驚きの展開で話題『杉森くんを殺すには』著者が明かす「ある出来事」とは【第62回野間児童文芸賞受賞】
「傷ついた心を取りもどす物語」として話題の作品『杉森くんを殺すには』で第62回野間児童文芸賞を受賞した作家・長谷川まりるさん。この作品を執筆した背景には、あるつらい体験がありました。「助けが必要な人に読んでもらいたい」と語る長谷川さんに、作品に込めた想いをお聞きします。
『杉森くんを殺すには』が話題の作家・長谷川まりるさん『杉森くんを殺すには』──こんなインパクトのあるタイトルの本を書いたのは、作家の長谷川まりるさん。
なぜ杉森くんを殺さなければならないの? 主人公になにがおこったの?
次々と驚きの真相が明らかになっていく本作は、第62回野間児童文芸賞を受賞。「傷ついた心を、取りもどす物語」として話題になっています。
長谷川さんがこの作品を執筆した背景には、あるつらい体験がありました。
「助けが必要な人に読んでもらいたい」と語る長谷川さんに、作品に込めた想いをお聞きします。
第62回野間児童文芸賞受賞『杉森くんを殺すには』あらすじ
〈「杉森くんを殺すことにしたの」高1のヒロは、一大決心をして兄のミトさんに電話をかけます。ヒロは、友だちの杉森くんを殺すことにしたのです。ミトさんは「今のうちにやりのこしたことをやっておくこと。裁判所で理由を話すために、どうして杉森くんを殺すことにしたのか、ちゃんとまとめて書き残しておくこと」という2つの助言をします。ヒロは、ミトさんからのアドバイスを実践していきますが……〉
第62回野間児童文芸賞を受賞した『杉森くんを殺すには』(くもん出版)
タイトルは最初から決めていた
──次々と驚きの真相が明らかになっていくこの物語は、まるでミステリー小説のようでした。読者のハラハラドキドキ感を大事にしたいので、とくに気になるところにスポットをあててお伺いします。そもそも『杉森くんを殺すには』という、インパクトのあるタイトルにしたのはなぜでしょう。
長谷川まりるさん(以下、長谷川さん):『杉森くんを殺すには』というタイトルは、最初のプロットを作ったときから決めていました。とはいえ児童文学ですから、きっと出版社の企画会議を通らず「タイトルを変えてほしい」と言われるだろうな、と思っていたのです。
ところがそのまま出版されることになり、「ほんとにいいの?」と私のほうが心配してしまうほどでした。
作品の力を信じて、そのまま通してくださった出版社にはとても感謝しています。なにしろほかにいいタイトルが思いつかなかったので、ほんとうに助かりました。
──この物語を書こうと思ったきっかけは何だったのですか。長谷川さん:あるとき『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』という洋画を観ていて、ふと思いついたんです。
映画が始まってすぐに主人公の奥さんが死んでしまうのですが、彼は何事もなかったかのように普通に会社に行きます。会社の人たちのほうが気遣って「奥さんが亡くなったばかりなのだから、休みなさい」と労ってくれるほどです。
大切な人が亡くなったというのにけろりとしている主人公を見て、「こんな人の話を書きたい」と思ったのが、『杉森くんを殺すには』を考え始めたきっかけです。
──2015年に公開されたアメリカ映画ですね。その映画の主人公は、ほんとうは妻を亡くしたつらさを受け止めきれずに、できるだけ普通に日常を過ごそうとしていたのではないですか。長谷川さん:映画では主人公はいろいろなものをぶっ壊していましたね。『杉森くんを殺すには』は、この映画の出だしで着想を得たというだけで、映画とはまったく違う結末を迎えるんですよ。
友人の死「あのとき、どうしたら……」
──長谷川さんは、お友だちを亡くした経験があるそうですね。長谷川さん:大学生時代に隣の席に座っていた友だちです。私はデザイン科に通っていたのでカッターを使う授業もあったのですが、授業中にふと隣を見たらその友だちがカッターで手首を切っているのです。
「ええっ」と驚いてどう声をかけたらいいのかわからず、その子に「ちょっと、やめたほうがいいんじゃない」みたいなことを言ってしまったんです。
その子は笑っていたのですが、1ヵ月ほどのちに亡くなってしまって。私は「あのとき、どうしたらよかったのだろう……」とずっと心にひっかかっていたんです。
