10名の作家による「底に触れる 現代美術 in 瀬戸」(読者レポート)
「底に触れる 現代美術 in 瀬戸」が始まりました。
会場となる愛知県の瀬戸は国内屈指のやきものの産地として知られています。今回は、現代美術展だけでなく、まちの様々な場所でワークショップ等の関連プログラムも実施されます。 本展は、来年9月に開幕する国際芸術祭「あいち2025」の会場になる瀬戸で、現代美術への関心を高め、芸術祭への期待感を盛り上げるために開催されるものです。
本展に参加する作家は以下の10名です。井村一登、植村宏木、木曽浩太、後藤あこ、田口薫、津野青嵐、波多腰彩花、藤田クレア、ユダ・クスマ・プテラ、光岡幸一。
開会式でのアーティスト・フォトセッション
瀬戸市新世紀工芸館の交流棟の前で行われた開会式に引き続き、各展示会場でアーティストトークが行われました。作家本人から制作にまつわる話を聞ける貴重な機会とあって、会場は大勢の観客で混雑していました。
アーティストトーク 津野青嵐
また、光岡幸一の作品が展示される「旧小川陶器店」には、交流センター(休憩コーナー)が設けられています。休憩するだけでなく、本展の展示作家や、これまでの芸術祭に関する資料なども閲覧できます。また、当日のイベント情報や、瀬戸の商店街のお得な情報なども聞けると思います。
交流センター(旧小川陶器店)
それでは、アーティストトークの内容も織り込みながら、展示作品の一部をピックアップして紹介します。
後藤あこ
展示会場:瀬戸市新世紀工芸館
後藤あこの《細い目》は、舞台の上に置かれた5体の陶の人形と2枚の鏡、舞台の奥の壁と手前の壁に1点ずつ掛けられたレリーフで構成されています。人形と鏡は、あるものは時計回り、あるものは反時計回りに回転します。不思議なことに人形の顔は、大きな空洞になっており、表情は読み取れません。
人形の着ている衣装は所々、左右に輪郭が引き延ばされ、まるで未来派の作品にみられる残影のようです。また、回転する鏡には、人形の他に周囲の観客や部屋の様子も映り込み、作品の一部として取り込まれます。
後藤あこ 《細い目》(部分) 2024
下の写真の人型のレリーフは、顔の部分が隠され、腹部には「外国人」と書かれています。作品タイトルの《細い目》(Small eyes)の俗語としての意味を含め、後藤が日常生活で感じる葛藤や疎外感を表現しているように思います。
後藤あこ 《細い目》(部分) 2024
後藤は、現在、上海を活動拠点にしています。上海の生活の中では、目を凝らすと習慣や言葉の多様な差異の共存関係に気づかされるそうです。本作の顔のない人形は自分と他人の区別のあいまいさを表現し、鏡に映る観客は作品と作品以外の区別のあいまいさを表現しているようです。それは、現実と虚構が同時に存在する、とてもファンタジーな世界と、現実と虚構の微妙なバランスを垣間見せてくれます。
後藤あこ
井村一登
展示会場:瀬戸市新世紀工芸館
井村一登の《Magic mirror》は、ガラスの原料となる珪砂を採取し、ガラスを精製し、ガラスを鏡(Magic mirror、魔鏡)に仕上げる、ほぼすべての過程を見せてくれます。
展示室の入口から左手奥の壁面の映像(6分30秒)を見ると、制作の過程が簡潔にまとめられています。 瀬戸は焼き物の産地として有名ですが、ガラスの原料となる良質な珪砂も産出していました。制作のテーマを「鏡」とする井村は、魔鏡の制作過程を見せることで、観客に瀬戸の産業の歴史を思い起こさせます。
井村一登 《Magic mirror》(部分) 2024
井村は、本展に合わせ、愛知県に散在する鏡にまつわる古墳、神社、鉱山跡をリサーチしました。井村によれば「愛知県内を大冒険」して、この魔鏡を制作したそうです。
下の写真のように、裏から光が当たった状態で、魔鏡をのぞいてみてください。井村が大冒険で見てきた各地のイメージが浮かび上がります。
井村一登 《Magic mirror》(部分) 2024
