『薬屋のひとりごと』から学ぶ歴史。中国の宮廷の仕組みや地位はどうなっていた? 「後宮」と「宦官」を知る。
『薬屋のひとりごと』は、中国の後宮のような世界観が舞台の人気作品。原作小説がヒットし、コミカライズ化、アニメ化の流れとなりました。2025年6月現在、アニメ第2期が絶賛放送中で、大きな話題となっています。
物語は、主人公 猫猫(まおまお)が、薬師としての知識を生かして事件を解決する探偵物としてスタート。上官である壬氏(じんし)との恋模様も挟まれます。現在、アニメでは、物語最大の謎であった壬氏の正体が判明! 観る者を沸き立たせています。
実は、壬氏さまにはあそこが有って、つまり男性で、さらには皇帝の弟だとか。いやあ、驚きました。
『薬屋のひとりごと』は、架空の国「茘(リー)」での物語となっていますが、モデルは中国 唐のようです。確かに、華麗な後宮のようすや、西域からやってくる隊商など、国の繁栄が、唐王朝を思わせる描写となっているようです。
ここでは、作品を楽しむついでに垣間見える歴史雑学を調べていきたいと思います。
※この記事はアニメイトタイムズ編集部による独自記事です
作品の時代背景は?
『薬屋のひとりごと』は、架空の国を舞台としているので、物語時空が西暦何年かなんていうことは出てきません。しかしここでは、唐代と仮定して、物語の背景になっているであろう歴史背景を、掘り下げてしまいます。
唐とは?
まず前提としてですが、中国の歴史は、
「殷・周・春秋・戦国・漢・三国・晋・五胡十六国・南北朝・隋・唐・五代十国・宋・金と南宋・元・明・清・中華民国・中華人民共和国」
と、反乱やら禅譲(ぜんじょう、皇帝が自分の子孫じゃない人に帝位を授けること、結構無理やりが多い)やらで、王朝が変わっていきます。
この中で唐は、西暦618年から907年まで。約300年の期間です。
この時代は長い中国史の中でも、特にシルクロード貿易が活発で、華やかな時代です。豊かな教養をベースにした詩が数多く読まれ、西域の香り漂う中国文化を生んでいます。教科書に出てきた、李白・杜甫・白居易といった詩人が唐代です。
『薬屋のひとりごと』も、薄衣での舞・色鮮やかな服装・遠くから運ばれてくる薬(毒?)・豊富な書物など、都とくに宮中は豊富な品々であふれています。実際の唐の都 長安もこんな感じだったのかな、と思ってしまいます。
日本は何時代?
中国が唐王朝のとき、日本は何をやっていたのでしょうか。
唐の年表と日本史の年表を隣り合わせてみると、唐が、飛鳥時代後半から奈良時代を経て、平安時代の3分の1くらいまでになることがわかります。
まずは、日本と中国の関係を確認です。
「空白の100年」を経て、607年に聖徳太子が隋に「日出処の天子(以下略)」と送り皇帝 煬帝(ようだい、隋の二代目、この代で隋は滅亡)を怒らせながらも、遣隋使の派遣が始まります。
その後、隋から唐になり、日本と唐は663年に白村江で戦いましたが、その後は概ね良好な関係。日本は遣唐使を何度も派遣しています。最後の遣唐使は838年でした。
さて、中国が唐のとき日本が何をしていたか? ですが、もう少し年表に目を近づけてみます。すると、大雑把ではありますが、次のように見ることもできるのではないでしょうか。
前半:中国の律令を真似することで、権力集中を図り政治の仕組みを整えていた時代。
(ex. 684年八色の姓、701年大宝律令、712年『古事記』、718年養老律令、720年『日本書紀』)
後半:国家権力が強くなるとともに、藤原氏が結婚政策で権力を握っていく時代。
(ex. 794年平安京、842年承和の変、858年藤原良房が摂政に、866年応天門の変、887年藤原基経が関白に、894年遣唐使の廃止、901年菅原道真が大宰権帥に左遷)
300年は長いですから、日本の政治体制も前半と後半ではようすが違います。文化面でもかなりきらびやかなものになっています。この後は国風文化の時代ですので、その下地を築いた時代と見ることもできるでしょう。
中国をお手本にして作られた日本の律令制度や官僚機構ですが、中国にあって日本にはないものもあります。その中でより際立つ存在が、「宦官」です。
中国史上の、宦官の大跋扈については、YouTube等でおもしろく学べるものがたくさんありますので、そちらに譲るとして、まずは、宦官が働く「後宮」についての知識をもっておきたいと思います。
「後宮」には厳しい序列が
後宮は、たくさんいる皇帝の妻たちが、生活する場所です。彼女たちの生活を支えるために、多くの宮女等が住み込みで働いていました。経費も相当に費やされたようです。
その歴史は古く、現在残る文字史料が生まれた時には、既に存在が確認できます。その後、後宮は19世紀に清が倒れるまで続いています。唐の詩人 白居易が「後宮の佳麗三千人」と歌っていますが、この数字は誇張ではないと見られています。
『薬屋のひとりごと』では上級妃が4人。4人の間に表立った等級はないようです。侍女が数人ずつそれぞれの妃についており、後宮全体の指揮に当たるのが壬氏、その他医局など専門の館がある、ということがわかります。
唐代での後宮の組織図は、おもての官僚組織である「三省六部」を模したもので、以下のような細かい序列付けがなされていました。
【皇后】皇帝の正妻で官位を超越した別格の存在
【内官】妃嬪(ひひん)たち=「妃(正一品※)・六儀(正二品)・美人(正三品)・才人(正四品)」という4等級の序列がある。それぞれの人数は時々による。
【宮官】正五品以下の女官たち=「尚官(総務)・尚儀(礼楽)・尚服(衣服・車馬)・尚食(食膳)・尚寝(住居)・尚功(工芸)」の6局にわかれて働く。
【内侍省】宦官=皇后の侍従、皇帝・皇太子の雑事などを担当。
(その下に女官・宦官・賤民などがいて雑事に従事。)
※「品」というのは階級の単位で、「一」の方が上位で「九」が下位です。同じ数字内には、さらに正位と従位の序列がありました。由来は古く、魏から隋の初めまで行われた、官吏登用法(九品官人法、九品中正制度)からきています。隋の文帝が九品官人法を廃し科挙による官吏登用を行なっても、九品官制そのものはすたれずに続いたのでした。
身分の差が細かいですね。美しく着飾った妃嬪たちも、心中穏やかには過ごしにくい環境なのでは? なんだか恐ろしいです。
この序列の中の「内侍省」にいるのが、「宦官」です。
<次ページ:「宦官」とは?>
「宦官」とは?