──なんてこと……、止めたくなりますよね……。
▲「あのとき、どうしたらよかったのだろう……」大学時代の友人を亡くし、そのことがずっと心にひっかかっていた、と語る長谷川まりるさん。
長谷川さん:『杉森くんを殺すには』を書いたときに、巻末の解説を書いてくださった臨床心理士・公認心理師の高橋恵一さんに、自傷している人への声のかけ方を教えてもらいました。そして、「これはきちんと書かねば」と思い、本の中に盛り込んだのです。それが誰かの助けになればうれしいです。
──「誰か」というのは、どんな人でしょう。長谷川さん:『杉森くんを殺すには』なら、主人公のヒロのような立場の子たちですね。
この本は苦しんでいる友だちのまわりにいる人に向けて書いたのです。まわりの人たちが、「こんなときどうしたらいいの? そういえば『杉森くんを殺すには』では、こう対処していたな」と思い出してくれればと思います。
──児童文学作家で、野間児童文学賞選考委員の富安陽子さんが、選評でこうおっしゃっています。「……友だちの死をどうやって乗り越えるか。そのときにヒロがとった手段は、自分が作り上げた虚構の中で、もういちど友だちの死を認識し直し、再定義し、なんとか受け入れようとする。そうやって前に進んでいこうとするヒロの物語でした。ともすれば、ヒリヒリと重く暗くつらい話になるはずの物語を、よくここまで軽やかに明るい希望を持って書かれたものだと、まず感服しました。
読み終わったときに、身構えていたはずの肩から力が抜けて、『ああ、面白かった』という気持ちに心が満たされる、そんな作品でした。これはたぶん、長谷川さんの緻密に組まれた構成力と、ほんとにテンポのよいセンスのよい言葉の選び方と、そういう文章力があったからだと思います。若い書き手の新しい才能に出会えたことをほんとうにうれしく思っています」(第62回野間児童文芸賞・贈呈式のスピーチより)
誰かの助けになると信じて
──始めに読んだときには、次々と明かされる事実に振り回されるばかりでしたが、2回目に落ち着いて読み直してみると、たくさんの伏線や奥行きに気づいて、再読したときのほうが面白かったです。いろいろな世代の人の心に響くお話だと思いました。長谷川さん:私は『杉森くんを殺すには』を子ども向けと思って書いていないんです。ヤングアダルト文学としてこの話を書きました。
ヤングアダルト(YA)は、中高生やティーンエイジャー(12~18歳)向けとされていますが、私は20代前半の大学生くらいまでをヤングアダルトの対象だと思っています。
ヤングアダルトの対象は、「自分のことを子どもとは思っていない人」だといいます。もしも作者が子ども向けとして意識して書けば、読者にはすぐにわかってしまうでしょう。ですから、私はいつも子ども向けではなく、若者向けを意識して書いています。
「児童文学は卒業した」と思っているヤングアダルト世代に、ぜひこの分野を知ってもらいたいと思っています。
──『杉森くんを殺すには』の読者に伝えたい想いがありますか。長谷川さん:この本には、私が友人の死を経験した大学生の頃に「知りたかったこと」を全部書きました。きっと誰かの助けになると信じています。そして、これからも「必要な人に読んでもらえること」を願っています。
──これからどんな作品を書いていきたいですか。長谷川さん:面白い作品を書くことを第一に精進します。そして、幅広い世代に向けた作品を書いていきたいと思っています。
──読み終わってからも、心の中で反芻するような作品でした。きっと多くの読者に長く愛される本になると思います。貴重なお話をありがとうございました。
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長谷川まりるさんにお話を伺う連載は前後編。前編となる今回は、第62回野間児童文芸賞を受賞した『杉森くんを殺すには』についてお聞きしました。後編では、作家への道のりと創作のアドバイスについてお聞きします。
【野間児童文芸賞】
児童を対象として創作された小説・童話・戯曲・ノンフィクション・詩・童謡・その他で、選考対象期間中に新聞・雑誌・単行本等で新しく発表された作品を対象とした賞。財団法人野間文化財団が1963年から設けた文学賞で、「野間4賞(野間文芸賞、野間文芸新人賞、野間児童文芸賞、野間出版文化賞)」のひとつ。
撮影/市谷明美