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今井美樹「彼女とTIP ON DUO」の歌詞を深読み!ストーリーを描いた秋元康のやさしさとは?

Re:minder

1988年08月17日 今井美樹のシングル「彼女とTIP ON DUO」発売日

ソバージュが一番似合っていた今井美樹


1980年代後半から1990年代前半ーー 世の女性たちを中心にソバージュという髪型が一世を風靡した。大げさに言えば猫も杓子もソバージュの時代であった。ちなみに、ソバージュが一番似合う歌手ランキングがあるとしたら、間違いなく一番は今井美樹だと思う。彼女の端正な顔立ちにソバージュという組み合わせは、並み居る芸能人と比べても圧倒的な美しさだった。“ソバージュ=今井美樹” というイメージがみんなにもあるんじゃないかな?

ということで今回は、その今井美樹が歌手としてブレイクした「彼女とTIP ON DUO」(1988年)について語っていこう。

モータウンサウンドに乗せた「彼女とTIP ON DUO」のハイセンスなメロディ


この曲の聴きどころは、作曲した上田知華のテンションコードに主旋律を沿わせる大人っぽいメロディラインと、編曲を担当した佐藤準のフワフワとした巴里のそよ風のような魅惑的なアレンジに尽きるだろう。僕の大好きなドラマー青山純が繰り出すルーズシャッフルからのモータウンサウンド(リズム)も、出しゃばることなく楽曲にフィットしていて実に心地よい。

後にリリースされる「Boogie-Woogie Lonesome High-Heel」(1989年)、「瞳がほほえむから」(1989年)、そして自身最大のヒット曲「PRIDE」(1996年)などのゆったりとしたバラードとは真逆なのだがそこがいい。ミュージックビデオやライブ映像で観る底抜けに明るい彼女の雰囲気が魅力的なので、ぜひ観てほしい。

「彼女とTIP ON DUO」は、『資生堂インテグレート チップオンデュオ』という1988年秋に発売されたアイシャドウのCMソングである。CMには当時25歳の今井美樹本人が出演した。今から遡ること36年も前の映像は古臭さが微塵も感じられない。それどころか陽気に語りかけてくる彼女の可愛さが、今のアイドルにも引けを取らない勢いで迫ってくる。イエローのシャドウにバブル時代の余韻を少々感じるけれど、その浮わついた雰囲気すらも、彼女の美しさを演出するだけの引き立て役なのだ。

さて、「彼女とTIP ON DUO」の作詞を担当したのは秋元康である。すでに職業作家として十分な実績があった秋元康、時代を上手く切り取った歌詞の世界観は素晴らしい。さすがの一言である。その辺りも踏まえて、ここからは「彼女とTIP ON DUO」の歌詞から生まれた恋物語を深読みしていこう。

“キャッチホンの間柄” というパワーワード?


 風の噂で あれから1人じゃないと聞いて
 2人の恋が 初めて終わったみたい

歌詞の冒頭、別れた彼に新しい恋人が出来たことを “風の噂” で知ったとある。けれどそれは違う。本当は、いつまでも執着していた彼への思いをようやく吹っ切ったことの言い訳であろう。つまり、情報源を “風の噂” とあやふやにしたのは、彼との恋が冷めて冷静になった彼女の照れ隠しなのだ。何故そう思うのかって? それは、この後の歌詞で「♪あの部屋の 家具の趣味まで 新しく揃えて」とあるからだ。つまり、彼女は別れた彼の部屋の家具の趣味が変わったところまで突き止めていたのである。

もはや常軌を逸した行動であり、今ならストーカー認定だ。それがようやく「♪2人の恋が 初めて終わったみたい」と正気を取り戻したのだ。“私… 何してたんだろう” と冷静になった彼女は、ようやく前に進もうと決心したのである。それにしてもここに至るまでに、2年の月日を費やしたとは…。別れてからも彼とは2年間も「♪キャッチホンの間柄」、つまり保留される側の人に甘んじていたのだ。

ちなみにキャッチホンとは、1985年あたりから本格的に普及したNTTのコールウェイティングサービスの名称である(キャッチホンはNTTの登録商標)。この時代、恋人同士は家の電話を占領して長電話をすることが常であり、いつまで経っても話中という事案がそこかしこの家庭で勃発(笑)。お母さんに “いつまで電話してるの!” と怒鳴られた経験があるリマインダー世代の方… いるよね? まさに僕のことである。それがこのキャッチホンによって解消されたのだ。閑話休題。

キャッチホンという言葉のチョイスこれは、新発売のアイシャドウ『チップオンデュオ』(1本のペンシルで2つのカラーを楽しめる便利さがウリの商品)の特徴からヒントを得て “これからは私だって別の彼に乗り換えちゃうんだから!” のような、積極的な恋物語が閃いたのかもしれない。このあたり、時代のトレンドを歌詞に呼び込むことが得意な秋元康の面目躍如である。秋元が作詞した「ポケベルが鳴らなくて」(1993年リリース / 国武万里)もそうだけど、いつの時代も恋愛と通信機器は切っても切れない関係にあるよね。

彼のことを吹っ切れて前向きになった彼女は陽気に歩き出してゆく


「♪もう気にしてなんてあげない」「♪もう気にしてなんてあげないわ」という繰り返し… この部分、若干彼への未練を感じさせるけれど、彼女が前向きに歩き出そうと自分自身に言い聞かせている場面である。そして、「♪この組み合わせ これで終わり ハートを着替えるわ」の部分は、いろいろなカラーの組み合わせが簡単に選べるという商品特性を兼ねた絶妙な言い回しであり、この場面もまた自分を鼓舞する内面が描かれている。

そうして “彼は新しい彼女とTIP ON DUOすればいいし、私は私でTIP ON DUOしてゆくわ” と、これから始まる新しい恋に向かって彼女は歩き出してゆく。それゆえに、歌詞の最後にある1行が心に切なく響いてしまう…

 明日からは
 ハートに忘れもの

そう、彼女は彼のことを吹っ切って新しい未来に向けて歩き出したけれど、決して彼のことを忘れようとしていないのだ。これはある意味 “未練“ とも捉えられるけれど、歌詞全体のストーリーから考えるとそうではない。

僕には「♪忘れもの」という部分、“大切な記憶“ として心にしまっておこうとする、彼女の一皮剥けた成長の印なのだと深読みする。それはこのストーリーを描いた秋元康のやさしさである。出会いがあれば別れもある。恋に傷ついたならば、それを無理に忘れようとしなくていい。軽快なメロディの「彼女とTIP ON DUO」は、そんな失恋から立ち直ろうとする女の子たちみんなに向けたエールなのだ。

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