もし、魔鏡をのぞいても、よく見えない時は、魔鏡の反対側の壁面に投影されるイメージを見ましょう。大きく投影される分、見やすく、容易に大冒険の様子を思い浮かべることができると思います。
鏡は朝の洗面や、外出前の姿見などで日常的に使用する道具ですが、古来は祭祀の道具としても使用されました。魔鏡をのぞき込みながら、そのような大きな歴史の流れを想像してみてください。
井村一登
田口薫
展示会場:瀬戸信用金庫アートギャラリー
田口薫の《光の跡、遡行する影》は、瀬戸の風景を題材にした、とても大きな版画の組作品です。一般的な版画展では、摺り上げた版画のみを展示しますが、田口は彩色した版木も一緒に展示する点が特徴的です。
上下に展示された版画と版木を見比べると、版木には線や形があるのに、版画には写し取られていない部分があります。また、版木はアクリル絵の具で彩色されていますが、版画はモノクロの仕上がりです。
田口薫 《光の跡、遡行する影》(部分) 2024
田口によれば、画面の随所に見られる人影は、作品の一部として自分を取り込んだものだそうです。カラーの版木に対して、モノクロで摺られた版画は、少しあいまいになった昔の思い出のようで、とてもおもしろい表現だと思います。
田口薫 《光の跡、遡行する影》(部分) 2024
田口の版画の摺り方は東南アジア風で、紙を下に広げ、インクをつけた版木を上に載せ、版木を足で踏むそうです。いわば、田口自身がプレス機として機能するわけです。その話を聞くと、展示された大きな作品を何枚も摺るのは、なかなか大変そうです。
田口薫
藤田クレア
展示会場:古民家レンタルスペース梅村商店
藤田クレアの《聴こえる風景 ~Tones of the City~》は、3点組の大きな立体作品です。作品タイトルにあるように、見て楽しむだけでなく、聴いて楽しむ作品です。この作品は、音源に瀬戸の風景を使用します。また、プレーヤーもアンティーク調で、どのような音が出るのか、予想がつきません。
藤田クレア 《聴こえる風景 ~Tones of the City~》(部分) 2024
演奏に使用される円筒や円盤を間近で見ると、いろいろなデコボコの痕跡が読み取れます。これらのデコボコは瀬戸の道路や壁面から採取されたものです。丸い痕跡はマンホールの蓋でしょうか。
藤田によると、音が出る仕組みは、作品に付けられたセンサーで円筒や円盤のデコボコの深さを読み取り、音の高低に変換しているそうです。楽曲と呼んでいいものか、よくわかりませんが、リズミカルな演奏が繰り広げられます。
藤田クレア 《聴こえる風景 ~Tones of the City~》(部分) 2024
作品を見ながら、聴きながら、面白いエピソードを聞きました。藤田の作品は、藤田自身とシンクロする傾向が強く、藤田の体調が悪いと作品も故障することがあるらしいです。
もし、瀬戸の作品の演奏が止まっていたら、藤田が風邪気味なのかもしれません。早く回復するよう、お祈りしましょう。
藤田クレア 《聴こえる風景 ~Tones of the City~》(部分) 2024
他の作家と作品も紹介したいのですが、そろそろまとめをします。
どの作品も「底に触れる」というテーマに沿い、瀬戸の歴史や特色を反映した、とても良い展示です。ワークショップや講演会なども企画されています。興味を惹かれる作家や作品があれば、積極的に参加しましょう。
最近では商店街の中にカフェも増え、休憩や昼食などの心配は不要です。展示会場によっては、築100年を超える建物が使われており、作品以外にも見どころがあります。順路の途中に、かなり急な坂を上る箇所があります。ピクニックに行く気持ちで、履きなれた靴でお出かけください。
それでは、「底に触れる 現代美術 in 瀬戸」を、ゆったりと楽しんでください。
[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2024年10月11日 ]