というのは、全体の傾向としてはジェンダーバイアスが反映された結果かもしれないけれど、でも実際に目の前にいるその子の好みや得意分野がたまたまステレオタイプに合っていたからといって、是正する必要はないですよね」と言われることがあります。
実際、うちの息子もいわゆる男の子らしい色が好きだったし、算数が得意です。「うちの子が好きなのに何が悪いんですか。好みの性差が半々になることが望ましいんですか」といった問いに対して、どう答えていらっしゃいますか。
森口佑介 それは本当に難しい問題です。男の子が、いわゆる男の子らしいものを好むのも、女の子が男の子らしいものを好むのも、何ら悪いことではありません。ただ、本人が好んでいるにもかかわらず、性差を理由に選択させないことだけはないようにしたいですよね。
中野 好きなものを好きと言えなかったり、伸び代があるかもしれない能力を抑えつけられたりするのは、明らかにネガティブな影響だと言えますよね。
また、幼児期の女の子の親の悩みとして「娘がピンク好きになっていくのが心配」という声をよく聞きます。その心配を紐解いていくと、娘がピンク好きなこと自体が悪いわけではなく、ピンク色に付随する「モテ」「男ウケ」「プリンセス願望」といった画一的なイメージやストーリーに抵抗があるからなんですよね。
森口 わかります。ピンクやプリンセスを好きになったら、それらが表象する「男性に従属的な人生」を歩み始めるのではないかという恐れですね。
中野 ただ、それも社会学でいうと、「専業主婦を目指す自由もある」という多様なライフコースの議論になります。その点は私も「男女ともに多様な選択肢を同じような条件で選べるならよいと思う」「現実的に、経済的自立はできるなら確保したほうがいい」という話を大学生たちにしていますね。
森口 多様な選択ができるにもかかわらず、早いうちから性差を理由に選択肢をつぶさないでほしいということですよね。
今回、主な学力テストの結果から「学力の性差」を分析したところ、女子は国語の成績がよく、男子は算数の成績が若干よさそうだという傾向がわかりました。これを受けて得意な教科を伸ばしてあげるぶんにはいいですが、「だから女子に理系を選ばせない」となるのは問題です。
地方ではいまだに「女の子が大学に行くなんて」という価値観が一部にあります。大学に行かないのは個人の選択ですが、周りが大学に行く選択肢を与えないこととは分けて考える必要があります。
中野 好きな色もそうですし、進路選択や性別役割分業も「本人が選んだ結果なんだからいいじゃない」「本人が幸せなら」と個人の話になりがちですが、選ぶ時点で他の選択肢があったのか、選択を強いられていなかったかという点には着目し続けたいですね。
それはこどもの選択?
森口 小学生くらいまでは親と一緒に選択をすることが多いですが、こどもにとって親は最も重要な他者であり、安心安全の拠り所なので、親の意向に沿う選択をする可能性が高いです。
中野 わかります。ランドセルは本当はこどもに選ばせたい。けれど、6年間愛着をもって使ってほしいから、親が誘導する形になるというような。
森口 僕も同じです。こどもが選んだ色に対して「6年後もその色が好きかどうかわからないよ」と言ってしまった気がします。
中野 「6年生になったときに恥ずかしいと思わないだろうか」とか「男の子が赤のランドセルだといじめられるんじゃないか」など、自身のジェンダー観を押し付けるというよりは一般的な価値観を忖度して、よかれと思って先回りしてしまう感じでしょうか。
授業の際に大学生に聞くと、小学校に入学するときに「水色がよかったのに親に反対されてスタンダードな赤になった」など、好きな色のランドセルを選べなかった、そのときに残念だった気持ちを大学生になったいまでも覚えているという事例が集まります。「親の言うことを聞いてよかったと思う」と言う声もたまにありますが。
いまは、ランドセルの色やデザインにさまざまなバリエーションが生まれ、こどもの通う小学校でも、ランドセルの色でいじめられたなどという話は聞きません。選択肢が増えたことによって、親が心配して先回りする必要も減ってきているのではと感じます。
大人にできることは
中野 ランドセルの色や制服のデザインの選択肢が広がると、もはやそれらは性差のアイコンではなくなっていきます。また、闘ったり冒険したりする多様なプリンセス像が生まれ、「ピンク=従属的」というステレオタイプも崩れています。
そんな時代だからこそ、大人がまず自分のジェンダーバイアスを自覚し、こどもに与えないようにする必要があります。
森口 何気ない会話の中でジェンダーの眼鏡を与えかねないので、気をつけています。例えば、こどもが新しい友達の話をしたときに、「それは女の子?男の子?」と聞いてしまうとか、クラス替えをしたら、「新しい担任は男の教員?女の教員?」と聞いてしまうとか。
中野 やりがちです......。知人がそれを聞いてしまい、お子さんに「その情報、必要?」と聞き返されたと言っていました。見ていない人をイメージしたいときに、私たち大人はまず性別から入ってしまいがちですよね。
森口 最初から「どんな子なの?」と聞けばいいだけなんですよね。性別は話題にしやすい側面がありますから、バイアスを再生産してしまいがちです。
今回、さまざまな行動や能力について、性差なのか思い込みなのかを明らかにしましたが、科学的根拠よりもわかりやすさのほうが勝つことがあると実感しました。「女性脳」「男性脳」といった本が売れるのは、一般的な性差の思い込みに近いため腑に落ちるという背景もあるのかもしれません。
中野 SNSでも「家事・育児で夫が使えない」という趣旨の個人の投稿がバズると、いつの間にか「生物学的に女性のほうがケアに向いている」という言説にすり替えられてしまったり。そうやって思い込みが拡散されていく危うさがあります。
ケアをする仕事がもっと評価されて、男女ともに選べるようになることも含め、ジェンダーだけでなく能力主義などさまざまな価値観をフラットにしていく必要性も感じています。
森口 生成AIの浸透で人間の役割が大きく変わろうとしているいま、性別によって進路選択や職業選択が閉ざされるのはもったいないことです。大人の思い込みが次世代の生きづらさを生まないよう、今後も発信していきたいです。
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