宦官とは何かと聞かれて、単純に答えてしまうなら、去勢された男性ということになるでしょう。
ホルモンのバランスが変わるのか、男性にしては声が高くなったり、髭が薄くなったりする人が多いようです。生殖機能を失ってしまっても、性欲が残る人もいたようで、女官との不義の記録も残っています。なかなかに苦労が多そうですね。
中国史は「宦官」なしには語れない
歴史の中で、宦官は中国以外の世界史でも広く見られ、古代オリエント・エジプト・オスマン帝国・ムガル帝国など、各地でその存在が確認できます。なかでも、中国の宦官は、歴史を動かすほどの権勢を手にするなど、その存在感の強さが抜きん出ています。
中国では古代、去勢手術は罪を犯した者への刑罰だったようです(宮刑)。ですが、時代を経るにつれてその役割が変わっていきます。女性たちの空間である後宮で、雑用に使われるようになったのです。宦官なら、皇帝のお世継ぎ問題を引き起こすようなことはないですからね。
こうして宦官は、門の開閉、庭や館内の掃除、文書管理、皇太子(東宮)の家庭教師まで、時代を経ると同時に宮中のあらゆることに携わるようになります(その力が制限された時代もありましたが)。後漢、北魏、唐、明、清朝などでは、皇帝なみの権力をもつ宦官が出現。次期皇帝選出に多大な影響を及ぼしたり、税の押領で私財を溜め込んだりで、“宦官大専横時代”を築くこともありました。
とはいえ、宦官は悪い人ばかりではありません。立派な功績を残している人もちゃんといます。例えば、『史記』を書いた司馬遷も宮刑をうけた宦官ですし、明代「鄭和の大航海」でおなじみの鄭和も宦官です。
「宦官」になりたい
宦官は、庶民が一生会う機会のない皇后や妃たちに接触することができる存在。つまりは、庶民でも宦官になれば、権力に近づけるかもしれないのです。
宦官の専横に閉口する皇帝が続き、ついに隋が宮刑を廃止します。とはいえ、宦官がいなくなったわけではありません。明・清代では、「自宮者」が多出。自宮というのは、自らの意思で去勢を行うことです。これは、宮中に就職したいがための行為でした。
とはいえ、宦官の世界も競争社会です。宦官の皆が権力に近づけるわけではありません。それでも就活対策のひとつとして、去勢手術があったということでしょう。
清代の記録ですが、去勢手術を請け負っていたのは「刀子匠(切り師)」とのこと。政府公認の手術小屋「小廠」というのが、紫禁城の西門にあり、希望する者はここに行ったそうです。麻酔はなく、傷口には灰を塗り紙で包むだけの手術だったとか。
現在では非難される行為かもしれませんが、当時としては、これが普通で当たり前の光景だったのでしょう。現代の価値観だけで批判してはならないことは、心に留めておきたいところです。
『薬屋のひとりごと』では、この宦官という特殊なポジションが、壬氏の隠れ蓑に使われていて見事ですよね。本当は皇帝の弟であり、東宮(皇太子)である壬氏は、その身分から、猫猫と一緒にはいられないのでしょうか? 兄である皇帝に男子が誕生すれば、また帝位の順位が変わってくるのかもしれませんが、どうなのでしょう?
アニメ シーズン2エピソード22「禁軍」では、猫猫を助けるために、宦官の仮面をかなぐり捨てて皇帝直属軍(禁軍)を率います。物語の行方が気になります。
さいごに
『薬屋のひとりごと』を楽しむ中で、ちょっと調べてみた歴史雑学。こうして調べてみると、原作者の日向夏先生をはじめ、コミカライズされている先生方、アニメスタッフの方々等、みなさん本当に細かく調べていらっしゃることがわかりますね。
「後宮」と「宦官」という、中国史ならではの存在を、少しだけではありますが知ることができたので、より世界観に没入してアニメを観たいと思います!